【2-1】 王子と委員長と生徒会
【Ⅱ People=Shit! / Pawn’s Gambit(exd4 3)】
明くる日。
俺と滝田、そして委員長と北原の四人は学食でテーブルを囲っていた。
代理の代理で会議に出席したお礼がしたいと委員長が言い出したので、俺がなんかおごってーと答えたのがきっかけだ。ジュースでもアイスでもおごってもらおうという意味だったのだが、委員長は一食まるまる持ってくれた。なんとも義理堅い。
たまたま近くにいた北原も誘って、都内の私立女子大よろしくテラス席で欄にタイムを過ごした。そんで今はその帰り道である。
「わりーな、天川。助かったよ」
「気にすんな。特になんかあったわけじゃねえし」
大袈裟に手を合わせる滝田に淡泊に返した。
そう、なにもなかった。少なくとも代表者会議においては。
その後の俺の顛末は決してなにもなかったで済むようなものではなかったけれど、滝田や委員長には関係のない話だ。
「なんかあったん?」
「ああ、北原。昨日代表者会議があったんだけどさ、天川が五組の代表として出たんだよ」
「そ、それって大丈夫なのか」
「余計なお世話だ」
「お願いしといてなんだけど、私もちょっと不安だったわ……」
「委員長まで⁉」
心配する気持ちは分かるけどな。なんなら俺が一番不安だったまである。
一時間弱ある昼休みも残り十分ほどになったので、俺たち一行は学食を後にした。
話題は必然文化祭のものだ。昨日提示された規約、その予算の話が回ってきた。
「つか、あれだな。規約を見た感じ、予算内で用意できるもんならなにを使ってもいいっぽいな」
「マジ? じゃあ、ギター買おうぜ!」
「ギター一本でなにができるんだよ。てめえのライブに金払うんなら女子全員分のドスケベコスプレ衣装発注しようぜ」
「天川、お前やっぱ天才だよ」
滝田が乗っかり、北原も苦渋の決断の末に親指を立てた。
これでこそ二年五組。どうしようもないゲス野郎どもで助かるぜ。
「ちょっと、なに考えてるの。劇の備品を全部それでやりくりするんだから、大事に使わないと――」
盛り上がる男たちをたしなめるように身を乗り出した委員長の体が、大きくよろめいた。
どん。
鈍い音を立ててぶつかった人影は、どうやら委員長と接触したようだ。
「あ、ごめんなさ……」
「あン?」
すかさず頭を下げた委員長の誠意が、一言で切り捨てられる。
「よそ見してんじゃねーよ。誰だお前?」
「桃園はとり……おまえら五組だよな」
ぶつかった肩を抑える男と、並んださらに二人。廊下には三人の男子生徒が立っていた。
相手が委員長を知っているように、俺もこいつらを知っている。
一歩前に出た険しい顔のやつは、確か駒込だったか。後ろの連れは臼井と菅谷――三人とも好青年とはいえないガラの悪さで、もう一つの共通点として全員が七組の生徒だ。
七組。文系特進クラスの六組に次いで、七。
海南高校に存在する特進・特待コース――三つある特別優待生徒の教室のうちの一つ、二年七組。
文理で分離した特進クラスのうち、六組はあの桜川ひたちの所属する文特。サッカー部の飯田晃成、野球部の粟野、柿岡もそこに属している。
そんな文特に対を為す、理特――理系特進クラス。主に理系科目を中心に得意とする頭脳派集団。
見かけによらず成績優秀者。そんな彼らが、顔をしかめながらこちらを睨めつけている。
「やってくれるじゃないか。普通科の分際で、俺たちに突っかかってくるなんてな」
「そんなつもりは……! 第一、あなたたちも横に広がって歩いていたのだから、原因はあなたたちにもあるでしょう」
「口答えする気か? いきなり飛び出してきたのはお前だろ。廊下で騒いでるからいけないんだよ」
言っていることは正しいっちゃ正しい。だけどどこか胡散臭い。
たぶんこいつらは、俺たちを見てわざとぶつかるように向かってきたんだろう。というか自分から体を寄せて肩が当たるように歩いていた。
なんでそんなことを。無論、彼らが特進で、俺たちが普通科だからだ。
どんなきっかけでもいちゃもんを付けられる。ストレス解消に無茶な要求をつきつけられるのはもはや慣れっこだ。
俺たちがここで食い下がるのは賢明とは言えない。こちらの正論など、彼等にとってはまるで意味をなさないのだから。
「ちょっと待った。俺抜きで話をしようなんて水臭いぞー?」
両者の間に割って入ったのは滝田だ。委員長が圧せられてしまわぬよう、前に出て聞き手に回る。
「誰だおまえ、部外者は引っ込んでろ」
「いやー。俺も一緒にいたし、なにより五組の一員、委員長の手下だ。部外者ではないだろ」
「滝田……って、手下ってなによ⁉︎」
駒込たちはつまらなそうに顔をしかめている。
なにごともなく終わればいいが……、
「僕にはそんな風には見えなかったけどなあ」
そんな上手くはいかないのが現実だ。
互いに睨み合う俺たちの意識をかき集めたのは、さっぱりとした声だった。
「……美浦くん」
委員長が噛みつぶすように名を呼んだ。
ポケットに手をしまったまま歩いてくるその男は、キザな風がしかし様になって見えるような好青年。まるで駒込たちとは違う雰囲気を纏っている。
「君は、五組の学級委員。桃園さん、だっけ?」
男は委員長に視線を返した。
さらりとした明るい髪が真ん中で綺麗に分けられていて、覗く額に整えられた眉が柔らかな笑顔を映えさせる。
一言で表せばイケメンだ。男の俺からすれば見ていて気分のいい奴ではない。
「なんだっけ、下の名前。朗ちゃんだっけ」
それ前任な? 間違え方がズームインすぎる。
「羽鳥よ。教える義理なんてないと思うけど」
「そう怖い顔するなよはとりちゃん。仕掛けてきたのは君らだろ?」
そして、男は驚くべき行動に出た。
いきなり名前で呼び、委員長の肩に手を置いたのだ。
「なっ」
「――ッちょっと、なにするのよ」
委員長が咄嗟に手を弾く様を面白がっているように見える。
舐め回すような視線を委員長に向け、美浦は不敵な笑みを浮かべたままだ。
「おいおい。乱暴しないでくれよ。……そういうのも嫌いじゃないけど」
美浦悠馬。
桜川ひたちが『ヒロイン』、花室冬歌が『高嶺の花』という風に、この学園において外見に優れた生徒にはそれぞれ二つ名が存在する。
そして彼もまた、その名を一言で説明づけるような通称が存在するのだ。
『王子』。
ありきたりかつ簡素なその俗称は、しかし人々の記憶に刻むにはインパクトの強い単語だ。陳腐な言葉で飾ることのないシンプルな呼び名が逆に美浦の完全さを表していた。
あろうことか目の前の彼は、特進クラスの秀才にしてサッカー部のエースであることに加えて、恵まれた容姿をお持ちなのだ。
なんなのこいつ、運動も勉強もできてルックスまでいいとか、どこの俺TUEEE主人公? ああいうのは自己投影できる架空のキャラだから人気なんだよ。現実にいられてもムカつくだけでしかない。俺以外のイケメンは滅べ。
「ねえはとりちゃん。僕には君が、意図的に駒込たちにぶつかってきたように見えたんだけれど、本当のところはどうなのかな」
「な。だから、そんなことはないわよ。いい加減なこと言わないで……!」
まずったな……これは分が悪いぞ。
委員長はかなりの面喰い。イケメンなら誰にでもついていく女だ。
今だって美浦に囁かれてすっかりメスの顔に……あれ、なってない。
珍しいな。委員長が顔で騙されないなんて。
「天川、なんか失礼なこと考えてない?」
「……イイエ」
やべ。目が合った委員長に勘づかれた。
「待て待て。美浦、それは誤解だぜ」
滝田は変わらず矢面に立って美浦たちの相手を続ける。
その後ろで、俺はひそひそ声で委員長に声をかけた。
「つかぬことを聞くが、委員長。美少年好きのあんたからして美浦はどうよ」
「な、なに、いきなり。そりゃ顔は申し分と思うけど。でも、中身がてんでダメ。私好みじゃないわね」
なるほど。思いのほか基準はしっかりしているようだ。てっきりクズ男とかに弱いんだと想像してた。
自分のことをイケメンだと思ってる男は嫌い、みたいな?
「自覚のあるイケメンは好き。なんか沼」
勝手に沼ってろ。
「そうじゃなくて。女の子が自分の思い通りになると思ってる男が嫌いなの」
「じゃあ美浦だめじゃん」
「そう言ってるじゃない。なんの話よコレ」
そう。美浦悠馬、こいつは一見爽やかな清楚ボーイに見えるが、その実態は他人を都合のいい駒として扱うような腹黒野郎なのだ。
普通科男子を中心にその噂は広がっているが、そのクズっぷりも女子にはかえって魅力へと変換されるようで、連日美浦に憧れる女子の姿は絶えない。まあとりあえず委員長が騙されていないようでなんか安心した。
ひそひそ声で場に似合わないトークを拡げていたら、いつの間にか美浦は意識を別の人物へと移していた。
美浦の射すくめるような視線に負けじと、滝田も気を張る。
「別に俺らは、お前たちになんかしようって気はねーぞ。気に障ったんなら、まあ、謝るよ」
謝罪! 出た! 謝罪出た! 得意技! これ! 謝罪だよ~~!
いや、仲が良くて付き合いの長い滝田だからこういう風にいじれるけれど、こいつのこういう対人スキルは天性のものだと思う。
丸く収める術を本能的に会得し、相手の表情や挙動から欲しがっている言葉を持ってくる。勉強や運動を遥かにしのぐ、社会において必須のスキルだ。
実際、こういう風に接されてしまえば強く出ることはできない。世間体という、社会が作りあげた常識の枠組みから逸脱することは、かえって悪目立ちしてしまうからな。
……けれど、そんな常識は、生憎と彼らには通用しない。
「滝田。別に気を遣わなくてもいいよ」
「ん? なんのことかな。俺、鈍感男子だから分かんないぜ」
鈍感なやつは自分のことを鈍感とは言わない。
だが、どんだけわざとらしかろうと、女の子を守るために行動に移せるやつは格好いいと思える。目の前の王子よりもよっぽど。
「滝田。君に興味はない。大人しく失せろ」
「そう言われてもなー。お前の言っていることは暴論でしかねーだろ。謝れって言うんならこの通り頭を下げるけどよ、それ以上なにをしろってんだ」
滝田の反発が意外だったのか、美浦は一拍置いてから不吉に笑いだした。
「態度に気を付けろ、なんて偉そうなコトを言うつもりはないけれど。君たちも自分の立場を弁えていないわけじゃあないだろう?」
直接言葉にせずとも、その意図は十分に伝わってくる。つかもうほとんど言ってるようなもんだろ。
「そうだね……。立場が二つに分かれている以上、どちらの主張も客観的証拠にはなり得ない。このままじゃあ水掛け論を続けるだけだ」
美浦は腹黒い本心を隠そうともせず、台本を読むように続ける。
「ならどうだろう。ここは君たち五組が、七組の要求を一つ呑むという条件で手を打つというのは」
「はあ? なんで俺たちがそんな命令を聞かなくちゃならないんだよ」
「人聞きが悪いな。僕たちは権利を主張するだけさ」
北原の講義を美浦は飄々と流す。
「特別進学コースの人間に与えらえた優待権。もともと君たちに無罪を主張する権利などないけれど、あえて今回のことは不問にしてあげようと言っているんだ。ともかく僕が言いたいのは、君たちがこのまま非を認めて土下座でもすれば人権くらいは保証してあげる、ということだ」
譲歩したように言っているが、つまるところ美浦の主張は完全な強弁だ。屁理屈を並べてこちらに無茶な要求を押し付ける、まさしく特進らしいやり方。
優待権、その言葉に俺たちは身構える。
「優待権――正式には執行権だけれどねーーの効力が及ぶのは普通科の生徒。けれど、君たち普通科でもその権利から逃れる術はある。テストで上位五十位以内の成績を収めれば、その間は成績上位者として優待権は付与される。はとりちゃん、君は確かその有権者だったね」
「だったらなんだというの」
低い声で抵抗の意思を見せる委員長を見据えて、美浦が言う。
「桃園はとり。君がその要求を呑むというなら、他の三人は見逃してあげよう」
またまたキリが悪いところで切っちゃうんですけどすぐに続きだします! ごめんなさい!
 




