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【8-1】 巻き起こる大波乱

【Ⅷ 夢を見てるヤツらに送るぜ】


「こんなコトが、許されていいのか⁉」

「文化祭に続き期末テスト……、二度までも奴らに敗北を喫するなど、この上ない屈辱だぞ……!」 


 七月二一日。


 文化祭から三週間――一学期末テストから、二週間。

 期末テストの全ての答案が返却された。それは学内における成績の優劣を判断する材料が出揃ったということであり、同時に、一つの勝負の結果を決定づけるという意味を持っていた。


「それもこれも、全部文化祭のせいだ。あんな致命的なミスを犯すなんて……」

「あそこで駒込(こまごめ)くんが出てこなければ上手くいってたかもしれないのに!」

「俺のせいにするな! それを言うなら内原に河和田だって同じだろう!」

「いいや、文化祭はまだいい! それよりも我々特進がテストで普通科に負けるなどありえないことだ! このままでは我々の強者としての沽券に」



 だぁん。



「――み」

美浦(みうら)


 たった一つの音で、飛び交っていた喧騒は押しつぶされる。

 暗く刺々しい教室の中。

 鈍く痛々しい音がした。



「……ちょっと静かにしてもらえるかな」


 美浦悠馬(はるま)が、鬼気迫る形相で机に拳を打ち付けた。


 握りしめられた掌の中には、細くゆがめられた紙。取り繕わない声は低く、見開かれた眼の上で眉が鋭く吊り上がっている。

 極圏のような静寂の中心に座す男は、湧き上がる不可解な感情を咀嚼できずにいた。


 なにか大切なものを壊されたような、自分の裡にある安静を踏み荒らされたような感覚に、脳が誤作動でも起こしたのかと錯覚する。

 否。事実として、彼の心はこれまでにないほどに荒れ果てていた。


 プライドを、切り刻まれたような感覚。



(ありえない……っていうのは確かにそうだ。僕の想定を超えてくるなんて)


 定期考査の上位ランキングが公開されるのは、特殊な規律を持つ海南(うみなみ)高校の性質ゆえである。

 この成績によって優待権の付与が履行される――が、本来なら特進特待クラスの人間で埋め尽くされるはずの、形骸化した様式だ。


 そんな上位ランキングに、ゴミクズが四人も迷い込んでいるなど、あり得ないという他ない。

 海南高校一学期末テスト上位五〇人。そこに連なった四つの名前を、美浦は血走った視線で突き刺す。


 総合四九位、天川周(あまかわあまね)。総合四二位、北原宏介(きたはらこうすけ)。総合一二位、桃園はとり。総合二位、花室冬歌(はなむろふゆか)


 北原……弱みにつけ込んで傀儡としたはずの人形が、優待権を手にして自分の手から抜け出していった。

 まさかそんな突拍子もないことを、自分で思いついて実現した? いや。音楽はもとより、あの男にそれだけの能力はないはずだ。


 ならば、誰かが手引きをしたに違いない。無能なカスの寄せ集めの中に、強者たる自分たちの虚を突くようなイタズラを考え付くような人間がいるという。



(――いや。いるじゃないか。僕が踏みにじるに相応しいオモチャが)


 この学園において能力を隠し通すことのメリットは少ない。五組に潜む参謀を探るならば、このテストのランキングに名を連ねた生徒から絞り出すのが自然だ。

 北原は除外して三人。このうち二人は直近で接触している。北原以下の成績の天川周とクラス委員長の桃園はとりにそこまでの器量は感じなかった。


 そもそもそんな消去法など不要だ。余計なことは考えずとも、その名を見れば明らかではないか。


 総合二位、花室冬歌。


 自分を負かしたその事実が、あの高嶺の花にそれが可能であることを証明している。



 負けた。――負けた?

 強者である自分が、あんな弱者に?

 取るに足らない虫ケラどもに、負けた?

 そんなことが、あり得るのだろうか。

 否。否否否否否――――……!


「み、美浦…………」


 あってはならない。自分たちは選ばれし強者。常に勝者であり続ける必要がある。



(……覚悟しておけ二年五組。ハナムロフユカ……『ヒロイン』の前にオマエらだ)



 *


 かつてない熱狂を博した文化祭から、早くも三週間が明けていた。

 長いようで短かったような一学期も残すところ二日。今週が終わればいよいよ夏休みがやってくる。



 思い返せば怒涛の三か月だった。厳密には二か月強か――記憶に色濃く残る二か月間だった。

 いやマジで、思い返すほどにロクな記憶がねえ。あのヒロインたちと出会ってから、俺の周りはがらんと変わってしまったように思える。


 桜川と付き合ってるなんてデマを流されてぶっ叩かれたり、桜川(さくらがわ)の後輩に校舎裏に拉致されたり、桜川と買い出しに出かけてぶっ叩かれたり……全部桜川じゃねえか。だからって花室にも振り回されてたしな。体が一つじゃ持たねえよ。



 でも、それなりに退屈しなかった。目まぐるしく過ぎていく日々のおかげで、なにかを立ち止まって考え込むことはなかった。

 それは俺の望むところなのだろう。苦渋も気楽も、全部ひっくるめて青春と呼ぶべきなのだから。


『青春を謳歌する』という俺の信条を満たすものかは定かではないけれど――謳歌できていると胸を張って言えるかと聞かれれば言葉に詰まってしまうけれど。



 なにはともあれ、差し引きで考えればそれなりに平穏無事な一学期だったのではないかと思う。

 文化祭で好成績を収めた二年五組は、少なからず全校生徒から一目置かれていることは言を俟たないだろう。


 問題はこれからだ――二学期以降の学校生活を今まで通り平穏無事に過ごせるかは、この後の結果にかかっている。


 俺たち二年五組が、理系特進クラス七組と交わした勝負の内容は文化祭と期末テストの勝ち星の総数だ。文化祭ではおよそ完勝を収めたと言っていいだろうが、テストの点数次第では逆転負けに転じることは十分あり得る。



「みなさん、緊張してますね」


 最後の授業を終え、待ちに待ったHR。迫る夏休みに浮き足立っている生徒は、この五組にはいなかった。


「文化祭もテストもお疲れさまでした。いよいよ期末テストの順位も確定しました。この結果を見るまでは、まだ安心できませんよね」

「うーわ、緊張すんだケド……」

「泣くも笑うも、このテスト次第ってことだもんな……」


 教卓に発つ上原(うえはら)八千代(やちよ)も、担任として心が落ち着かない様子だ。


「結果は学生メール宛てに送られていると思いますけど、この場でも発表します。ので! みんなで見ましょう……!」


 テストの結果を確認して一喜一憂するのは学生の特権だ。喜びは倍増するし悔しさは半減する。学園モノではお決まりの展開だから個人的に外せないイベントである。


 こういうのいいよな――なんて、緊張感に満ちた部屋の中で、たぶん俺だけが場違いな感覚に陥っていた。


 うんしょ、と八千代ちゃんが背伸びして手を伸ばし、教室前方にB0判の紙を押さえつける。

 一学期末テスト上位五十人の名前が連なった通知書が、黒板に張り出された。



『国語』

 五組 花室冬歌【99点(二位)】、白鳥結衣(しらとりゆい)【91点(五位)】

 六組 美浦悠馬【94点(四位)】、河和田(かわだ)美帆(みほ)【90点(同率七位)】

『数学』

 五組 花室冬歌【98点(同率二位)】、北原宏介【90点(六位)】

 六組 美浦悠馬【98点(同率二位)】、東前好乃(とうまえよしの)【92点(五位)】

『英語』

 五組 花室冬歌【100点(同率一位)】、桃園はとり【93点(五位)】

 六組 美浦悠馬【95点(四位)】、東前好乃【92点(六位)】

『化学』

 五組 花室冬歌【100点(同率一位)】、桃園はとり【94点(同率四位)】

 六組 美浦悠馬【96点(三位)】、東前好乃【94点(同率四位)】

『地理』

 五組 花室冬歌【99点(二位)】、桃園はとり【87点(十一位)】

 六組 美浦悠馬【97点(同率三位)】、菅谷健(すがやけん)【91点(八位)】

『総合』

 五組 花室冬歌【496点(二位)】、桃園はとり【463点(十二位)】

 六組 美浦悠馬【480点(四位)】、東前佳乃【472点(七位)】



「委員長、結果は⁉」

「待って、順番に書いていってるから」


 順位表に喰らいつきながら、ノートに写しては電卓を叩く委員長。やがてその手が止まり、おそるおそる現実を告げた。


「五科目と総合点の六項目中、私たちが上回っているのは国語、英語、科学――」

「三教科……! 引き分けってことか?」

「っいや。文化祭の審査員票と総合点で勝ち越してる」


 文化祭における評価体制は、生徒票、審査員票、二つを足し合わせた総合票。

 生徒票では五組と七組が同数に並んだため審査員票によって雌雄が分かれるが、その軍配は五組に上がった。


 そして期末テストの点数比べは、三対三の同率。



「えっと、つまり?」

「――俺たちの、勝ちだ」


 誰もが疑った。

 その言葉に耳を疑った。その事実を、自分たちを疑った。

 けれども人間は、都合のいい事実はすんなり流れ込んでくる生き物で。



「やっ……たぁー!」


 朱音(あかね)が溜めていた感情を解き放った。

 それを皮切りに、張り詰めていた心が、空気が、暖かく緩んでいった。

 勝った。俺たちが、普通科が――特進に。


「……うそ。本当に。本当、なの?」

「なにそれいいんちょ、おもろいって」

「いやー、にしても緊張したな……。なにはともあれ結果オーライ! 良かったな、委員長!」


 滝田(たきた)は静かに胸を撫で下ろし、委員長――桃園はとりは震える手で口元を抑え込んでいる。


 めいめいに歓喜の様を表現している中で、一人……ただ一人だけ、いつもと変わらない無表情の『彼女』を、俺が見逃すはずもなかった。

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