【7-4】 剣が峰
粟野と柿岡の策略。それを手玉に取った俺たちの計画。こいつらはもう、言い逃れできない。
このまま煽り散らかしてやろうと思っていたら、いきなり粟野が笑い出した。
なにかが吹っ切れたように、顔を上げ、呟いた。
「面倒くさいから、全部言うか」
ついに認めた。
こいつらが、自分のしたことを。白状した。
「ああそうだよ。俺らはサッカー部のインハイ出場を止めたかった。そんな時にある人に頼まれてな。同じ目的を持ってたから協力したまでだ」
すべてを打ち明けまいとする粟野の口調は流暢だった。
ため込んでいたものを吐き出すように。言葉と共に、負の感情も流れ込んでくるような気がした。
「協力した理由は単純さ。俺らもあいつらの活躍が見たくなかった。それだけで十分さ。あとはどうにかしてサッカー部が出場停止になるくらいの問題を起こさせようとした。
飯田はいい道具だったよ。あの単純さは利用するのに最適だ。だからあいつ一人を集中して狙った。するとどうだ、ちょうど面白そうな話が入ってきたじゃないか。あの花室冬歌のことが好きだって? ほんっと、いい笑いものだよ。
噂を流したのも俺らさ。あえて悪いように噂を流し、正常な判断力と戦意を削いだ。天川、お前もそうだ。お前は最初っから俺たちの前に現れた。いつもいつも、いいところを邪魔しやがって。
桜川とのありもしない噂だが、周りは過剰に反応しやがった。おかげでお前を縛れると思ったんだがなあ」
やはり桜川の噂もこいつらの仕業か。
「そんなときにこのノートだ。天啓だと思ったよ。これで花室を黙らせられるし、その気になれば高嶺の花をいくらでも好き放題できるしなあ! 目障りなサッカー部を潰して上玉の玩具も手に入るたあ、一石二鳥とはこのことだぜ! っはははは‼」
「なんなら、お前も使うか? オレたちがさんざん楽しんだ後で良ければだけどなあ!」
「…………なんで今さら白状したんだ」
「あ? そんなの、お前が聞いたからだろ。とぼけ続けるのも疲れるしな」
実際、すべてを吐き出した粟野と柿岡は、むしろ清々しいような表情をしていた。
「それに、今のお前の言うことなんか誰も信じないし」
「ここで口をふさげば、なにも問題はなくなるからな……!」
二人が拳を握った。
どうやら力づくで口封じに移そうという魂胆らしい。
強豪野球部二人。壁際に追い詰められた俺。
なす術なし、絶体絶命の天川周は――
「オーケー。サンキュな」
――ひらひらと右手をかかざし、不敵に笑ってみせた。
「は? どうしたお前」
「花室さんを取られておかしくなったんじゃねえ?」
一瞬気の抜けた顔を見せた二人だったが、俺の行動が虚勢だと察したのか、すぐにまた攻撃態勢へと移った。
その、憐れみすら覚えそうな姿を前に、俺は変わらず笑って応じる。
ゆっくりと近づいてくる男たちに、俺は。
「おら、強がってないで、歯あ食いしばれ」
「あーちょっと待って。ほら、見てみろって」
余った左手の人差し指で強調するように、右手に握ったスマホを見せつけた。
それを警戒しながら視認した粟野たちのうすら笑いが、消えた。
俺のスマホの画面に映し出されているのは、通話画面。
通話時間はおよそ三分。俺が粟野たちから事情を聴きだし始めた頃だ。要するに、
「お前……今のも盗聴してやがったのか」
「まさか。盗聴だなんて人聞きの悪い」
言葉に乗っかった怒気を、俺はひょうひょうと受け流す。
「俺はただ、滝田と電話してただけです~」
「滝田? ハ、あの飯田の後ろにいた野郎か。影が薄すぎて忘れてたぜ」
こいつらは何かにつけてすぐ人を非難しやがって。
別に滝田や飯田、それに花室に同情しているわけじゃあないが、こいつらのやり方が俺は気に食わない。
それにこいつらは、俺にその感情を向けてきたんだ。
だから、俺も相応の怒りをぶつけたって文句は言われねえよな?
「あっそ。まあいいけど。滝田を怒らせると怖いぞー?」
『俺としても平和的解決と行きたいが、まあ? そちらさんが武力行使って言うなら俺も腹くくるしかないよな! …………よろしい、ならば戦争だッ!』
「つーわけで、よろしくー」
俺の一言で通話が切れる。
二人しか知らない掛け合いを訝しみつつも、それが虚勢だと信じてやまない粟野がとうとう俺の胸ぐらを掴んだ。
「盗聴がなんだよ……。今すぐ奪い取って消せばいいだろ」
「いい加減にしろ天川。お前のその強がりがムカついてしょうがないんだよ」
「いい加減にするのはお前らだ。いいから性欲で詰まった耳かっぽじってよーく聞いてろ」
壁に打ち付けようとした粟野の腕を、俺が振り払った直後。
『…………――……』
どこからか、ごもった機械の音が聞こえてきた。
人の声。なのだが、それは人工的な、生体的なものではなく感じられる。
誰だ。第三者の存在を必死に探す粟野たちの、明らかに上空から、その声は聞こえてくる。
否。響いている。
「…………まさか!」
柿岡が、ある予感に思い当たった。
そのまさか、二人が聞き覚えのある声からくる気味の悪い違和感を感じた頃には、ソレは人々の元へと届いている。
二人そろって俺の方を睨むものだから、俺は肩で笑って人差し指をそこへ向けた。
『あいつらの活躍を…………悪いように噂を…………俺らがさんざん楽しんだ後で良ければだけどなあ!』
さっきまでの、俺たちの会話。
俺と、粟野と柿岡。
その場に居合わせた三人のみぞ知る真実。
下卑た告白が――全校中へと、響きわたった。