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それでもウチのヒロインが最強すぎる  作者: 天海 汰地
1章『Symphony:Blue in C minor』
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【7-5】 天川周の凱旋

 

「お、まえ……‼」

「やっと気づいたか」 

 俺は悪意に笑む。

 それだけで全てを悟った粟野(あわの)が、血眼になって俺の手からスマホを奪い、放り投げた。

 証拠隠滅を図ったが、もはや手遅れだ。



「さて問題。俺は今ここにいて、ただいまスマホをぶん投げられました。なのに俺らのさっきの会話は絶え間なく全校中に流れ続けています。さて、誰の仕業でしょう?」

 おちょくるように問いを投げる。

 それに苛立ちを隠さないまま、粟野はその人物の名を唱える。


滝田(たきた)あ…………‼」

「ピンポーン。お前らの発言はさっきの放送を通して、全校中に響きわたったわけだ」

「こいつ……!」

「なんだっけか? 飯田(いいだ)はいい笑いものだ、あいつを嵌めてサッカー部のインハイを台無しにするだの、花室(はなむろ)を思いのままにしようだったかな」


 証拠を用意し、敵を誘導して、正面から叩き潰す。俺の思案した作戦に、不安要素など万に一つもない。ただ一つ、追い詰められた粟野たちが興奮状態に陥ってくれるか。これだけが不確定要素だった。


 そこは俺の言葉と素振り、挑発によってクリアした。ま、人の尊厳破壊はどっかのヒロイン相手にやったばかりだから、学習してんだけど。ともかくこいつらの言質が取れれば結果オーライだ。

 あとは録音した動画を、放送室にスタンバイしていた滝田がAUXから再生する。


 ちなみに、粟野の独白以前はトリミングしてあるので、俺が夜中に校舎へ忍び込んでいた事実はバレない。つまり滝田が放送室に侵入していた事実だけが露呈するわけで、この作戦は誰一人として不利益を被らない完璧な計画なのだ。



「笑わせんなよ。てめえら如きがいくら邪魔しようが、あいつは、あいつらは落とせねえ。飯田は潰れねえ。まして、高嶺の花に手が届くわけねえだろうが」

 努めて嘲るように。憤りを煽るように、顔と声色を変え挑発を続ける。


「うるっせえ! お前になんも言われる筋合いはねえよ、お前になにが分かんだよ!」

 案の定乗せられて、声を荒げる粟野。

「分かるさ。お前たちの薄っぺらい考えの底なんてな。掬い上げるまでもねえ浅い底だが」

 これだ。この瞬間を待っていた。

 この状況を作るために、数日間用意してきたのだ。


「なにも難しいことはしていない。俺たちは協力して一つのコースを用意して、お前たちを泳がせていただけだ。お前たちは俺の用意した脚本に勝手に舞い上がって、自滅する道を走ってきたってわけだ」

 粟野は、絶句した。


「お前らをボコるためだったら、この部屋に誘導した時点でやってるっつの。あくまで俺らの最終目標はそこじゃねえからな」

 飯田と花室には全てを話してある。

 飯田は当然のごとく理解していなかったが、花室はさすがに事情を把握していた。それで十分だ。もはやこの件のキーマンは花室といえる。



「上から目線で語ってんじゃねえ」

「あ?」

「黙って聞いてれば、俺たちが完全に悪者じゃないか。まったく、周りにどう説明すればいいんだよ」


 柿岡(かきおか)が嫌味たらしく抗議してきた。

 かろうじて残る冷静さで、貼り付けたような余裕っぷりを見せつけてくる。

 その細い糸を、凍てつかせた声色で断ち切る。


「誰オマエ。ビビってつっ立ってるだけの意気地なしが、なに余裕ぶってんの?」

 粟野も大概だが、こいつも気に食わねえ。安全地帯から石を投げるような姑息な人種は、正面切って切り伏せることに意味がある。


「お前もう帰っていいよ。話の通じねえバカが二人もいられっと困るから」

天川(あまかわ)お前、いい加減にしろよ……!」

 もう少し。


「おいおい勘弁してくれよ。虫みてえにあちこちから騒がれっと雑音を処理できねえぞー?」

 仰々しく挑発。限界まで追い詰めたし、ここまですりゃあ、そろそろ――、



「――ふッ」


 拳が飛んできた。


 ついに耐えられなくなった粟野が、真っ赤になった形相で俺に殴りかかってきた。

 本能に任せたように飛び掛かってきた獣みたいな攻撃は、非常に直線的だ。

 運動部の鍛えられた体格。単純な力技だが、勢いに任せてそれなりの重さが乗っているし、それゆえに早さも出る。素人ならまんまと直撃するだろうな。


 ……俺ならどうするか。


 眼前まで迫った腕を捉えて、ため息にも似た深呼吸をし、肩の力を抜く。

 手のひらを構え、飛び込んできた右手を掴み、離さない。



 粟野の拳を、受け止めた。



「んだとっ……」

 受け止められた。想定外の現実に、粟野ははっとその光景を認識しようと目線を上げた。

 その目線をも捉え、はっきりと言い聞かせる。


「先に手を出したのはお前らだ」

 拳を包んだ手を閉じる。ぎちぎちと軋むような刺激に、粟野は顔を歪めた。

「ってえ……、この野郎!」

 ぱっと手を離し、粟野の身体を軽く小突く。よろけながら後退したかと思いきや、歯をきしませ、血走った眼ですぐさま向かってきた。


 相も変わらず動きは素早いが、しかし素人のそれに変わりはない。

 単純かつ単調な攻撃は対処に易い。捌ききるのもそう難しくはない。


「んなっ……」


 腕を払って直線をずらす、大振りの攻撃を身を引いてかわす。簡単なことの繰り返しだ。

 怒りに任せて振るわれる腕を払い続けていると、蓄積された疲労により、粟野の動きがだんだんと鈍くなってきた。

 攻撃が止んだ。肩で呼吸する粟野に、俺は依然として温度のない言葉を浴びせる。


「言ったろ。それがお前たちの底だ」

「る、っせえ! 何様だおま……」

「身の程を弁えろ。お前らじゃ俺に手も足も出ない」

「…………かきおかあああ‼」

 息を切らしながら応戦を叫ぶ。


「――く、そっ!」

 いてもたってもいられなくなったのか、柿岡はそれに呼応するように飛び出してきた。


 慣れない大振りの右ストレート。あえて受け流し、左の腹打ちを入れる。腿を崩した柿岡の、うずくまるざまを膝で沈めた。


「ぁが…………!」

 声にならない苦悶が響く。柿岡は当分動けない。そして再び、前方から向かってくる粟野に視線を合わせた。


「なんなんだよ、おまえぇええ‼」

 腕が振りぬかれるタイミングに合わせ、半身をひねる。

 回避されることを想定していなかったのか、標的を見失い、粟野の放った拳は空気をかすった。

 勢いのままバランスを崩した粟野の右腕を掴み、ぐいと大きく前方に引く。踏み込もうとした足を払うと、前傾のまま体重がかけられ、勢い余って大きく倒れこんだ。余った左手で粟野の後頭部に手を伸ばし、押し込む。


 ズガン‼ 鈍い音が木造りのタイルに響く。



 粟野の全身が、床に叩きつけられた。



「がッ……」

 人気のない旧校舎の一室。

 唯一佇む俺は、血に伏した二人の男を静かに見降ろしていた。

 じたばたと床を這うように暴れる粟野を抑え込む。掴んだ右手を後ろに回し、膝を支点に乗り掛かって頭を押さえ付けた。こうなってしまえば、いくら体格差があっても起き上がることなどかなわない。


 俺は深く息を吐いて、額を打ち付けられた粟野の耳元で呟く。

「これで分かったか?」

「おまえ、……何者なんだよ。いつもいつも、なんでお前が邪魔すんだよ!」


「正直に言うよ。俺は今回の件、全部頼まれてやってるだけなんだ。飯田のテストも、花室への恋路も、お前らとの対立も。全部飯田や花室じゃない、第三者の命令で動いてる」

 それもこれも俺のため。廻戸先生(第三者)に逆らうくらいだったら、こいつらの相手をしていた方がマシだってだけだ。


「飯田に同情したわけじゃない。サッカー部を応援したいわけじゃない。もちろん、お前らに敵意があるわけでない」

 むしろ、どうでもいい。

 サッカー部の進退なんて知ったこっちゃない。他人の栄光なんぞに興味はないのだから。

 だが、あえて理由をつけるとするならば。ここまでの行動に大義を着せるとするならば。


 それは一つしかないだろう。



「簡単だ。お前らは、俺にその感情(敵意)を向けた」



 見下ろす粟野の顔色に、恐怖の青が広がっていく。

「だいたい、花室がお前らみたいなザコ二人の言いなりになるわけないだろ。こんな確実性のない証拠ひとつ持ち出されたところでどうとでも言いくるめられるし、そもそもこんなもの落とすわけねえ。お前たちの描く花室の窮地は、俺が描いた演出でしかない」


 ゴール手前。勝利の目前、好機が訪れた瞬間こそ、人は真に判断力を失う。天啓のように現れた糸を前にして、陰に潜む危険性を呑み込んでまで、その糸にしがみついてしまうものだ。


「俺の掌の上で張りぼての弱者を弄んで、ずいぶん楽しそうだったな?」

「……るせえよ……っ」

 息を切らしながらも、粟野は言葉を吐き出した。


「お前ら弱者はいつだってそうだよ。いじめられたとか、差別されたとか、そんなの、自分たちが悪いんだろ? 才能に恵まれなかった、ろくに努力をしてこなかったツケが回ってきたんだ。飯田だってそうだ! 自分で手を上げたくせに、いつまでも被害者ヅラしやがって……!」


 泣き出しそうな目で訴える。

 粟野の言葉は一概に否定できるものではない。降りかかる不利益には、必ずしもその人の不幸で片付けられないことが存在する。能力不足を補う努力を怠った当人の怠慢。己の責任能力の欠如。

 自己責任なんて言葉があるのは、その怠慢にあぐらをかくような人間を糾弾するためであろう。


 正論だ。聞く耳を持てば耳が痛くなるような至言と言える。

 ならばその言葉を受けて、俺はどういう反応をするべきか。必死の抵抗を見せる粟野に、なんて言葉をかけてやるべきだろう。

 必死の抵抗を、耳から通り抜けさせて、ただじっと粟野を見る。



「それで?」



「――ぁあ…………」

 正論か否かは関係ない。

 人の純心を踏みにじるやつは、許されないだろう。


「お、ちょうどいいところに」

「――! おまえ、それだけはやめろ! マジで死ぬ、そこまでやる必要はないだろ‼」

 俺が拾ったのは、いつしか花室が握っていたペインティングナイフ。

 鈍器として、刃物としても使えそうな一握りのかけらを漁り、握りしめる。

 それを、粟野の頭上に振り上げた。

 粟野の表情から血の気が引いていくように、真っ青になる。


「やめろ! やめ、やめてくれ、ください! やめてください!」

 なんか滑稽だな。


 この場面だけ切り取って見れば、俺が粟野と柿岡を力で屈服させようとしているどうしようもない悪役に見えなくもない。実際のところ俺たちの体格を考慮すればそんな考えに及ぶとは考えにくいし、もとより俺は勧善懲悪の意など持ち合わせていないが、一応、世間体を気にして、正義の味方の体裁を執るべきだろう。


 ここはあれだ。かっこいい決め台詞と共に、オチをつけようじゃないか。

 そう心に決め、俺は腕を振り下ろした。


「俺の青春を、邪魔するなっ!」

「ひぃあああァあっ‼」

 ――気絶しちった。


「…………ほんとにやるわけねーだろ」

 握ったナイフを放り投げ、考えを巡らせる。

 どうしよう、こいつら。


 とりあえずここから移動させた方が良いよな。教室に、いや保健室か? どっちも連れてくには遠いしな。そもそも、男二人抱えていけねえよ。


 …………いったん現場保存にしとくか。床の痛みを感じながら眠るがいい。そうして自分の罪を噛み締めろ。

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