【3-4】 お前ら、もう家族じゃん
「わたしが――」
「ひーたちさーーん!」
「ん……――な、ち、千束⁉」
「やっと会えました! この時をどれだけ待ち望んだか――って、ああー!」
どこからともなく現れた、野良犬のような少女。
霞ヶ浦千束が、バカでかい声で俺を指差してきた。
「天川せんぱい! なんであなたが、ひたちさんと一緒にいるんすか!」
耳をつんざくような声量で詰め寄ってくる霞ヶ浦は、さながら芸能人のゴシップを目撃したとか浮気現場に居合わせたみたいな剣幕だ。
そんな後輩をどうどうと抑え、懇切丁寧に説明してやることにした。
「文化祭の買い出しだよ。同行してたんだ」
「な、二人きりで買い物に⁉︎」
文化祭だからな。
「しかも、なんスかそれ、制服でなんて。あれですか制服デートですか、そこらの社会人にもう味わえない学生気分をアピールしようってんですか!」
文化祭だからだ。
「白昼堂々と制服で街中をぶらつき回って、どういうつもりスか!」
だから文化祭!
「せんぱいあなたって人は! なんなんですか旦那気取りッスか!」
お前がなんなんですか。小姑にしてもタチが悪すぎるだろ。
そんな調子の霞ヶ浦だったが、かと思えば今度は余裕そうに鼻を鳴らしやがった。せわしないやっちゃ。
「残念でしたね。ひたちさんはモテるのでせんぱいなんかじゃ釣り合わないですよ。昔だって――むぐぅ」
なにかを言おうとして、続く言葉がないことに、俺は数瞬遅れて気がついた。
いない。たった一度の瞬きの隙に、目の前のアホと横のヒロインが視界から消えてしまったのだ。
「は? あいつらどこ行って……」
なんだなんだ、神隠し? 千と千束? 湯婆婆基準じゃ贅沢な名前だったのか? それとも桜川もなにか思い出した風な反応だったし、互いに秘められた本当の名前でも思い出したか? コエデカミコバカギャルとかかな。
「おまたせ、周」
「おお、どこ行って……」
やがてどこからともなく桜川が姿を顕した。その手には後輩の霞ヶ浦が従えられている。
手を引かれた霞ヶ浦はすっかり大人しくなっていた。涙目だし、震える身体からは冷汗が滲んでいる。
「大丈夫か、お前……」
「せんぱいに心配される筋合いはないです。」
こんな時でも俺への対応は変わらないのね。芯が通ってて嫌いじゃないぜ。
「それよかお前、なんでこんなとこにいるわけ。授業は」
「サボってるに決まってんじゃないスか!」
すごい剣幕だ。そんな強気で言われてもな。
「っていうか、せんぱいたちもサボりじゃないすか。こんな時間にここにいちゃあ」
「だから買い出しだって。つっても差し入れとかじゃなくちゃんとした備品の買い出しだから、こうして足を延ばさなきゃならねえんだけど」
「わたしたちはれっきとした授業の一環なんだよ? ほら、千束も戻ろ」
桜川に絆されて手を取られる霞ヶ浦。この従順ぶり、本当に桜川を慕う後輩なんだな。
「にしてもせんぱい、相変わらずセコいですね。ひたちさんの好感度を稼ごうとしてそんなバカみたいな荷物もって」
「そうじゃねえよ。俺の方は買うもんが多いだけだ。桜川は衣装の打ち合わせだけだから、なにかを買い足してきたわけじゃないんだよ」
「……衣装? ひたちさん、なんか着るんすか?」
「わたしは巫女の役をするの」
桜川が優しく答えると、後輩はたちまち瞳を輝かせた。
「巫女のひたちさん! 想像しただけでたまんないすよ」
たしかにこいつ似合いそうだな。特にこの貧相な胸とか、変な煩悩が詰まってなくて神性がありそう。
俺の横ではしゃいでいた霞ヶ浦だが、ふと動きを止め顎に指をあてだした。
なにか考えるような仕草で、ほんの一瞬その場が静まり返る。
「ていうか、巫女服なら私、貸せますよ」
けろっと、霞ヶ浦が吐露した。
「は?」
聞き間違いか? 巫女服を貸すっていったか、こいつ?
それはつまり、一般人においては非現実的な神職のコスプレ衣装を私物として承有しているということであり。
まさかのコスプレ趣味だったとは。いや確かに、その手の題材を取り扱ったラブコメが増えてきている節はあるけれど。わざわざその流行りに乗っからんでもよくない?
「ああ! そっか」
桜川はなにかに気付いたような反応だ。まさかの心当たりあり。
怪訝に見つめる俺の視線を受けて、霞ヶ浦は遠慮がちにこぼした。
「や、ウチ神社なんすよ」




