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それでもウチのヒロインが最強すぎる  作者: 天海 汰地
1章『Symphony:Blue in C minor』
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【7-3】 真相

 

「――あまね」

天川(あまかわ)…………」


 粟野(あわの)が、来訪者の存在に一瞬我に帰ったようなそぶりを見せたが、すぐに強気な姿勢へと移り変わった。

「なんの用だ天川。悪いが今は取込み中なんだ」

「オレたちの時間を邪魔しようなんて、なあ花室(はなむろ)さん?」


「花室」

 二人に目もくれず、花室に投げかける。

「もう帰っていいぞ」

「おいおい。なに無視してんだ。普通科のくせに――特進の俺らが話し合いしてるってのに、邪魔するのか?」

「話し合い?」


 いい加減煩わしい。

 黙らせておきたいが、まだ早い。

 もう少しうるさくしてもらわねば。五月の蠅の羽音のように騒いでもらわねば――泳いでもらわねばいけない。


「あれのどこが話し合いなんだ。花室の言葉を流すようにして、自分らで言いたいことだけ言ってるあれが話し合うってことなのか?」


 声の主である俺が詰め寄ると、

「いいのかな? コレがどうなっても」

 粟野は手に持ったノートを愉快げに掲げて見せつけてくる。


「脅しをかけてるつもりか?」

「いやいや、脅しだなんて物騒なことするかよ。言ったろ? これは話し合いだ」

「そうか。なら、俺もお前らに話したいことがある」

「いまさら天川と話すことなんてなにも――」


 俺の提案を流そうと語気を強めた粟野だったが、そこで、言葉は途切れた。

 俺の右手を覗き込み、歯噛みするように口角を吊り上げる。

「――へえ。撮ってやがったか」


「高嶺の花にも飽きが来ただろ。どこぞの雑草ともしれねえが、俺としようぜ。その『話し合い』」

「いいぜ、乗ってやる」

 二人の敵意が俺に向いたのを確認して、花室はその場を去っていった。

 賢明だ。これで俺も、好き放題できる。



「まずは、軽くネタバラシと行こうか。

「単刀直入に、お前らの目標は海南サッカー部のインターハイ出場停止。例年全国出場を果たす海南サッカー部は今年も順調に勝ち進んで予選通過するだろう。

「それをお前らは妨げようとした。具体的には、飯田やその他特進の部員を中心に妨害を働いた。肉体的、精神的に削り、あげく問題を起こさせて部全体を謹慎処分にまで追い込もうとした。それが俺も関与したあの事件だ」


 学生同士の感情の起伏が引き起こした、ただのいざこざではなかった。

 緻密に計算された、もっと恐ろしいものだった。



「俺の介入でそれが頓挫したが、お前らはすぐさま方法を変えた。飯田一人を集中して攻撃し、結果今のザマだ。見事に飯田はメンタルを削られきっちまった」


 あいつの姿が浮かんだ。

 悲しみ、怒り。微かに感じるそれらの感情を押しのけて、飯田の顔に色濃く映ったのは虚無だった。

 信じたものの裏切り。それに喪失感を感じているのだ。


 行くところまで行ったな。飯田も、こいつらも。



「それが天川、お前の推理か?」

 聞き手に回っていた粟野が、やがて口を開いた。


「お前からはそう見えていたかもな。でも、そんなの妄想でしかないぜ。俺たちは確かに飯田とモめたが――それはただのいさかいみたいなもんだろ。変にこじつけるようなマネはやめてくれ」

「仮に、オレたちがその妨害をしてるとして。理由がないだろ?」

「そうだ。サッカー部が大会に出れなくなったからって、俺らにはなんの関係もないしな。いちいちハメるような動機がないんだよ」


 後に続くような柿岡(かきおか)と息を合わせ、俺に畳みかけてくる。

 鬱陶しい。個体では無力な虫けらも、群れを成すと厄介に思えるのだから。

 さっさと払ってしまおう。



「お前らには動機も、理由もないかもな。でも、お前らになくても、他の誰かにあるかもしれねえだろ?」

 二人の顔から、笑みが消えた。


「いろいろ聞いたぜ。飯田だけじゃなく、他にサッカー部の奴らにもちょっかいかけてたろ。執拗にサッカー部の邪魔をするようなことしやがって。……雇い主でもいるんだろ。サッカー部が日の目を浴びるのを嫌った奴がいる。お前らはそいつの命令で動いているだけに過ぎない。そんで飯田の噂を流したんだろ?」

「さっきからなにを言ってるか分からないな。被害妄想が過ぎるんじゃないか?」

「俺たちを犯人扱いするなら、証拠の一つでも出してくれないとな」


 この強気は自分たちの行動に足がつかないことを確信しているがゆえだ。

 自らで発案したものではないだろう。その雇い主が綿密に練った計画に沿っていれば、自分たちは安全だという妄信的な確信。


「証拠なら、決定的なものがひとつある」

 しかしだからこそ、致命的な穴にハマってしまったのだ。



「お前らが持ってるソレ。それは俺が落としたものだ」


 指をさした。

 粟野の手に握られている、一冊のノート。

 可愛らしいピンクの表紙に、似つかわしくない殴り書きを添えて。


「打倒桜川(さくらがわ)だなんて、あいつらしいよな。まあ俺も最初は意外や意外で目え丸くしたけどさ。そのノートは、俺が先週木曜の放課後に五組前の廊下に置いてきたんだが、なんでお前らが持ってるんだ?」


「ああ、これか? 俺らもいきなり拾って驚いたさ。なんでも俺らの教室の前に落ちてたから、持ち主を探してたんだよ、まさか花室さんのだったなんてな」

「つか天川、なんでもかんでも疑いすぎなんじゃねえの。いつまでもお前の探偵ごっこにつきあってらんねえよ」


「なんで嘘を吐くんだ?」

 逃がしはしない。

 話を脱線させることは許さず、問い続ける。


「持ち主を探してたなんて、嘘だろ? お前らははじめからそのノートの持ち主に心当たりがあった……いや、確信した。俺がおびきだしたこの部屋によって」

 こいつらが挙げた証拠はすべて、俺たちが装飾したものだ。花室に対する疑惑に確証をもたせ、今この場をセッティングするための撒き餌。


「『一九日、旧美術室わすれない』……なにか予定があると思いこむよな。そしてそのタイミングで旧美術室に電気が点いてりゃあ、当然気になって確かめたくなる」


 悪だくみを働くようなやつらが、標的にまつわる餌を前にしたら、食いつくのは当然のことだ。

 なにか弱みを掴めるかもしれない。つけ入る隙を見せるかもしれない。そう期待を膨らませる。そしてそれに見事にかかった。


「そんなことできるわけないだろ。オレたちに狙って拾わせるなんて」

 あまりに不確定要素の多い計画に、柿岡が食い下がる。

「だあから。お前らが確実に拾うように置いたんだよ。放課後の六時半過ぎに、お前らの教室の前にな。ちゃんと他の奴らの不在を確認してな。そうすりゃお前ら以外誰もこねえんだから、狙うもなにもないだろ」

 理解が及ばないだろう二人に、俺は説明を加えてやった。



「海南は先週までテスト週間。この一週間はどんな部活も活動を停止して試験勉強に取り組むようになってる。まあ自主練はともかくとして、海南の敷地内に放課後残ることはできない。ある一か所を除いて」


 むしろ、その逆――テスト期間にのみ開館時間が延長される空間。図書館の自習室ならば、普通に帰宅する生徒より長く滞在できる。完全下校時刻は六時。その時間に担当職員が各教室の見回りに来るが、裏を返せば、それ以降の時間は、よほど目立つ行為を取らない限り誰も近づかない。


 こいつらを思い通りに操るには。場所を制限し、行動を束縛し、然るべき場所へ誘導すればいい。

 だから俺は、手を加えた。



「飯田から連絡が来たろ? 『勉強を教えてほしい』……ってな」


 俺と、飯田と花室。三人で行うはずだった勉強会の最終日は、思わぬアクシデントにより中断せざるを得なくなった。それが客観的な解釈だ。

 その前に、俺は合う人物と打ち合わせをしている。それは誰あろう花室冬歌、高嶺の花本人である。自分にまつわる噂が流れた以上、飯田は必ず花室に事実確認をする。だからこそ、俺は彼女にある指示をした。



『飯田が噂の話をしたら、こっぴどく突っぱねろ』



 案の定、花室の冷徹な反応に乗せられた飯田は激昂、自習室を後にした。

 そしてこれは、その後の話。飯田のいなくなった勉強会など、俺と花室にとっては意味がない。両者の意見の合致により俺たちは解散することになったが、俺が向かっていたのは家路ではない。悲しみと怒りに明け暮れた飯田の背中を追いついた。


 あいつを言いくるめるのは造作もなかった。二言三言呟いただけで俺の言うことに従順になり、お前たちとの勉強会を取り付けた。それもこれも、飯田と近くで言葉を交わしたからこそかなった芸当だが。



「お前らは二つ返事で乗ったろうな。花室とモメたという事実。そして自分らが勉強を教えると申し出た以上、断るのも不自然だ。そんで、お前らは俺たちが居なくなった後、図書館で飯田と合流して勉強会を開いた。そこで飯田から聞いたはずだ。『花室さん、このあと用があるらしい』。そんなこと聞いちゃあ、確認したくなるよな。んで、図書館が閉まった後も学校に遺り続けるのは……」


「俺たち以外にいないってか? ふざけんな、そんなの可能性ならいくらだってあるだろ! 直接見てもない癖に、勝手なこと言ってんな!」

 焦った柿岡が抗議してくる。

 しかし俺にとってそれは都合のいい、欲しい言葉そのものだった。



()()()()んだよ。この目でな。お前らがそのノートを拾う瞬間を」



「え……」

「ここまで準備しといて、詰めを怠るわけねえだろ。ちゃんと死角から、お前らを見張ってたさ。いつ来るか分かんねえから、見回りが帰った六時から一時間ずっとな」

 どんな小細工よりも、ぶっちゃけこれが一番早い。楽して成功しようと考えるよりも、地道に働いた方が成功への近道だ。


「つか、お前らがどこにいようと、必ずノートを拾う運命だったんだよ。なんせ飯田を通して、いつでもお前らの居場所を把握できてたんだからな」


 そして本番。こいつらが花室の影を追うために動き出すと同時に、俺も行動に移した。資格からこいつらを見張り、進路上に花室のノートを設置する。あたかも意味ありげなメモを残して。

 そう考えると、運命という概念のロマンチシズムも薄れてしまうというものだが。

 偶然も必然もてめえ次第。運の絡む要素など存在しなかった。



「っ嘘だ。そんな真似が……だいたい、自分で言ってたろ。下校時刻を過ぎてるのに校舎内に残ってられるわけない」

「おいおい。お前らいい子ちゃんかよ。監視の目なんざいくらでも掻い潜れるっつーの」

 それに、人からバレずに尾行するってのは、最近やったからな。身に付いてるさ。


「じゃあまさか、あの時電気が点いていたのは……!」

「そ。俺です、俺」

 柿岡が絶句した。

 自分たちの行動、その収束点に潜む影に。



「まあ、お前らがもう少し賢かったら、部屋の違和感に勘付いて罠だって気付いてたかもな。つってもそこまでさせないために俺がいたんだけど。で? 人のもんを嬉々として拾い上げ、それをダシに人の弱みに付け込もうとして全部バラされた気分はどうだ?」


 俺の挑発に柿岡が顔を歪ませた。言い逃れできない事実と、目の前の俺に操られていた現実に体を打ち振るわせている。

 あとはこいつらが大人しく引き下がってくれるかだが。


 …………だが。


 次の瞬間。粟野が、高らかに笑い出した。

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― 新着の感想 ―
各話に出てくる登場人物のルビが最初に出て際に振られていて、人物名の読み方に苦労させられることなくサクサクと読めてしまいました。 実はラブコメ系ってほとんど読んだ記憶がないので大変面白く読ませていただ…
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