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【2-5】 作戦会議〈Ⅰ〉

 

「バンドをやろう」



「「「――は?」」」

 なにより昨日、その話題は上がったはずだ。そしてあっけなく切り捨てられたことだ。クラスでの劇を発表する文化祭で有志のバンドはできない。

 それはあくまで、有志での話だ。


「特進特待を差し置いて普通科の私たちが票を得るためには、誰しもが思い描くようなありふれた劇じゃあいけないと思うの」

 委員長が俺の意見に注釈を加える。


「でもさ、ルール的に大丈夫なの?」

「確かに。新しいとか以前に、ステージに楽器持ち込むわけでしょ?」

 誰からともなく投げられた疑問は誰しも抱いていたことだ。


「そう。演劇でバンドなんて、本気でやろうとは思わないし許されるわけがないってなるわよね、普通」

 委員長は待ってましたと言わんばかりに頷く。そして自信ありげに教卓へ手をついて身を乗り出した。演説でも始まりそうな体勢である。


「規約をよく見てほしいわ。具体的に使用を禁止されている物品は明示されていない……つまり、予算で購入できれば、たとえ楽器でも備品として申請できるはず」

「! そうか……」

 教室の端々で声が上がる。



「与えられた予算は一クラス十万円。衣装を外注していたらそれだけでカツカツになっちゃうし、その割に他のクラスと差別化は狙いづらい。なら大道具や舞台装置に予算を回して、少しでも規模を大きく見せるべきだと思うのよ。

 そこで、音響機材の項目で楽器を購入するっていうのはどうかしら。ギターとベース、それぞれのアタッチメントとアンプにドラムセット……中古で揃えれば全部合わせても五万くらいで済むはず。予算が半分でも残ればそのぶん小道具なんかにも回せるから余裕はあるし、なにより斬新で盛り上がる。審査の点数は稼ぎやすいと思うの」


 誰もが彼女の説得力に押されて思案する。

 現実味を帯びた夢のような挑戦に、教室の緊張は弛緩しつつあった。


「おいおい、なんか一気に文化祭っぽくなってきたじゃん?」

北原(きたはら)、よかったな! お前の希望通りのステージだ、盛り上げてくれよ?」

「任せろ。俺のギターで心が揺るがないやつはいねーよ」

 どっから湧いてくんだその自信。



「それじゃあ、五組の演劇はバンド要素を取り入れた『ブレーメンの音楽隊』で決定、でいいですか?」

「「異議なーし!」」


 楽しそうに揺れる教室に、委員長は安堵の表情をにじませた。

 もとより反発は予想していなかったろうが、口をそろえて賛成してくれたことにほっと胸を撫で下ろしていた。



「ありがとう。役割分担は放課後にやるとして――もう一つ、私たちから提案があります」

 喜びも束の間、委員長は声色を落として言う。


「七組とのもう一つの勝負。即ち、期末テストについて」

 そう。本当の懸念点はこっちだ。一か月後に迫る期末テストも、七組との勝負内容に含まれる。

 文化祭で善戦できたとしても、テストで勝てなきゃ意味がない。というのも美浦(みうら)が指定した内容は、文化祭の三部門、そしてテストの主要五科目の計八番勝負なのだ。


 五教科の内訳は、現代文、数学ⅡA、化学、地理、英語表現。得意不得意の話じゃないが、文系特化の科目は国語だけだ。そういう意味じゃあ、理系特進の七組相手には不利な条件。



「まーまず、テストじゃ勝ち目がない」

 委員長を挟んで俺の横に並ぶ滝田(たきた)が、肩をすくめながら前に出る。

 あっさり、ばっさり言い切りやがったこいつ。


「特進と勝負できるのなんて、ウチじゃ委員長と花室(はなむろ)さんくらいだもんな……」

 誰かが言って、みんなが頷く。成績も優秀な二人には文化祭に引き続き頼ることになりそうだ。こいつら五組のライフラインすぎる。



 しかし、美浦はそれすら織り込み済みだろう。


 テストの条件、『クラス内上位二名の合計点』――これは実質的に、俺たちからは委員長と花室の選出を限定したものになる。

 花室はともかく、委員長は五組の中では上澄みといえど、全体の順位で見れば特進の成績優秀者よりわずかに劣る。


 つまり現状、俺たちの最も勝率の高い打算は『文化祭を制覇したうえで、期末テストの点数比べで二教科以上上回る』ことだ。


 いちばん現実的な方針でこれだ。理特からしてみれば、文化祭でコケてもテストさえ難なく切り抜ければ勝ち越せる、どころか最悪引き分けにだってできるという安心感すらある。さすがというか、リスクヘッジまで徹底している。



「それじゃあ、思ったより厳しい戦いなんじゃないか……?」

「確かに厳しいかもなー…………でも、無理じゃあねーだろ」

 滝田が得意げに口端を上げた。


「そこで提案だ。期末テストを乗り切るため、どれか一教科でも高得点を狙うため……クラスみんなでの協力を求める」

「協力? どういうことだよ滝田」

「教え合うんだ。教科ごとに得意なやつらが集まって、一人でも多く七組の点数を上回るために」

 滝田が即答した。面白そうな提案に、クラスメイトたちの反応も好感触だ。



「そういうわけで、二年五組、大勉強会を開催する!」


 五組が普通科といったって、みんながみんな壊滅的な成績ってわけじゃない。それに特進にだって飯田みたいな落ちこぼれ気質のやつはいるわけだし、望みが完全にないわけじゃあない。


「おお。それいいんじゃね? クラスも団結するし」

「それじゃあ、文化祭の準備も考慮して、合同で練習、放課後に教室を使って勉強会を開催することにします。もちろん部活や予定がある人はそっちを優先してほしいし、強制はしないけれど、成績を上げたいって人は積極的に参加してほしいです」

 一区切り言い終わって、眼が合ったのか、委員長が花室にウインクを飛ばした。


「花室さんも、よければ力になってほしいな」

「ぇ……私?」

 突然の振りに戸惑いを見せる花室。目を丸くし、集まる視線によそよそしく唇をもにょらせる。


「私は、その。別に構わないけれど……」

 ズキュン。委員長が胸を貫かれる音が聞こえた気がした。デカい胸を。



「決まりだな。んじゃいっちょ、特進のエリートどもに目にもの見せてやりますかー」

 そのセリフ皮切りに、クラスじゅうが騒々しく湧き始める。


「よぉーし、お前ら。拳を掲げろ!」

 滝田の号令に、クラスメイトはめいめいに顔を合わせ、口元を吊り上げた。

 それを見計らった滝田が、高らかに叫ぶ。



「理特をぶっ飛ばすぞー!」

「「「おーー‼」」」

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