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【7-2】 そして崩壊の鐘が鳴る

 

 完璧なまでのオリジナル劇を繰り広げた六組に続いて、一、三、四組の演目が終わった。


 どれも形としては事なきを得たのだろうが、依然として桜川(さくらがわ)たちの衝撃を越えられたクラスはいない。それほどまでに桜川ひたちという『個』が強すぎるのに加えて、一ノ瀬(いちのせ)夏祈(なつき)らも大きく貢献していた六組の劇だった。


 だが、ここに来て生徒たちの興味は別の人物に注目していた。



「続いて、二年七組の演劇です」


 五番手。二年七組――理特の彼らに、収まりきっていた会場の熱は再び勢いづく。

 その注目の的はやはり美浦悠馬(ミウラハルマ)。『王子』と呼ばれる学園屈指のイケメンの舞台に、今度は女性陣を中心に盛り上がりだした。


 腹黒な本性を隠そうともしない美浦がここまで支持を得ることができるのは、やはり彼の『絶対的強者』というレッテルと、それを裏付けるカリスマにあるのだろう。

 俺たち五組と大々的に競い合うことになった彼らの演目は――、



「『ロミオとジュリエット』……あいつららしいっつーか」


 悲劇の男女を描いたラブロマンスの金字塔だな。いかにもウケそうなタイトルだ。


「ああ、ロミオ! あなたはどうして――」


 内容は原作に沿った脚本だった。

 無理にアレンジして下手を打つより、そのまま演じて安定した完成度を求めた。美浦レベルの美形ともなればそれだけで観客の気を惹くことは容易いだろうから、総じて賢明な作戦だ。


 俺たちへの妨害を練りながら、自分たちは安定択を取り続ける。賢明だ。確実に俺たちを追い詰めにきている。

 そう、実に頭の切れる人間だ。ほとんど一人でクラス単位の局面を動かしてみせた。


 こいつもおよそ完璧に近い人間。敵味方問わず他人を取り込むカリスマ性、勝ちに執着するためには手段を択ばない冷徹さ。そして自分の計画を確実に遂行する能力値。どれもが一般人の領域を超越している。



 だからこそ、美浦は負ける。



 弱点のない完全性。美浦だから、こいつにおいて、失敗はない。ぬかりはない。美浦悠馬に従う人間は、無条件に信頼を寄せる。

 だからこそ、そこにつけ入る隙がある。



「……この薬で、仮死状態になれば」


 物語は終盤。ジュリエットの悲劇と葛藤を演出する第四幕、クライマックスを演出するための重要な見せ場だ。

 ここで注目されるのはジュリエット。主人公の一人である彼女を演じるのは内原沙那(うちはらさな)――嫌気の強いギャル系の女子だ。顔だけで決まったであろう配役だが、演技も特別酷いわけではない。


 ジュリエットが自室にてふさぎ込み、乳母(めのと)に自棄を訴えるシーンになった。

 演じようによっちゃ悲痛な共感を得て物語に没入させられる一幕。

 内原と乳母役の女子、河和田(かわだ)の迫真の演技が光る。


「私の「ですがお嬢様っ!」心は……――」



「「……え?」」



 時が、止まった。


 自分の胸中をさらけ出すジュリエット、そんな彼女をなだめる乳母のセリフが、ちょうど同じタイミングで重なる。

 否。乳母――河和田はジュリエットが開口するのを確認してから、意図的にセリフを被せていた。


 しかしそんなことを観客が知る由もない――どころかジュリエット本人ですらなにが起こったか分からず、直後に訪れた静寂に河和田自身も硬直してしまった。



「っ、ジュリエット! なんのつもりだジュリエット、なんてことを!」

「え、ちょっと」

駒込(こまごめ)――じゃな、パリス……? え?」


 続いてジュリエットの許嫁にあたるパリス役の駒込が、舞台袖から飛び出てきた。

 河和田と同様、台本にないはずのセリフを叫ぶ。だがやはり駒込自身にはアドリブの意識はない。あいつにとってこの展開は()()()()のものなのだ。


「じ……」


 そして駒込もまた、違和感に身をたじろがせる。

 その違和感はやがて、客席の意識に届いてしまった。



「なんだ?」

「どうしたんだろ。ミスった?」


 ぎこちない雰囲気が漂い始める。

 言葉を詰まらせている時間が長いほど。沈黙が続くほど、ざわつきは伝搬していく。演者の沈黙に反比例して、客席のざわめきは勢いを増していった。


 ステージには三人の男女が、マヌケな面を引っ提げて立ち尽くしている。


(おい、なにしてんだよ。お前の番だぞ)

(なんで。なんでアンタが出てきてんの?)

(沙那ちゃん?)


 必至で目配せし合ってるようだが、意味ないぜ。

 そこの内原(ジュリエット)は、()()()()()()()()()()んだから。



「ぱ、パリス! なんであなたがここに……!」

「え? そんなの台本にな……」

「ちょっとなにしてんの。いいからアドリブで返してよッ」


 すれ違う両者の反応はどちらも正常だ。内原も河和田も駒込も、自分に下された指示通りに動いているだけなんだから。与えられた台本を読み込んで、その通りに演じているだけだ。


 まあ、その台本が全員違うことに、まだ誰も気付いていないみたいだけれど。


 お察しの通り、これは俺が仕組んだものだ。

 タネ自体は大したもんじゃない。こいつらにも同じことをしたまで。



『情報の錯乱を防ぐため、対象者のみに送信』



 この文言を付けて七組の一部の人間にメールを送信した。

 媒体は海南の学生メール。送信元は()()()()。学籍番号を一文字だけ置き換えてなりすました。


 内容は七組の演劇『ロミオとジュリエット』台本の一部修正について。第四幕のジュリエットの自室での場面、その内容の差し替えだ。

 対象者のみに送信、なんて一言添えればすんなり受け入れてくれるんだなこれが。


 受信者が他言するのを考慮して口止めの前置きをしたが、それでも確実とは言い切れない。だから偽のメールを複数用意した。これを七組内のコミュニティごとに共有する。事前に調べた七組内での人間関係は織り込み済み、同じ内容は同じコミュニティか、反対にそいつらとは絶対に交流しないであろうグループに横流しした。たとえ教室内の空気に変化を察しても『台本に変更があった』事実だけを呑み込むだけ。他言するにしてもせいぜい仲のいい奴らが身内で確認し合くらいだ。


 にしてもおめでたい連中だぜ。んなメッセージを信じ込んで、たった一つの嘘にバカ正直に踊らされてんだからよ。

 自分が特別扱いされてることに優越感でも覚えたか? お前らのリーダーが手下の一人一人を識別してるわけねえだろ。



 それだけじゃない。念には念を、理特を確実に崩すために、俺はもう一つのことをした。


 ジュリエット役の内原。桜川に得た情報によると、あいつは先週あたりから彼氏と喧嘩中らしい。

 なんでも彼氏の鯉淵(こいぶち)……テニス部の中でも、もともとチャラついた男の態度に不満が募りうまくいっていなかった矢先、鯉淵に浮気の疑惑がかかり、絶賛不仲にあるんだと。死ぬほどどうでもいいが、利用する分にはちょうどいい。


 んで、さっき()()()()舞台裏に移動する内原とすれ違ったから、耳元で囁いておいた。



『鯉淵の浮気相手、河和田さんってマジ?』



 もちろん大嘘だ。確かめれば二秒で判明するようなでまかせ。けれど、こいつらはそういう根も葉もないデマが大好きな生き物だからな。アレルギーみたいに過剰反応を示すんだ。


 相手は七組の人間なら誰でもよかった。内原とともに主要人物を担っている河和田が女子テニス部だったのは、信憑性を含ませるには都合が良かった。劇中で顔を見合わせることの多い河和田を意識するたびに、頭の中で存在しない不安が立ち込めることだろう。


 まして本番を直前に控えて、共演者にんなクソどうでもいい痴話相談(こいばな)なんてできるわけもねえ。

 その相手を前にして、集中は乱れまくってることだろう。



「な、んで。そんな……どうし、これ。どうすれば…………!」


 おお。絶望顔が板についてるじゃねえか。悲劇のヒロインとしちゃあ渾身の演技だが、気合入れすぎて滑稽にすら見えてきたぞ。


 苦虫を噛み潰したみてえな顔しやがって。

 それはお前らが教えてくれた味だぜ?


 受けた借りはそのまま返す。お前らから五組(おれ)に不利益をなすりつけようと仕掛けてきたんだ、同じコトされる覚悟はできてんだろ。


 ほらほら、もっと味わえよ。重圧に押し潰されて、起き上がれなくなるくらいにな。



(沙那ちゃん、なにかなんでもいいから、アドリブで喋って!)

(あれじゃダメだ! 河和田、お前がなんとかしろ!)

「――おい誰か、誰でもいい! ステージに出て上手くやり過ごしてくれ!」


 無理だよ。これだけのミスをしでかして、指先の一つでも動かせるわけがない。


 なにせ、彼女ですら屈服したのだから。

 桃園(ももぞの)はとりはわずか数十人を相手に、その取り乱しようである。とりわけ今回は比べ物にならない。


 今頃あいつらは、全身の隅まで支配されていることだろう。

 誰かを貶める行為に付き纏う、罪悪感という死神。

 海南(うみなみ)高校全生徒。千の視線に射貫かれながら、失態を晒し上げられる恐怖に。



「ひ……!」


 青ざめた表情をぶら下げながら、内原はがくん、と膝から崩れ落ちた。

 これで、七組の学校側からの評価は地の底まで落ちたことだろう。ここからどう取り繕ったって、言い逃れの弁など立たないほどに至ってしまっている。


 生徒票などくれてやる。俺たちが狙うのは審査員票――公正かつ振り幅の大きい要素を確実にモノにできればそれでいい。


 と思ったけど。



「どうやら、生徒票も得られなそうだなあ、こりゃ」

「天川、その顔やめなさーい。ゲスが滲み出てんぞ」 

 ついこぼれてしまった悪態を、滝田(たきた)が細目で咎めてきた。



「無能どもが……!」


 見るに堪えかねて、咄嗟に舞台袖から出てきた美浦がアドリブで場の注目を寄せ集めた。見栄えさえよければ最低限の体裁は保たれる。

 だが。それは文字通り最低限。無理やり打ち切った演劇が、かろうじて物語の形を留めているだけに過ぎない。


 結果として、七組の演劇は最悪だった。



「マジかよ、あいつら」

「……自爆、しやがった」

「気を抜いている余裕はないわ。次は私たちの番。準備しましょ」


 その通り。勝負は……俺たちの本番はこれからだ。

 幾重の妨害の末に、ついぞ俺たちは始まりへと回帰した。それが俺の読み通りか、はたまた美浦の掌の上でのことなのか、その結果においては断言できないけれど。

 その希望に適ったものであるか。てめーらの眼で確かめてもらおう。


 そして。

 そして、俺たちの演目が始まる。


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