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【4-3】 アンパッサン

 

 そして、リハーサル終わり。

 いち早く体育館を後にした俺は、ある場所へと足を運んでいた。


 体育館から渡り廊下までエアコンのない空間を早歩きで進む。すっかり梅雨の開けた初夏の校舎には、照り付けるような西日が差し込んできてシャツに汗が滲む。



「いい加減、私が同行させられている理由を聞かせてくれないかしら」


 廊下を並んで歩く花室(はなむろ)が、億劫そうに俺を睨めつけてきた。

 騒動の直後、俺は花室に声をかけた。そして打ち合わせが終わると同時に半ば強引に彼女を連れだし、今こうして人気の少ない本棟の廊下を歩いている。


「いったいどこへ向かうつもり。場合によっては……」


 花室はなにを勘違いしているのか、両手をフリーにして俺から若干の距離を取っていた。や、さっきの今でヘンなことしようと思わねえよ。こいつ、委員長のムッツリが伝染(うつ)ってないか?


「ちげえよ。ほら、さっきのやり取り、お前も聞いてたろ?」

美浦(みうら)くんのことね。断片的にだけれど、近くに居合わせていたから直接聞いてはいるわ」


 さすがの花室も思い当たったようだ。あの時舞台袖にいなくたって、あれだけの騒ぎになってしまえば耳に入る。

 それを知っているからか、花室はさっきから割り切れないような表情でいた。



「まさかとは思うけれど、なにかしようと考えているのではないでしょうね」

「そのまさかだ。このままいけば放課後の審議で委員長は美浦に言いくるめられる。取り返しがつかなくなる前に対策を講じておかなきゃならねえ」

「ここまで事態が発展した以上、私たちになにかできるとは考えにくいのだけれど」

「まあな」


 花室の心境は理解している。言いがかりをつけられている今の状況では、俺たちがどう反発しようと聞く耳を持ってもらえないだろう。そればかりか下手な抵抗を見せると難癖をつけられない。


 美浦に乗せられたとはいえ、俺たちが理特に危害を加えたのは事実だ。しでかしてしまったことは黙って呑み込むべきなのだ。


「痛み分け――そう彼らは言っていた。関係者である私たちが変に動いて刺激するのは逆効果ではないかしら」


 痛み分けね。


 不運な事故、偶然の出来事。あいつらは口々にそう言っていた。

 まともに取り合うまでもないような詭弁だが、俺たちの間に存在する強者と弱者の壁が突拍子もないような理論を正当化してしまっている。

 その埋まることのない溝が証明している。強者という立場を振りかざすような連中が、痛み分けなんて平等性を帯びた仲裁案で手打ちにするとは考えられない。


「お前の言っていることは至極正しい。だけどそれは、あっちが本気でそう考えていた場合の話だ」


 含みのあるように俺が返すと、花室は無言で続きを待った。


「あいつらも備品を壊されて演目の内容を変えざるを得ない――なんてのはブラフだろうな。実際に披露する演劇は別で用意してあるはずだ」

「つまり、彼らが持っていた備品は……」

「そう。俺らの劇を潰すためのフェイク、さながらあの機材は囮だ。チェスとかであるだろ、サクリファイス。あいつは自分の持ち駒を犠牲にチェックをかけてきたんだ」

「それって」

「ああ。いわゆる捨て駒だ」


 花室が言葉を失った。

 恐らく場合によっては、クラスの人間すらも同じように切り捨てたことだろう。美浦にとってクラスの人間など、全員雑兵(ポーン)でしかないのだろう。

 冷徹な頭脳による徹底的な作戦でクイーンテイクを狙う。それが美浦悠馬(はるま)。理系特進クラスのリーダーのやり方だ。



「それで、美浦くんが狙っているクイーンとは誰のことなのかしら」


 言葉を取り戻した花室が冷え切った声で問うてきた。

 氷柱のような鋭い眼差しを受けながら、俺は目の前の少女を黙って見降ろす。


 花室冬歌(ふゆか)。こいつ以上に女王の名が相応しい人間などいないが、それは絶対的な視点で見た場合だ。

 孤高にして冷厳な彼女は、だからこそ集団とはかけ離れた存在ゆえに危険度は比較的高くない。今回のような団体戦において、花室冬歌を抑えることは率直に言ってコスパが悪いのだ。


 俺たちが挑んでいるゲームはストラテジーだ。そして俺たちにとって戦略の要となる指揮官は必然的にクラス委員長ということになる。



 あいつが狙っているのは、委員長――桃園(ももぞの)はとりだ。



「委員長を機能できなくして俺たちをもろとも潰して、あわよくば桃園はとりを手籠めにしようって算段じゃねえかな」

「下衆な考えね」

「まあ実際、それが一番有効だしな。強者という立場を利用して自分の得意なリングに引きずり出し、一方的に潰す。やり方は単純だが、そこまで持っていった美浦の技量だな」


 たぶん、美浦は俺たちとはじめて対峙したときに委員長の人となりを見抜いていたのだろう。あからさまに接近してきたのも委員長本人の器量と周囲の人間の反応を見るため。

 たった一度の接触で敵の能力を見計らう観察眼。美浦悠馬、腐ってもあいつは特進クラスとして選ばれた人間なのだ。


「彼らの狙いが読めたとして、それを止める方法があるとでもいうの?」

「止める方法はない。打開策も突破口も存在しない。……だから終わらせる」


 抗えば抗うほどに深くのめり込んでいく。蟻地獄とか離岸流みたいなもんだ。

 だからこの状況を切り抜ける方法は――そう。切り抜けるのだ。やり過ごすのだ。

 花室の言う通り、波に身を任せて勢いが消えるのを待つ他にない。



 その前に、一手だけ打たせてもらうがな。



「なんで俺がここに来たと思う?」


 一言吐き捨てて立ち止まり、おもむろに見上げた。

 両開きの扉に重厚感を与えている、『生徒会室』の室名札。

 花室がなにかを口にするのも待たず、その扉を丁寧に三度叩く。


 そして、手をかけた。


 俺たちの見知った特別棟の旧生徒会室ではない。正真正銘、本棟の生徒会室だ。書庫には資料がまとめられたファイルが詰まっていて、積み重なった書類の束が並んだ事務机を囲うように二人の人間が座している。


 荘重な雰囲気の中に一息ついて踏み入った。

 重い空気を纏いながら、男が開口する。



「――なんの用だ」

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