【3-1】 文化祭の買い出しってなんかワクワクしますよね
【Ⅲ Scream for me / Knight’s Leap(Nc3 Nf6)】
また一つ週が明けた。
文化祭本番まであと二週間。期待や焦燥、それぞれ文化祭に抱く感情は日を追うごとに膨らんでいく。
俺たちは本格的に演劇の練習に入った。
脚本は白鳥さん。三つ編みメガネのお淑やかで可愛らしい文学女子。小さい頃から本を読むのが好きで、自分でも物語を作るのが趣味だという作家肌の女の子が脚本・監督を担ってくれた。
主要キャラが大まかな動きを確認する横で、衣装・製作担当の都和が作業を進めている。こちらも服飾系の進路を目指して普段から制服の改造とかしちゃう金髪ポニテギャルだけあって、この手の役割は心強い。
「滝田、セリフ違うわよ。さっきも同じとこで間違えたでしょう」
「やっぱり難しかったかな。……セリフ、減らす?」
「お気になさらず⁉ これ以上減らしたら鳴き声しかなくなっちゃうから!」
ロバ役の滝田の台本から人の言葉が徐々に失われつつある。
主要キャストの稽古はお世辞にも順調な滑り出しとは言えなそうだ。無理もない、普通に生きてきて童話やおとぎ話みたいな世界観に自己投影なんてしないしな。アニメとか見てると中二病の影響で長台詞を流暢に読み上げるスキルが身についたりするが、それでも素人に毛が生えたレベルだ。
その点俺のキャスティングは泥棒の子分A。セリフなんて一言くらいだから覚えるもクソもない。脇役でよかった、主人公なんて極端に目立つ役はごめんだ。その『主人』っていうのやめませんかなんて山手さんに言い寄られても微塵もときめかない。
「……あ。ちょ、天川―?」
「はいよ?」
「ちょさ、糸なくなっちったから買ってきてほしいんよね」
手持ち無沙汰で練習を眺めていると、後ろから名を呼ばれた。机を寄せた教室後方で衣装作りを進める都和の声だ。
文化祭の準備段階における俺の役目は雑務。とくに目立った活躍の見込めなそうな俺は、裏方のサポートに徹することにしたよ!
「ついでになんかお菓子買ってきてほし」
「おう。買い出しついでだから時間かかるけど、それでもいいなら」
「さんきゅー。待って、いま財布出すから」
「や、いいよ。それくらい」
「まじ? 天川、優男じゃーん。イケメーン」
「いやほんとそれな。都和もやっと気づいたか。また俺、優しくしちゃいました?」
都和がわざとらしく持ち上げてきたので、同じ温度感で返してやる。気の抜けた声を飛ばしてくるころにはなんなら俺を見向きもしていなかった。なんと虚しい。
互いに深く考えていないような適当な掛け合いだけれど、それでこそ何気ない高校生活の一ページを切り取っているように感ぜられて悪い気はしなかっい。
男というのは実に単純で、飯とかちょっとした会計を自分が持てばカッコいいと勘違いしがちな生き物なのだ。
そのことをいちいち後悔したりはしないどころか一種の自己顕示欲を満たされてしまうのだからタチが悪い。推し活とかと似たニュアンスだ。日がなキャバクラとかに通うオジサンたちの気持ちが分かったような気がする……。辛い現実から目を背けられるなら金払うわな。
「他に誰か、買い出し必要な人いる?」
「あ、木材が足りないかも」「愛」「俺ノド乾いた」「てか今日スタバの新作発売日じゃね? ついでに頼むわ」
「ここぞとばかりに要求多くね? あとスタバは買わねえよ?」
なんか一人、悲壮なヤツいなかった?
せっかく外出するのだからついでに必要な買い出しを済ませてしまおうと声をかけたら、思った以上に注文が寄せ集まった。
俺は廊下を歩きながらスマホのメモに目を通す。
「……結構多いな」
金銭面に関しては経費で落ちるから立て替えることに不安はないのだが、いかんせん数が多い。日中に戻ってこれるかどうかってところだな。
今は三時くらいか。昼下がりで日差し強えし、あんまあっちこっち歩き回るのは、時間的にも体力的にも厳しそうだな。
う~む……と考えながら廊下を歩き続けていると、そんな俺の意識を横取りするような喧騒が耳に飛び込んできた。
顔を上げて見回すと、その熱狂はある教室から漏れ出ていた。二年七組。まさか……。
まるでフェス会場みたいな熱狂に、通行人たちは興味に駆られては呑み込まれていく。俺も気になって覗いてみることにした。
七組の扉から背伸びして見ると、喧騒はどうやら教卓の前に立つ人物を囲うように広がっているようだ。目の色を変えた男たちが札束を握りしめて群がっている。なにここ地下労働施設? 違法賭博でもしたの?
その中心に立っているのは、桜川ひたちだった。ヒロインのくせに久しぶりの出番な気がする彼女は、なにやら困り顔で右手を前に突き出している。
その手に握られているのは、男たちのような札束ではない。木の棒だ。一本一本割られた割り箸の束を掴んでいる。
「王様ゲームでもやってんのか……?」
「お、天川! お前もやってくか?」
訝しげに観察していると、不意に名前を呼ばれたので振り向く。
飯田晃成が明るい笑顔で歩いてきた。
「飯田。なにしてんだあいつら」
「買い出しの抽選会だよ。桜川さんとあと一人、誰が行くかクジで決めてるんだ」
「買い出しで⁉」
抽選ってなんだよ、握手会じゃねえんだぞ。
文化祭の買い出しという、日常の中で起こるひとつのイベントは、不思議と特別感を与えてくれる。特別な一瞬をヒロインと共有できるのだから、連中がこぞって目の色を変える気持ちも分からなくはないが……。
「明らかに他クラスの人間も混じってるよなこれ。部屋の収容人数超えてるだろ絶対」
俺が引き攣った苦笑で見渡す七組は、教室の隅から隅までむさ苦しい男たちで埋め尽くされていて、もうフェスよりかクラブかなんかみたいなやかまさしさに満ちている。もう完全にフロア湧いちゃってるよこれ。あと頭も。朱音、沸騰するってのはこういうことを言うんだぜ。
「最初はクラスの男子たちでやってたんだけど、途中から他の組の人も集まりだしちゃってな。他クラスが買い出しに同行しちゃいけない決まりはないとか一緒に行ってくれたら経費は全部持つとか言いだして引っ込みつかなくなっちゃったんだ」
あいつ一人をめぐってルールが乱され仲間を売る輩まで生まれるとは……。なんという影響力だ、ヒロイン恐るべし。
「せっかくだし天川も参加したらどうだ? この前のお礼もかねてタダで」
「ちょっと待て、タダってなに」
参加料取られんの? いよいよ違法賭博じゃねえか、神峰会長に告発するぞ。
よく分からぬままに流されて、俺は教室を大回りに伸びる待機列に並ばされた。
しばらくするうちに桜川と目が合って、申し訳程度に会釈をやる。すると彼女はなにか閃いた様子で自分の手元に直り、見えないように指先を動かした。
……なんか細工してんな、あいつ。
やがて俺の番がやってきた。前のやつが剥がされ、一歩前に出る。
適当に引き抜いて、さっさと自分の買い出しに行こう……、
「……ちょ、固くて抜けないんだけど」
一番手前のくじを引こうとしたら、微動だにしないのでたまらず抗議した。こいつ、華奢なくせに馬鹿力だからな。でももうちょっと緩めてくれないと抜けないんですけど。
「――――」
俺の視線に射貫かれた桜川は、むぅっと下唇を噛んで眉根を寄せている。
視線は自分の手元――くじを握った右手。さらに言うと無数のくじの中の一本を定点的に見つめていた。なんだ、なにか訴えてくるような眼だ。
その眼差しを見つめるうち、なんとなく言わんとすることが伝わってきたので、桜川のアイコンタクトを読み取ってやる。
『この、ちょっと出っ張ってるやつ。これ引いてこれ』
『これってどれだよ。これ?』
『そうそれそれ。早く、怪しまれるから』
十分怪しいけどな?
こいつもしかして、俺が指定されたくじを引くよう誘導してんのか。の割には目当ての割り箸をひょこっと出して目配せするとかいう確実性に欠けすぎている作戦だ。恐ろしく分かりづらいトリック。俺でなきゃ見逃しちゃうね。
読み取るとはいってもなんとなくでしか伝わってこないので、悩むフリして次のくじ、また次へと指先を移しては桜川の反応を見る。
ある一本を掴んだタイミングで桜川が強く首を振ったので、指示のままに引き抜いた。
「……あたりだ」




