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【8-3】 天川周のシナリオ

次回、二章最終回!

『了解した。お前たちの希望を受理し、ここで取り付けた示談は(オレ)の口から桃園と美浦に伝えよう』

『……』

『ありがとうございます』


 深く頭を下げる俺は、どこか喪失感に苛まれていることを自覚していた。


 神峰集(かみねしゅう)。この男もまた、少なからず「強弱」という概念に囚われていることの証明になってしまった。そのことは少しばかり残念に思うが。


 けれど、背に腹は代えられない。勝利のためにあらゆる手を尽くす。他人の心も感情も道具として割り切らなければ、勝者としての器にはなれない。



「まあ、お前には悪いことをしたよ。でもそのおかげで勝てた。感謝してる」


 彼女に対しては潔くあるべきだと思った。勝つために自分が重ねた手段に後腐れを覚えるような真似はいただけないと思った。


「……違う。そうじゃない」

「なに、鈴木雅之(すずきまさゆき)?」


 花室(はなむろ)の煮え切らない風な素振りが、俺には理解できない。

 どうやら自分を利用されたことには立腹していないようだけれど、じゃあなんで。


「私が言いたいのは、もっと別のやり方があったのではないか、という話よ」


 別のやり方ならあった。誰も傷つけず、最小限のダメージでやり過ごす方法なら用意していた。


 例えばリハーサル。七組にとっては五組に接近できる唯一の機会。そこを彼らが逃すはずもないと解っていたから、事件が起きた瞬間を動画に収めてもある。


 生徒会に提出すれば一発で大打撃を与えられる証拠を、あえて使わなかったのは、俺にとってメリットが薄いからだ。

 今後の展開を考えるならば、やはり自分のとった行動は最適解だったと断言できる。



「今回のあなたを見ていて分かった。あまねの行動には全て意味がある。見据える未来があって、あなたはそこに至るまでの道筋を建てている」


 なんだかすごい買い被られている気がする。よく恥ずかし気もなくそんなこと言えるな、こっちが恥ずかしくなってくるわ。

 俺の内心を知る由もなく、花室は言う。


「私はすでに確信を得ているわ」


 なんの。俺が視線で問い返すと、花室は一拍置いて切り出してきた。


「一年前の海南(うみなみ)高校の入学試験。総合で三位だった私を抜いて最上位の成績を収めるも、その後きっぱりと影すら見せなくなった生徒の正体は、あまね、やはりあなたなのでしょう」


 その話か。

 前に一度話したことがあったな。あの時は強引に誤魔化せたけれど、今回ばかりはそうも行かなそうだ。


「その器量は認めざるを得ない。文化祭では同時に複数の事実を思考し計画を実行した。そして学力的に落ちこぼれの部類に属していた北原(きたはら)くんを上位層まで押し上げた。それもたった数日で。そこまで見て、合点が行かないほど私は鈍感ではない」


 黙ってその先を待つ俺に、花室は休むことなく続ける。


天川(あまかわ)(あまね)。私にはあなたが理解できない。そこまで思考を巡らせられる人間が、どうして力を示さずにのうのうと過ごしているのか。普通科でも取り立てて目立つことのない生徒――そう振舞っているけれど、本当はあなた、特待生と肩を並べられるほどの実力を有しているのしょう」


 その瞳は。

 凍てつく眼差しは、まさしく『高嶺の花』、花室冬歌(ふゆか)のそれである。


 ――もう隠しておくことはできないか。



「ああ、そうだよ。()()()()()()()()()()()()

「…………へ?」

「んだよ、間抜けた面しやがって」

「い、一位? 二位ではなくて?」

「あ? そうだけど。つかお前が訊いてきたんだろ、なんで驚いてんだよ」

「いえ、私はてっきり二位かと…………それじゃあ桜川(さくらがわ)ひたちよりも、うえ……?」


 予想の斜め上を行った俺の告白を、花室は自分に言い聞かせるように反芻させている。

 そんなに驚くもんかね。うすうす気付いていたろうに。


 勉強会といい生徒会室といい、つっけんどんとした花室がやけに素直に応じたのは、俺の真価を測るためだったのだろう。



「教えて頂戴。……あなたは、いったい何者なの」


 やがて調子を取り戻した花室が、三度俺へと詰め寄ってくる。


「卓越した力を持ち合わせながら腐らせるなんて、他人を見下しているのと同義。あの女と同列のことよ」

「天下のヒロイン様と同じ扱いたあ、おこがましいぜ」


 冗談めかして返してみるも、取り合ってくれない。

 花室はそれからしばらく俺を睨んで、果たしてこれ以上の追求は無為だと悟ったのか、自分から離れていった。


 それから踵を返して、扉に向かって歩き出す。


 去り際に、一言残して。



「たまには、誰かのために力を使ってみたらどうかしら」



 奇しくもその言葉は、俺の人間としての在り方を真っ向から否定するようなものだった。


「……誰かのため、ね」


 どうだろうな。

 正直、自分でもよく分かっていない。俺が自身の裡に構えた三つの芯のうちの一つ。

 そして俺の根幹を成すもっとも大きな信条――『万物は己が為』。


 しかしそれは正しいことなのか。……どうしてそんなものを抱えるのか。


 理由は単純だ。青春を謳歌するという俺の心の奥底にある目標を叶えるため、この現状はちょうどいいからだ。降りかかる苦難を乗り越えて仲間たちと絆を育む。我ながら美しい理想だと傾倒してしまいそうになる。


 だけどその先は、どうなってしまうんだろう。


 このまま廻戸(はさまど)先生の課題をこなして、特進も特待も手中に収めるような影響力を手にして、果てにヒロインや高嶺の花をも凌駕する絶対の存在になったとして。


 その後の俺はどうなってしまうのだろう――ただの円満な充足した時間が延々続いていくことが、俺が望む未来だというのか。


 わからなくなってきた――こういう時のために、自分の意思を決定する芯があるのだ。



『みんななかよく』。



 その信条は間違っていないはずだ。なにより俺が自分に突き刺した芯なのだから。

 それは信じていいはずだ。クラスメイトが裏切ろうと、自分だけは自分を裏切っちゃいけない――『万物は己が為』。

 自分への愛が他人のそれを遥かに凌ぐ。我ながら見上げた自己肯定感だと思う。



 俺は自分が好きだ。

 卑屈で小賢しくても。最低で最悪でも。心のどこかで孤独を感じていても、それでも。

 それでも現実を避けながら己の信条を正当化し続けてしまう、自分を大好きな自分が、俺は――、


 ――たぶん、大嫌いだ。


 *


「俺が……四二位……?」

「おめっとさん。これでお前は晴れて優待権保持者、美浦にアゴで使われることもなくなったわけだ」


 自分の点数を受け止めきれていない北原宏介に、俺は微笑み交じりで囁いた。


「忘れんなよ、約束」


 舞台袖で交わした約束。約束というよりは、俺が一方的に呑ませた条件のようなものだが。



『北原を期末テストで上位五十位以内に入れる代わりに、俺に関する一切を黙秘すること』



 この条件を呑んだ北原を、学園法の優待権適用範囲内であるランキング内に収め、美浦悠馬の支配からの解放を実現した。


 上位ボーダーに少し余裕を持たせるくらいの学力を付けさせたつもりだが、まさか数学で学年十位に食い込むなんて予想はしていなかった。



「お前、何者なんだ……」


 ひどい言い草だ。自分を窮地から脱させた講師に向かって、おぞましい怪物でも見るような視線。得体の知れないばけものなんかじゃねえよ――


「海南高校二年五組――お前と同じ『普通』の高校生だよ」


 俺は努めて柔和に、優しく微笑んでやった。テストでも勝って、文化祭でも勝った。学期を締めくくるに申し分ない成果だ。

 だったら自身をもって、笑顔で終わるべきだろう。



 あっという間に日は沈み、そして再び昇ってくる。

 一学期を締めくくる終業式も終わり、残すところは担任からの通知表を受け取るのみとなった。


 学級活動の時間はいつも騒々しいけれど、今日は一段と盛り上がっている。白昼の下で帰路に着けるという特別感と、しばしの解放感、気分が上がる理由は納得だ。


 いつもは親に見せるのをためらって捨ててしまいたくなる通知表だが、今日はその陰鬱な気分も澄み渡っている。当然だ。学内のエリートと競い合って、真っ向から打ち負かしたのだから。


 俺たちが賭けに勝った際の要求は、理特の執行権に対する拒否権を五組生徒に適用する、というものだ。強者の理不尽に怯え続けた恐怖は、これにて消え去った。

 付加価値として文化祭での評価も得た。期末テストでは大きく飛躍した成績だ。みな堂々として、胸を張って受け取れる。



 晴れやかに澄んだ青空を写し出すように。みなが晴れ晴れとした面持ちのHR(ホームルーム)の中。

 俺と彼女だけが、心に曇りを抱えていた。

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