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【2-2】 王子と委員長と生徒会

 

 今度は、誰もが言葉を失った。

 美浦(みうら)の狙いを察して押し黙ったのだ。この男は、桃園(ももぞの)はとりを自分の奴隷として飼い慣らすつもりだ。


 五組の中で際立って成績のいい委員長は、学園法の支配から逃れている。他の普通科生と同じように彼女一人に直接攻撃することは本来ならかなわぬことだ。

 だが、今この状況。拒否権を持たない俺たちという他人を巻き込むことで、彼女を守っていた壁は瓦解する。


 少女一人か、男三人か。逃れようのないデッドロックがかかった状態。

 自分一人と人質に取られたクラスメイト。正義感の強い委員長がどちらを天秤にかけるかなど分かりきったことだ。



「断ってもいいよ。その時は他の三人に執行権を行使することになるけれど」

「っなんて卑劣なの……」

「なんとでも言いなよ。言葉ごときで僕と君たちの差は埋まらない」


 まともに取り合うこと自体が最大の失敗。俺たちは一言残して早々に通り過ぎればよかったのだ。

 美浦の思い描く展開に、俺たちはまんまとレールに乗ってしまった。



「僕たちはソレが許された強者なんだから」



 目の前の男の瞳の奥は、ただ黒い。

 王子だなんて生ぬるい通り名に騙されてはいけない。こいつは選ばれし強者の中で権威を握る絶対的な強者なんだ。



「さ。今ここで答えを聞こうじゃあないか」

「ふっざけんな! 委員長、俺らのことなら気にするな!」

「でもっ――」

「このまま黙り続けるというなら、彼らはタダで済まないと思ったほうがいい」

「――……!」


 猶予を限定することで冷静な判断力を鈍らせる。もう委員長の頭には、自らの身を犠牲にする以外にないだろう。


「ほうら、返事は?」

「――……っ」


 不安と恐怖を煽るように、眼力を込めた眼差しで射すくめる。

 下唇を噛み、意を決したように開口する委員長。

 震える声が音を紡ぎ、言葉となる――――



「そこで何をしている」



 声は、また聞いたことのない人物のものであった。

 二階に昇る階段を上がってすぐ。職員室や印刷室など管理室が密集する区画から姿を現したのは、二人の人間だった。


 男女一人ずつ。女性の方は長い黒髪をストレートに下ろしていて、手入れの行き届いた黒漆のような色彩と光沢のコントラストが艶かしい。


 男の方。引き締まった表情と一本の鉄芯でも備わったようにしっかり構えた姿勢が、世界の正しさを体現したような風格をまとっていた。


 二人の足元に注目すると、学年ごとに色分けされたソールの色は緑。俺たち二年は青、後輩の一年は赤色である。つまり彼らは三学年、俺たちの一つ年上ということになる。


 いちいち確認するまでもなかった――この二人は校内屈指の有名人、上履きの色などに目をやるまでもなく、彼らの素性は説明がつく。



 海南(うみなみ)高校の生徒会だ。桜川(さくらがわ)ひたちが学園の『ヒロイン』として名を馳せているように、目の前に対峙する美浦悠馬(はるま)が『王子』と呼ばれているように、この三年生たちを表す肩書きがある。



 生徒会副会長、生田(いくた)(のぞみ)。現在の生徒会長就任時に、会長直々にその役職を任命され、現在は事務作業から書類手続きまで手広くこなし、まさしく会長の右腕と評判の仕事人。



 そしてそんな彼女に副会長の席を指定したのが、他でもないこの男、神峰(かみね)(しゅう)



 三十年あまりの歴史を持つ海南でも史上二人目となる、二期連続での生徒会長を務め上げる秀才。


 まさしく秀才。読んで字の如し、彼の博学多才ぶりは学年の域を出て全校中に認知されている。学年に存在する三つの特待生コース、その中でも限られた才人しか属することを裁可されない集団――『特待』クラスに身を置きながら、会長職という激務をこなすのだ。


 神峰生徒会長は俺たち双方にそれぞれ一瞥やったのち、重々しく口を開いた。



(オレ)の目の届く範囲で無意味な争いを展げるとは、お前たち、どこの痴れ者だ」

「やだな、会長さん。これは無意味なんかじゃありませんよ。意味のある話し合いです。そうですねえ……いわば不慮の事故? お互いが被害者であり加害者なんです」


 美浦が惑うことなくはっきりと答える。淀みのない言葉は、まるでほんとうに真実であるかのような説得力を帯びていた。


「はあ? お前らがぶつかってきたんだろうが!」

「まだ言うか普通科が! 美浦の厚意を踏みにじる気か、ああ?」

「なにが厚意だよ、わざとやったんだろ!」


 北原(きたはら)が直情的に食い下がる。

 ここで安易に発言することは賢明ではないが……この辺で俺も最低限の口添えくらいはしておこう。


「俺も見てたぞ。すれ違う直前、駒込(こまごめ)が不自然に廊下の中央に寄ってきた。大きく一歩分なんて、故意に踏み出さなきゃならないと思うが」


 駒込がわざと身体を寄せてきたのは事実だ。おそらく、委員長が普通に歩いていても当たっていただろうな。


「なっ、天川(あまかわ)てめえ……!」


 俺の言葉に、駒込が身を乗り出してくる。

 俯瞰していた神峰会長が、その光景に見かねて大きくため息を吐いた。



「もういい。やったやっていないの低俗な言い争いに興味は無い。貴様らの言う話し合いが浅薄な争いでないと言うのなら、この学園(くに)校則(ほうりつ)に則った土俵で証明してみせろ」


 言葉に激はないが、太く通る芯のある声がその場に有無を言わさぬ圧を与えた。

 全員の沈黙を確認して睥睨すると、神峰会長は低い地声で淡々と俺たちに言い聞かせる。


「勝負事においてはルールが存在する。その規律に従って雌雄を決することこそが、我々海南の人間に求められる姿勢だ」


 ルール。そうだ、この学園にはルールが存在する。

 学園法という抗いようのない法律だが、そこに裁定を下す仲裁者がいればその法律は調和の匙として正式に機能する。


 さすがは生徒会長。堅物だが、それゆえに正義の天秤はくるいなく機能しているようだ。



「へえ。いいでしょう。呑みますよ、その案」


 美浦は逡巡こそしたものの、すぐに首を縦に振った。


「そうだな。文化祭も近いし、そこで勝負するなんてのはどうだい?」

「それは……お前たちが分かりやすく有利じゃねーか? 学園法がある以上、平等とはいえねーだろ」


 滝田(たきた)が咄嗟に否定する。いい判断だ、こいつが切り出さなかったら俺から言っていた。

 生徒会長はただ黙って傍観する。考え込んでいる風に見えなくもない。会則で定められた形のない法律だ、平等という言葉を持ち出されては思案せざるを得ないだろう。



「そうかい。ならこうしよう。次の期末テストも組み込んで、勝ち点の総計で勝敗を決定するというのは。それぞれ求められる能力は違うし、工夫を凝らす努力が評価基準にもなる。会長としては申し分ないんじゃないですか?」

「……悪くない」


 会長は否定しなかった。テストという一般的に外部からの要素が干渉しえない競技は、いわば自分自身の努力量に大きく左右される。

 そしてそれは会長の正義にうまく適している。美浦の機転を利かせた思考力がまた活きた。



「君たちはどうだい?」

「……まあ、それなら。みんなは、それでいい?」

「ああ。いい機会だしな。『王子』の称号、俺がいただく」


 滝田が不敵に笑い返す。

 それを両者の合意を受け取ったのか、会長が小さく頷いた。



「内容が決まり次第、連絡をよこすこと。生徒会の裁量と、会則の観点から判断して公正か否か決定する」


 最後にそれだけ伝えると、会長と生田副会長は踵を返して去っていった。


「それじゃあ、楽しみにしているよ」


 相も変わらず言葉然だけはさっぱりとした美浦も、駒込たちを連れて戻っていく。

 後には、俺たち五組だけが残っていた。



「……ふぅー。なんとかなった、のか?」

「……どうだろうな」


 致命傷は避けた。が、圧倒的不利なことに変わりはない。


 学園のシステムと『王子』の存在によって出来レースと化した文化祭。美浦がひとたび号令をかければ、半数近くの得点をかき集められてしまうだろう。


 そして、期末テストときた。


 提示された無茶な条件。そして向こうが提示してくる要求も、もちろん無茶なものだろう。

 だが、俺たちはそれを断れない。あいつらが譲歩する形でことが進んでしまった以上、要求を断るのも勝負を降りることも許されない。事実として二年五組の立場は崖っぷちにある。


 この状況を切り抜けられる手段。



「……あいつに頼るしかねえか」

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