【1-7】 一ノ瀬夏祈がお姉ちゃんすぎる
朝から立ち込めていた高層雲はいつのまにか過ぎていて、教室の窓から覗く空は群青に染まっていた。
昼休み後の五限目は眠くなるのが日常茶飯事だが、こうも直射日光にさらされると快眠はできそうにない。昼食も取らずに炎天下で重労働を続けていたのもあって、鈍り切っていた身体はすっかり覚醒してしまっている。睡魔は雨雲とともに去って行ってしまった。
「なあ天川、ちょっと頼みたいことがあるんだけどさ」
「演習問題ならやってねえから見せらんねえぞ」
「そうじゃねーよ。放課後、暇してねえ? 俺の代わりに会議に出てほしいんだ」
「会議?」
「朝に言ってたろ、文化祭の代表者会議。委員長が用事あるらしくて俺が引き受けてたんだけど、部活でミーティング入っちゃってさ」
滝田はばつが悪そうに片目を細めた。
代表者会議というのは学祭関係で何度か開かれる集会のことだ。一から三年までの各クラス委員長が代表として出席し、連絡事項の共有や運営上の手続きについて確認を取るために設けられている。
そんなことか。まあ断る理由も特にない。
会議の初回は文化祭の順守項目の共有と各クラスの企画内容の提出だけだ。そのクラスの人間が代理で出席できれば誰であろうと問題はない。
なにより滝田には、前回の『課題』で世話になったからな。その借りは返しておこう。
「そういうことなら構わねえぞ」
「わりーな、恩に着るよ」
「気にすんな。我が校を代表するサッカー部様には、インハイに集中してほしいからな」
嫌味に笑んだ俺に、滝田も笑い返す。
含みを持たせたように言ったが、俺としてもできることならサッカー部には勝ち進んでほしい。付き合いの長い滝田に、根っから良いヤツの飯田もいる今のサッカー部に親近感が湧いちまっていたようだ。
願わくば、彼らの青い夏がひと時でも永く続かんことを。
晴れわたる青空を照らす太陽が、そう告げているような気がした。
*
放課後。俺は伝えられたとおりに指定の集合場所へと足を運んだ。
本棟の二階には、職員室や放送室などの職員部屋が固まる一画がある。その中の一つ、生徒会室に隣り合った会議室で集会が行われるらしい。
仕切りを下げて出来上がった三部屋分の空間には、パイプ椅子と事務机が並べられていた。
こうして見ると壮観だ。代表者会議はそれぞれのクラス代表者に加えて実行委員、そして生徒会の面々を揃えて行われる。正面のホワイトボードの前では実行委員がマイクチェックをしたりレジュメの確認を進めていた。
受付を済ませた代表者はめいめいに指定された場所に腰を下ろし、やがて実行委員もそれぞれの持ち場に着く。
生徒会役員も到着したようだ。挨拶を終えた実行委員長の横に、お堅いコワモテの生徒会長、優しいお姉さん風の副会長、見知った二年生の書記、会計と並んでいる。
がやがやと雑音が飛び交う中、実行委員長の口上を合図に厳かな空気が張り詰めた。
第一回代表者会議が始まった。
「それでは、今年度の海南高校文化祭における順守項目を共有いたします。前年度との変更点や追加項目について、こちらから説明させていただきます」
モニターに映るスライドが切り替わるのを見計らって、実行委員たちが資料を配布しだした。
回ってきた紙束を一部取って目を移す。
うわあ、業務じみてるなあ……。こういう資料のデザインセンスも、海南にとっちゃ立派な評価基準だ。将来性、社会性に重きを置けば企画書づくりに生かせる力は有意義だしな。理に適ってはいる。
誰が作ったんだろうな、これ。一般的な高校生って文化祭とか修学旅行のしおりの表紙はアニメキャラを描くもんじゃないのか。あの行事に全く関係ないヤツな。……いや、さすがに高校でそれはないか。なんだろう、自分で経験したことないのに心臓がかゆくなるカンジ、やはり中学時代にそういう痛みを知っているからだろうか。黒歴史はみんなで分かち合うべき、誰かのトラウマはみんなのもの。ワンフォーオールオールフォーワン。プルスウルトラ。
「続いて、予算案についての議題に移ります」
いかん、どうでもいいことを考えていたら議題が終わってしまっていた。
紙の資料は持ち帰るとはいえ、重要なことを聞き逃してしまっては委員長と滝田に顔向けできねえな、ちゃんと聞いとくか。
司会役がきびきびと公約を述べていく。文化祭において予算は重要な要素だからな、これをどう使うかで演劇の規模は大きく変わるだろう。
内容はさして特別なものではなかった。配分された予算で購入した物品は学校の備品として管理されること、発表に使用できる物品は備品として扱われるものに限り、個人所有のものは使用できないこと。取り立てて風変わりな項目はなく、その後も似たような内容の項目が並べられていって、一時間ほどで会議自体は終了した。
本当は次話もまとめて一話分だったんですけど、文字数が多くなっちゃったのでぶつ切りします!




