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【5-1】 作戦会議〈Ⅱ〉

【Ⅴ Are you alive? / En Passant(exd6 e.p.)】



 六月二六日、木曜日。――文化祭まで、残り二日。

 陰鬱な気配が漂う朝のHRで、桃園(ももぞの)はとりが重々しく口を開いた。


「今朝、生徒会から連絡があって。私たちに課されるペナルティが取り決められたわ」


 震える指でスマホを繰って、委員長は五組のクラスグループに文面を転送した。



『――以下、当該クラスへの罰則とする。

1.文化祭における予算を既定の半分に減額する

2.加害行為に及んだ生徒の出演停止』



「そんな……」


 一同は唖然とした。

 その通達の意味を理解して、突きつけられた現実を共有し、静寂が奔った。


「それって、つまり。予算を組みなおすしかないってことだろ……?」

「いやそれよりも、出演停止って、まさか田宮(たみや)のことかよ⁉」


 誰もが目を丸くして田宮を見た。事態が理解しきれていない田宮は、なにを発するでもなく唇を震わせている。


「昨日の放課後に、私と美浦(みうら)くんと、神峰(かみね)先輩で審議をしたんだけど。過失は私たちが全て背負うことになって、五組だけにペナルティが課せられることになったわ……」

「なんで。まさか、美浦のヤロウに……?」

「アイツ、なにを吹き込んだんだ!」


 口々に湧き出る怒声に、委員長は首を振った。



「美浦くんが提示した条件は、二年五組の出演停止。その提案を否認した神峰会長が出してくれた折衷案が、この条件なの」


 折衷案。


 一見平等に見える――俺たちに最低限の配慮をかけた案に聞こえるが、それでも美浦はその条件を呑むだろう。

 なぜならば、そうすることで結果的に俺たちは最大のダメージを受けることになるからだ。


 直前での演目内容のリテイク、あまつさえ予算を半減した状態で。

 そんなもの、到底無理な話だ。新しく作り直すことは不可能、だからといって今の内容を修正しても、はるかにクオリティが下がってしまう。予算の半分を音響機材に割いている俺たちにとって、その機材が破損し予算の半分を削られることは、実質的に十万円をまるごと破り捨てられたのと同義だ。


 美浦はそう判断して、神峰(しゅう)の呈した条件を呑んだ。俺たち五組に生じていた綻びを容赦なく突き刺したのである。


「それでも、形としては参加を取り消されるよりよっぽどマシ譲歩してくれた以上、私には断れなかった。……こんなの、みんなが笑いものになるだけだっていうのに、なにも言い返せなかった――」


 かすれた声色は、まるで魂ごと枯れ果ててしまったかのように弱々しい。蒼白になった顔色で、委員長はクラスメイトに向かって頭を下げた。



「……ほんとうに、ごめん…………っ!」



「……ふざけるなよ」


 やがて、ぽつりとこぼれた一言。


「ふざけるな、どうして桃園が頭を下げなくちゃならないんだ。楽器を壊されて、予算を削られて。……そんなの、遠回しにバンドやんなって言ってるようなもんじゃないか」


 その言葉に、皆が大きく頷く。降りかかった理不尽、悪意に、五組の静かな怒りは煮えたぎっていた。


「その通りだ! ざっけんな! あいつらが仕組んだんだろ!」

「こっちだってベースを壊されてるのにさ、なんで田宮くんだけ悪者になってるわけ?」

「文化祭で、ここまでするなんて……」


 ……その認識は間違っている。たかが文化祭、されど文化祭。ただの学校行事だなんて甘えた考えは、この学園においては許されない。


 だからこそ。

 本気で勝ちに行ってるやつが嘲笑われるのは、胸糞悪いんだよ。



「待てよ、お前ら」



 そう言って、俺は前に出た。教室内をぐるりと見渡し、教壇に身を乗り出す。


「そもそもなんで、田宮が狙われたんだ?」

「――え?」

「俺たちの劇は表向きは『ブレーメンの音楽隊』ってことになってる。意外性と唯一性で勝負するメインの武器なんだから、ここの誰もが他クラスに秘密にしていたはずのことだ」


 実行委員に提出した書面では、バンドをやることは大々的に記載していない。機材のリストにギターらが記してあるが、それを確認するのは上級生の役員だ。そこに関して漏洩の可能性は限りなく低いだろう。


「割れるとしたらリハーサルだが、入れ替わりも考慮してバンドは早めに切り上げていたはずだ。まあ持ち運ぶのにどうしても人目にはついちまうけど……それでも、駒込が真っ先に田宮に向かっていったのにはどうも違和感がある。俺たちの劇を台無しにしようって理特が閃いたとして、もっと分かりやすい舞台装置を狙うはずだ」


 否。

 もっとも分かりやすいから。


「確かにこの演目は劇中のライブが最大の魅せ場だ。その分予算の多くを楽器やアタッチメントに費やしてる。現にこうしてベースを壊された俺たちは致命的な状況に立たされているわけだしな」

「なにが言いたいんだ、天川(あまかわ)?」


 沈黙の中で声を上げたのは田宮だ。おそらく皆がその結論に辿り着いている、しかし口にしてしまえば己に疑いの矢が向けられる疑問を先人切って切り出した。


「このタイミングでこの状況。ここまでピンポイントで妨害工作を行われるなんてあまりに不自然だ。俺たちに都合の悪いことが、すべて理特のシナリオ通りに進んでいるとしたら。すべて筒抜けになっているとしたら」


 不自然なのが問題なんじゃない。理不尽な差別が横行するこの学園で、不自然な道理なんてもはや自然の摂理だ。

 だけど、その道理にあてがわれない不自然も存在する。

 真に不自然なのは、引っかかるのは、そこなんだ。



「いるんじゃないのか。この中に、裏切り者が」



 俺は告げた。

 誰もが心の奥底に抑えていた、呑み込んで流していた疑念。

 それを言葉にせず、黙って隠しておくことで保たれていた不穏な平穏に、石ころをぶん投げた。


「なに言ってんだ、天川?」

「そのまんまの意味だ。理特に五組の情報をリークしてるやつがこの中にいる、それ以外に考えられねえ」


 教室全体を見渡して一人一人の顔を覗きこんだ。

 僅かでも視線を逸らせばあらぬ誤解を招きかねない。今度は誰も声すらあげず、俯いてしまう。

 ただ一人、彼女を覗いて。


「やめて、天川っ」

「いいや。ここでハッキリさせておかなくちゃ、俺たちはこのまま理特の言いなりだ。委員長は、お前らはそれでもかまわねえってのか?」

「それはっ……」


 委員長が言い淀む。

 なにより自分自身、その理不尽に抗おうとして無力感に苛まれた委員長だ。

 そして他の連中も同じ。



「おい天川……、そんなに言わないでも」

「でも、天川くんの言うことも、ありえるよね」


 さっきと同じ。誰かが沈黙を破れば、それに乗じて声が飛び交う。

 不満、不安、ごちゃ混ぜになった感情が煮えたぎって溢れ出す。



「いや、なに言ってんだよお前まで」

「ワタシもそう思う。じゃなきゃこんなことにならないと思うし」「っはあ?」「裏切り者がいないなんて言いきれないでしょ」

「そういうあんたはどうなの⁉」「そんなわけねえだろ!」


「……そんな、みんな」


「さっきから黙ってるけど、花室(はなむろ)さんはどうなの?」「よく分かりません」「そういうんじゃなくてさぁ……」

「大体、北原(きたはら)があそこでキレなかったらこんなことにはなってなかたんじゃないの」「っなんで俺なんだよ。そんなこと言いだしたらキリがないだろ」「ほんそれ。くっだんないから犯人探しとかやめよーよ」



 どこからともなく言い争いが展開される。鳴りやまない非難の言葉が雷雨のように降り注ぎ、淀んだ空気が教室に充満する。


「やめてっ……。なんで、こんなはずじゃ、私……!」


 嵐の中心でうずくまる委員長は、焦点の定まらない瞳を振るわせた。

 酷い頭痛にもだえ苦しむように頭を抱え、消え入りそうな呼吸を反芻させている。


 …………そろそろか。


 断っておくが、この状況は俺が意図的に作り出したものだ。狙いは二つある。一つは彼らの信頼関係の補強。疑いや猜疑心を一度すべてぶちまけさせ、壊れた関係を修復させてより強固なものにする。


 そしてもう一つ。その疑いの生まれた原因である裏切り者を見つけるためだ。

 全員の顔が見渡せるこの教卓なら、この混沌のなかで不自然な仮面を被ったピエロを探り当てることができる。


 だからってこんなに荒れるとは。軽く火を点けたつもりが思ったより燃え広がってしまった。学祭で緊急車両手配してなかったら校舎が全焼するレベル。


 まあ、結果オーライだ。俺の目的は達成できたし、この辺りで収集つけるとしよう。

 俺は深く一息ついて、ぱんっと軽快に手を叩いた。



「なんつって。わりい、テキトーこいたわ」


 張り詰めた空気を和らげるために、努めて冗談めかして言ってやった。

 全員の視線が俺に集まる。たっぷり一秒待って、彼ら発せられた声は。


「「「――は?」」」


 ……氷点下より低い声色でした。


「疑ってたのはガチだけどな。でも、今のみんなを見て安心したよ。みんな、自分たちのために、クラスのために真剣になってる。このクラスに裏切り者なんているわけねえよな」

「天川……」

「やるじゃん、天川――」


 羨望の眼差しが眩しい。ったく、人気者ってのは大変だ――



「――なんて言うと思ったかッ!」

「紛らわしいのよ! ヘンな心配させないでくんない!」

「えェ⁉」


 ですよね! こんなにシリアスな空間演出しといてなんちゃってドッキリでしたで済むわけねえよな!


「お落ち着け! 俺はお前らが浮かない顔してるから、こうして不安を取り除こうとだな」

「余計なお世話だわ!」


 目をうるうるさせて「だ、だってぇ……」みたいに情に訴えかけても効果なし。俺の名演説に感化された民衆はやいのやいの言ってくる。



「そーだぜ。余計なお世話。俺たちはハナからここの誰も疑っちゃいねーし、誰が悪いとかも考えたことない」


 肩をすくめて苦笑を漏らす滝田に、他のみんなも頷いた。

 その言葉と視線が集まるのは俺ではない。絶望に俯く委員長、桃園はとりに向けられたものだ。


「なんとかなる。なんせうちにはスーパー委員長、桃園はとり様があらせられるんでな」


 無論、詭弁だ。

 委員長ひとりの器量でどうにかなる規模の問題じゃない。ともすればクラスごと破滅を迎えかねない絶望的な局面。なのになぜだろう、彼ら彼女らの眸には、まぶしいくらいの光が詰まっている。


「だとよ。アンタはどうする? 桃園はとり」


 再び向き直って、委員長を見据えた。

 現状はなに一つ変わっちゃいない。絶望的な窮地に立っているのは同じだ。

 それでも。


 それでもウチの委員長は最強だからな。

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