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それでもウチのヒロインが最強すぎる  作者: 天海 汰地
1章『Symphony No.Blue in C minor』
6/10

【2-1 Walts of the Flowers】

【Ⅱ Walts of the Flowers】


「だぁあ~~……」


 一度、状況を整理しよう。


 桜川(さくらがわ)ひたち。誰もがうらやむ海南(うみなみ)高校のヒロインと囃される彼女の正体は、傲慢なズボラ女子だった。

 俺の、俺たちの目的はこの海南の学園法を廃止すること。そのための過程として廻戸(はさまど)先生から課せられる依頼を解決していくのが安定した道ではある。

 そして、その一つ目の課題だが――、



「恋愛相談なんて、俺にどうしろってんだよ……」



 話は十五時間ほど前に遡る。

 桜川ひたちと奇妙な邂逅を果たし、こともあろうに敵対関係となった直後の話である。


「はい、こんな感じかな」


 ふうっ、と一仕事終えたように事務椅子に腰かける桜川。ブレザーを脱いでシャツの袖をまくった腕で額を拭っている。

 その対面、およそ五、六メートル先に、俺こと天川(あまかわ)(あまね)は突っ立っている。スッキリした表情の桜川とは対照的に、俺の顔に浮かぶ色はしかめっ面である。


「おい」

「なに」

 そんでその俺こと天川周が不機嫌そうに声をかけると、それ以上に冷え切った声が体を切り裂かんとばかりに飛んできた。


「さっきも言ったろ。俺にもこの部屋を使う権利がある」

「だから使わせてあげてんじゃん」

 は? とバカにしくさった目で訴える桜川。ほんとムカつくこういうところ。

 その態度も相まって、俺の怒りはますます昂ってしまう。


「バカ言え。ほとんど俺のスペースないじゃねえか」


 俺が指摘する内容は、この旧校舎の一室の用途だ。

 せっかく廻戸先生から譲り受けた自由空間、使えるものなら使いたくなるのが男子の性分だ。

 だが、この部屋には生憎と先客がいる。一教室ほどではないにしろ、そこそこ広い大きさの空間をこいつ一人に独占させたくないのが俺の反応である。


 余談だが、この一室。今は使われていない謎の部屋だが、その正体について二人で考察してみた。

 立地、間取り、そして転がった備品の類。それらの要素から導き出された結論は、生徒会室ではないかと。


 無論、現在の生徒会は本棟に所在を構えているため、ありうる線は本棟新設前の旧校舎――で活動していた昔の生徒会――即ち、旧生徒会室ではないのか。


 で、話を戻す。



「なにを今さら。ちゃんと決めたことでしょ?」


 それに関しては間違いない。俺たちはゲームで賭け事をして、。勝敗によって俺にこの部屋を自由に使えるという約束をしたのだ。

 駆けのゲームの材料は、さきほどまで桜川がひとりで白熱していた対戦アクションゲーム『スマファイ』。ご丁寧にコントローラーがもう一台用意してあるという周到ぶり。


『俺が勝ったら自由にできる、桜川が勝ったら残りの二分の一を与えられる』。俺たちが交わした条件は以上だ。やけに俺側に有利な条件だと引っかかりはしたものの、こいつの性格上絶対に負ける気はないという自信からくるものだ、と解釈していた。


 最悪負けても部屋の半分をパーソナルスペースとして分け与えられるのだ、この勝負乗るだけ得だ――そう。ブランクがあるものの、俺はこのシリーズには小学生くらいの頃から触れている、今さら女子高生に負けるわけがないと、自信満々にコントローラーを手に取った。


 結果は無念な事にストック三―〇で俺の惨敗。ちょっと泣きそうになった。

 それでも最低限スペースが与えられるはずだ。だったのだが……、


「狭すぎんだろ! んな空間でなにができるってんだ!」


 俺に許された空間は僅か半径三メートルないくらい。自分ちの部屋より狭い。なにが悲しくて学校で四畳半神話大系せにゃならんのだ。


 理不尽な仕打ちに抵抗する俺を見かねたような物言いで、桜川が講釈を垂れてきやがる。

「さっきからうるさいなー。現実と向き合おうとは思わないの?」

「歪んだ現実なんざ受け入れられるか! 賭けの内容を思い出せ!」


「それはこっちのセリフよ」


「はあ?」

 なにをのたまうかこいつは。


「わたしが使ってるのはこの部屋の半分くらい。その『残り』の『二分の一』って言ったら、ほら」


 そう言って彼女は両手を広げ見せつけてくる。その広さは部屋全体を四分割したうちの第一象限ぶんしかない。

 ちょっと待て。まさか。



 残りの二分の一って、『余った半分』じゃなくて、『残った空間の、さらに二分の一』って意味かよ⁉



「ざっけんなテメエ! 屁理屈こねてんじゃねえ!」

「言いがかりはやめてもらえる? 日本語を理解できなかったあんたが悪いんでしょ」

「文脈の問題だろうが!」

「曖昧な条件こそ、最初に確認して、確定させておくべきなの。情報戦であんたはすでに負けてたのよ」


 よくもまあ腹立つ詭弁が次から次へと降ってわいてくるものだ。政治家じゃねえんだから……。


 だが、こいつの言っていることは至極正しい。ただのゲームと油断した俺の落ち度だ。桜川は今回の件を通して俺に伝えたかったのかもしれない。これは、ゲームであっても遊びではないと。


 だが、桜川め。敵である俺にアドバイスとは、貴様こそ油断していられるのも今の内だ。

 ここから持ち前の戦略的思考と兵力を駆使して自分の領土を取り返す的な頭脳バトルファンタジーが展開されるのだ(されないです)。



「あのー!」


 やいのやいの言い争っていると、コンコンと戸を叩く音と共に俺らの感知しえない第三者の声が飛んできた。

 俺たちは揃ってドアを見る。

 ご丁寧にノックをするあたり、廻戸先生ではなさそうだ。


 こんな辺境の地に、迷い込んだという風でもなかった。わざわざ足を踏み入れてきたということは、この場所の存在を、俺たちの存在を知っているのだろう。


 要するに、廻戸先生の根回しだ。

 躊躇しながらも、戸を引いて客人を招き入れると、その人物の身元に俺は嘆息をもらした。


「びっくしたー……。飯田(いいだ)か」


「よ、天川! 元気してたか」

 俺はやや見上げる形で眼前の人物を認識した。


 俺より一回り体格の大きいこいつは、飯田晃(こう)(せい)。滝田と同じサッカー部の二年で、クラスは確か六組。


 つまり、文特の生徒だ。


「おう。そういや飯田、もしかしてこ……桜川とクラス同じだっけか?」


 首を後方へひねって桜川へ意識を誘導する。あぶね、こいつとか言いそうになっちった。


 さておき。桜川も六組――特進クラスの生徒である。

 俺に一拍遅れて飯田の存在に気付いた桜川は、ヒロインスイッチをオンに切り替えて眩い笑顔で声をかける。


「晃成くんじゃん。奇遇だね!」

 にっこりスマイルで手を振られ、俺の横の巨体は照れくさそうに固まっていた。もじもじすんな気持ち悪い。


「桜川さんと天川か。珍しい組み合わせだな」

「こうして二人でいることは少ないかもね。晃成くんは周と知り合いだったんだ」

 この女、ちゃっかり俺のことを名前で呼び捨てにしやがった。

 人当たりのいいヒロインを演出するためなんだろうが、にしても距離感つかめねえ。


「うん。去年知り合ってさ」

「そうなんだ! じゃあみんな知り合いだ」

 さすがというか、相槌の打ち方や声のトーン、やはり対人スキルは高い。が、心の奥底ではまったくの興味のなさがうかがえる。


 まあ、こいつに限った話ではないが。


「どうしてお前がこんなとこに。部活はどうした?」

 海南はスポーツで優秀な成績を残していることでも有名だが、中でもサッカー部はかなりの強豪である。インターハイや選手権大会は毎年県内予選上位まで残るし、全国経験だって多い。放課後は練習で忙しいはずだ。


「今日は休んだよ。それより、相談があってな。廻戸先生に聞いたんだけど、天川たちでいいんだよな?」

「うん。わたしたちで良ければなんでも聞くよ!」


 なるほど。今までは先生から受けてきた依頼だが、こうして悩みのある生徒を俺たちに送り込んで解決させるってことか。

 あの人。効率主義とはいえ、教師としての職務を放棄してるじゃねえか。


「とりあえず、座れよ」

「ありがとう……って、どこに座ればいいんだ、これは」

「あー、待ってろ。用意する」


 さっき俺と桜川は物理的に決別してしまったために、現状、会議机をはじめとしたこの教室は両断されてしまっている。

 そんなど真ん中に椅子一つ座らせられるか。審問みたいな絵面になるぞ、気まずくてならない。


 俺は壁際にもう一つデスクが積まれていたのを確認し、それを俺たちの机の間にコの字型に配置した。そこに飯田を座らせると、俺と桜川はそれぞれ自分の構えたエリアにつき、オフィスチェアと学校椅子に腰かけた。


 全員が席に着いたのを確認すると、桜川が切り出した。


「じゃあさっそく、相談を聞いてもいいかな?」

「うん。その、さ。あくまで相談なんだけど」

 桜川にじっくり覗き込まれ、徐々に顔を赤らめながら続ける飯田。

 目線はそっぽを向いていて、気恥ずかしそうにしている。


「もし距離の近い女の子がいたとしたら、どうすればいいんだ?」


 やがて絞り出された質問は、およそ予想だにしないものだった。

「ん?」

「それって……」


「例えばだ! 授業で分からないところを教えてもらう時、やけに身を傾けてくる子がいたら、どう感じるのが自然なんだ。天川はどう思う? ちょっと気になったりしないか?」

「俺に振るなよ。や、そりゃ変な気を起こさないこともねえけど」

「だよな、自然な事だよな?」


 いきなり矛先を向けられても困る。

 横目に映る桜川が「なんだこいつら」みたいな目を向けているのが伝わってくる。


「桜川さんはどう? なんとも思ってない男に、不用心に体を近づけたりするものなの?」

「わ、わたし⁉ えと、どうだろ。人によるんじゃないかな……?」


 今度は完全に気を抜いていた桜川に飛び火した。いつも完璧な反応で返す桜川だが、同様のあまり当たり障りのなさすぎる答えになっていた。


 察するに、隣の席の子が距離を詰めてきて、それに言い表せない感情を抱いているという事だろう。

 なに、些細な事だ。ゆえに導きだされる回答も決まりきっている。


「飯田。お前はその人のことが好きなのか?」


 ストレートな質問を投げかけられた飯田は面食らったような表情を浮かべていた。

「な、そ、そういうんじゃない! ただ……」

「気になってるの?」

「えっと、気になるっていうか、落ち着かないというか」

 純粋な瞳で桜川に追及され、飯田がどんどん縮こまっていく。だからそういうのやめて。


 しっかし、これはあれだ。

 俺と桜川は視線を交わし、互いに意見を分かち合う。



 ――これは恋愛相談だ。


 本人に自覚がないのか、照れくさくて言葉を濁しているのか定かではないが、確実にその隣の席の子に思いを抱きつつあるのだろう。

 それも、俺の見立てだと、相手は……。


「とにかく、最近はそのことばっかり考えてしまうから、授業のことはますます耳に入ってこないし、部活も集中できなくて困ってたんだ。廻戸先生に同じことを話したら、すげえ楽しそうに天川たちのことを勧められて」

 あんのゲス教師‼

 なんつー面倒ごと持ち込ませてやがんだ。次会ったらぜってえぶん殴ってやる。


「へえ。飯田がそんなになるなんて、その隣の子とやらはどんなやつなんだろうな」

 とぼけながら横目で桜川に目をやる。まあ、順当に考えて相手はコイツだろうな。

 同じクラスで、無自覚に身を近づけてくる系女子。

 たぶん、桜川も気付いてるはずだ。


「でも、好きって気持ちがあるなら素直に挑むべきだと思うな! わたしは今はそういういのいいから断っちゃうけど」

 うわ、こいつ悪い!

 遠回しに飯田の恋路を諦めさせようとしてやがる。


「まあでも? 慎重になってもいいんじゃないか? 誰が好きなのか分かんないけど! 知らなくていいけど!」

 それに被せるように真逆のことを言って妨げる。

 いやだよ、俺。修羅場を現場で目撃したくねえよ。

 だが、その抵抗も空振りに終わる。


「……いや。ここまで来たんだ。二人には全て話すよ」


 俺の制止もむなしく、飯田はなにか決心したようだ。

 生唾を呑みこんで、開かれた口から告白が零れた。

 覚悟を決めた顔である。

 その表情を見て、しかし俺は思うわけだ。


 いや、かっこいいんだけど、今?


「ちょっと待て。ちょっと待った方がいい。いったん冷静になって、作戦を立てよう」

「悪い、天川。気遣いは嬉しいけど、桜川さんがくれた言葉に背中を押されたよ」


 そう言うと今度は桜川に一瞥やり、立ち上がった。

 バーロお前、今行ったら確実に玉砕じゃ済まねえぞ。当たって砕けろどころか原子レベルに分解されちまうっての。

 だが、そんな俺の静止なんて効力をなすわけもなかった。これが恋の力。


「今この場で俺の想いの丈を打ち明けようと思う! 聞いてくれ、天川、桜川さん」


 ああ。またこうして、一人の少年の純粋な心が儚く散るのであった。


 悲しいかな俺には止める術がない。否、こうしてただ見届けることが俺に課された役目なのだろう。俺は天に祈るように胸元で十字を切った。

 我らを憐れみ、罪の赦しを与え給え。

 アーメン。



「俺は、五組の花室(はなむろ)冬歌(ふゆか)さんが好きなんだ!」


「「――……は?」」

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