【1-1】 どこかで見たプロローグ
俺は天川周。
数学教師で学年主任の廻戸先生に頼まれて、学内で起こる人間トラブルを解決していた。そして目が覚めたら……停学処分になっていた!
そんな俺が通う海南高校には、個性豊かな人間が多く在籍している。
特進クラス――海南を代表する精鋭たちで結成された秀才たちの集まり。学園法というスクールカーストによりその地位を確立された上級国民だ。
桜川ひたち。特進クラスの一員で、学園唯一の『ヒロイン』ともてはやされる少女だが、その正体はあらゆる他人を見下してやまない、傲慢で高飛車な猫かぶり姫だ。
そんな彼女と対をなすように君臨するのが、花室冬歌。普通科クラスの生徒にもかかわらず絶大な支持を誇り、他を寄せ付けない圧倒的な存在感を放つ彼女は『高嶺の花』という通り名で名を馳せている。
もっとも、この二人には因縁があるようで、彼女らが嚙みつき合うたびに制御する俺ときたら、まったくやれやれだぜ。とほほ……。
働かなくても時給は同じ! 迷宮だらけの名童貞――真実はいつも一つ!
「ご丁寧なあらすじどうも。……どっかで聞いたことある独白だったけど」
「バーロ……思い違いだよ」
傍らから聞こえてくる指摘をあしらった。大目に見てくれ。いつかはやってみたかったんだよ、これ。
「にぃちゃんさ、そういうメタいのはやめときなよ。最後の方キャラ崩壊してたし」
湿度高めな声色で釘を刺され、押し黙る。たしかに、とほほとか現実で言ってるやつ見たことねえな。最後の一言で無理やり押し切れると思ったけどそんなことなかったわ。
メタ発言を重ねると、しょっぱなから新キャラかよ。
力の籠っていない口調を垂れ流し続けている声の主は、天川識。俺への呼称と苗字から判るとおり、俺の妹である。
時刻は一九時前。日曜の夕方というのはどうも喪失感が押し寄せてくるもんで、識はソファに転がって気だるげにスマホを繰っていた。
俺はといえば、その識と同じソファにもたれながらテレビに向かい、同じような無気力顔でコントローラーのボタンを弾いている。
連休も最終日。さすがにやることがなくて退屈を持て余していた俺は、一日中スマファイ(携帯ゲーム機用対戦アクションゲーム)に没頭することにした。
それでほんの一時間ほど前。せっかくだし使ったことないキャラに触れてみようと思ったら三十分でVIP入っちまったのでまたも退屈に苛まれてしまった。
そこにちょうど帰ってきた識が分不相応にも勝負を挑んできたので容赦なくボコボコにしていたら、耐え切れなくなった識がコントローラーを投げ出してしまい、今に至る。
「ちょ、にぃちゃん邪魔。足伸ばせないんだけど」
「ソファに二人掛けしてる状態で伸ばそうとしてんのが間違いなんだよ。だ、おいぐいぐいやるな。足先で兄ちゃんの頬をぐいぐいやるな、こっちは対戦中!」
識は俺の集中なんてお構いなしに足蹴にしてくる。
「つか、そんなに兄が邪魔なら自分の部屋いけよ」
「なに言ってんのさ、あたしはこのままお風呂に入るの。帰ってきてその勢いでお湯に浸かってリラックスするんだから」
「もはや帰宅したてじゃねえよ。勢いもクソもあるか。つか、俺も風呂入りてえから行くならさっさと行ってくれ」
「あーはいはい今行きますよ。今行くもう行く、次の瞬間いく。いちにのさんでいくよはいさーん」
「長いわ」
言うや否や、識はスマホを置いて起き上がる姿勢を見せたもののすぐさま力なく倒れ込んだ。ソファで腕を伸ばしきってだらあ~と溶けてしまっている。その気分も共感できなくはないけれど。
なんせもう六月だ。暦の上ではとっくに夏真っ盛り、昼間ともなれば日射しが眩しく照り付けてくる季節になった。
こうして時の流れを改めて認識すると、直近の記憶が整理されるように脳裏を巡ってくる。
あれから、もう一か月。
俺の高校生活における大きな分岐点。そして俺がこうして停学を言い渡されることになったきっかけであるあの日から、ひと月が経過したんだ。
ぼんやりと、過ぎ去った日々に記憶を馳せる。夢を見るように出来事を整理している間に、テレビの液晶はリザルト画面に切り替わっていた。
「っぶねー、勝った」
緊張感に凝り固まった首筋を伸ばし、ソファに深く座り直す。
その光景を見届けた識はようやく立ち上がり、テーブルのアイスティーを口にして動き出した。
「んじゃ、あたしお風呂入ってくるから」
「ゆーてもお前が風呂入ったら俺も暇だな。ゲームは正直飽き尽くしたし」
「したら勉強しなよ」
「んなもん誰がするか、テスト期間でもないのに」
「はーでたでた。テスト期間だけ徹夜して一夜漬けしたって意味ないよ。日頃の復習が大事なんだから」
「……どうしたお前、頭打ったか?」
妹の人間性からは考えられない発言が飛び出てきた。バカな、普段は人生相談と際して寝付こうとする俺をよそに兄のパソコン奪ってネトゲで夜更かししてるこの識が? ありえん。俺の妹がこんなに賢いわけがない。
俺の怪訝な表情をとりなすように、識は人差し指を立てた。
「や、あたし初登場だし。マジメ清楚な妹キャラ狙ってるから」
「…………」
お前がいちばんメタいよ。
「でもま、にぃちゃんにとっては例外か」
だしぬけに識がぼやいた言葉に、俺はほんの一瞬固まった。
「……そうだな」
もう一つ、伝え忘れていた。
そうだ。テストなんて大それた茶番、いちいち真面目に取り組む必要などないのだ。
少なくとも、俺にとっては。
それにそもそも、高校のテストなんて適当に流すくらいでいいんだよ。一夜漬けで暗記する瞬間とか、最高に学生してるって感じで悦に浸れるし。
「テストってだるいけど、あれはあれでエモいよね。テスト前の雰囲気とかなんかイベントっぽい」
「まあそうだな。友達同士で勉強会とか、こういう機会じゃなきゃやらないしな」
勉強会。
もっとも、今回ばかりはそうとは限らなかったのだが。
「イベントねぇ。それでいうなら次は文化祭だからな。兄ちゃんこの時をどれだけ待ち臨んだことか」
そうだ。学生生活で屈指のイベントである文化祭が、もう今月に控えている。
この一週間は停学していて参加できなかったが、クラスでは演劇について話し合ったりしていることだろう。
「こうしてまた一つ行事が終わっていくんだね」
「切ないことにな」
識がわざとらしく腕を組んで、感傷的なことを言い出した。
それに俺も微笑んでやる。
「そうやってにぃちゃんの高校生活が無駄に過ぎていくんだね」
「無駄とか言うな。兄ちゃんこれでも頑張ってんだから」
「大したイベントも起こらず高校生活が終わっていって、無駄に一日を消費するだけの空虚な未来が待ち受けているんだね」
「やめろ! 勝手に兄の未来を黒く塗りつぶして憐れんでんじゃねえ!」
お久しぶりです天海です。
始まりました第二章! 一章とは比べ物にならないくらい濃密なストーリーとなっております。
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