【6-1】 文化祭!
【Ⅵ We are…… / Skewer(Qxg4)】
六月二八日。
文化祭当日。
土曜日だというのに、学び舎には活気が溢れている。
むしろその逆、非日常感に誰もが浮き足立ち、廊下には愉快な喧騒が漂っていた。
「はい、見ての通り今日は文化祭です。この後体育館に移動して、五組はお昼休憩を挟んでからセットの搬入になるので、午前中は大人しく座っていてくださいね」
五組の担任、八千代ちゃんによるHRも早々に切り上げられた。言葉の節から俺たちが小学生並みの心配を抱かれていることが伝わってくるが、明るく活発な子たちっていう意味だと前向きに捉えておこう。
「みなさん、ここまで大変なこともありましたけど、今日までよくがんばりましたね。まずはそのことを誇りに思ってください」
「ぐ。八千代ちゃんにそう言われると、涙がこみあげてくるぜっ……」
「滝田、早すぎだろー!」
わざとらしい滝田の演技に、八千代ちゃんは呆けた顔を浮かべている。
三文芝居もいいとこだ。一気に不安になってきたぞ。
「そ、そうですね。泣くのは全部が終わったあとにしましょう。今は本番を成功させること。みなさんの練習してきた全てをぶつけてきてくださいね」
「任せてくれよな、八千代ちゃん!」
「優勝トロフィー、持ち帰ってくるからね!」
朱音ちゃん、この文化祭にトロフィーは存在しませんよ。
なにはともあれ、教室が活気づいていることはいいことだ。一時はどうなることやらと思ったが、それぞれの尽力あってここまで持ち直すことができた。それについては、まったく大したもんだと思う。
俺はこっそり首を回す。
見つめる先に佇む少女、花室冬歌はいつも通りの冷気を纏っていた。
それでいい。端かりゃ見りゃクールで冷徹な存在感を放つ高嶺の花。実際はかわいいもの好きで死ぬほど負けず嫌いな熱いやつだけれど、今はそのいつも通りでいいのだ。
今回の作戦――というよりは方針。俺たち五組が演劇を成功させるためには、団体しての結束はもちろんのこと、個人の持ちうる能力がカギとなる。
花室はその圧倒的なオーラと身体能力、演技力を存分に振るってくれればいい。こいつの凛然とした風格が今はなにより心強い。
要するに、二年五組は絶好調。
戦いの幕が、今日は上がる。
*
体育館には総勢千人ほどの生徒が集まっていた。
バスケコートに並んだパイプ椅子を埋め尽くすほどの人の群れ。全校集会なんかでも思うのだが、私立だけあって生徒数がなかなか多い。
そして、午前九時ちょうど。証明が暗転し、ステージを覆っていた幕が開きだした。
やがてマイクを持った司会が現れ、ガヤも次第に止んでいく。
司会といっても、本当に演目を進行するだけだ。お祭り色の強い学園祭と違って六月の文化祭はあくまで学校の試験的な意味合いが強い。振りや前口上なんかを交えて企画を盛り上げるのではなく、こちらは淡々と台本を読み上げるだけだ。
まずは一年生。八組分の演目を午前中で行うので、演者よりどっちかっつーと観客たちの方が疲労はたまる。
これはつまるところ、得票率に大きく響くということだ。昼と午後に一度ずつ休憩を挟むとはいえ、八クラス分を座りっぱなしで見続けていればどうしたって集中は切れる。安定した票数を狙いたければ、序盤である程度のインパクトを残すか大トリでぶちあげるかするのが得策なのだ。
かくいう俺も中盤辺りで眠くなってきてしまった。
いや違うんすよ、こんないい天気で程よく暗い空間でいい感じに雑音が流れていれば眠くなるのは当然っつーかヒトとしてむしろ正常な機構なんすよ。決して俺が他のクラスに興味がないとかそういうんじゃないのであしからず。
三組目もほどなくして終わり、拍手とともに幕が閉じていく。
「続いて、一年五組の演劇『桃太郎』です」
それを聞いて、俺は落ちかけていた瞼を持ち上げた。
一年五組――そういや、霞ヶ浦千束が五組だったな。
あいつが演劇……想像もつかないけど、さすがに参加しないなんてことはないだろうし、あいつの演技を見てみたくはある。
俺はぐぐ~と背を伸ばし、椅子に座り直した。
そして始まった一年五組の『桃太郎』。中盤まではとくに捻った改変などはなく、原作通りの構成で話が進んでいく。
ちなみに、霞ヶ浦はちゃっかり犬役をやらされていた。客席からでも分かるくらい不機嫌そうな面持ちだけど、役決めに出席しなかっただろうお前の自業自得だ。
にしてもクラスの子たち容赦ねえな。女子に犬役って……。
けれども、そんな霞ヶ浦の演技は意外と好印象だった。演技、っつーか。桃太郎という主人に付き従わざるを得ない従僕の役が、やけに板についていた。
そんでもって、目を惹かれたのはあいつの運動神経だ。劇の最終局面、鬼ヶ島に着いた桃太郎たちと鬼との直接対決は、やりようによっちゃ心躍るバトルシーンに演出できなくもない。
そんな最大の見どころを、霞ヶ浦はその身のこなしで意外にも盛り上げていた。そういやあいつ、不良だったな。誰彼構わず飛び掛かるところとか、小突くとか、どっちかというとキジの方が合っていたんじゃないかと思えてきた。
あのキーキーうるさい感じも、素のまんまだ。サルみたいなやかましさが挙動の節々から感じ取れる。あれ? あいつ一人で桃太郎一派足りるんじゃね?
しかし白熱する戦闘シーンだ。まさかあの霞ヶ浦がここまで真剣に取り組んでいたなんt
「おい、大丈夫かあれ」
「演技……でいいんだよな?」
客席が妙にざわつき始めた。俺も声には出さなかったものの、同じような疑問を抱いている。
疑問の的は当然のごとく、霞ヶ浦千束だ。
さっきまで大人しかった霞ヶ浦は一変して迫真の演技(?)に切り替わり、抵抗できない鬼たちを一方的にボコボコにしだしたのである。
はじめこそ圧巻の演技だと思っていたが、見ているうちにその戦闘シーンは妙に暴力的になっていったというか、生々しいリアリティを帯びてきた。
やがて観客の大半が違和感に気付く。自分たちが見ているのは、演技などではないことに。
……これはたぶんあれだ。もともと劇なんてやる気のなかった霞ヶ浦を劇に集中させるため、小さい子をあやすように言葉で乗せたんだろう。
たぶん、小さいとか言ってからかったんだな。それでまんまとブチギレた霞ヶ浦による鬼退治が始まったわけだ。いやもう演劇じゃねえよ、とんだスプラッタショーだよこれ。会場考えろ、ほとんどが18未満なんだよ。やっぱり味方サイドこいつ一人にしてみんな鬼役に回った方が良かったって絶対。
犬役も似合っていたがそれまでだ。クラスの出し物として最低限のクオリティを保つためなら、あいつは『おじいさんに刈られる雑木の横の木』役とかにしておくべきだったんだ。好奇心に逆らえなかったプロデューサーのミスだな。
そして総動員された裏方が霞ヶ浦を取り抑える。見るに堪えない惨状を無理やり引き上げる形で、一年五組の演目は終了した。
静まり返った会場には、申し訳程度の拍手が響く。
「……なにを見せられていたんだ」
手を叩きながら、その場の誰もが思っていただろう。
 




