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それでもウチのヒロインが最強すぎる  作者: 天海 汰地
1章『Symphony:Blue in C minor』
42/94

【7-1】 ある曇天の放課後のこと

一章があと10話で完結します!

【Ⅶ Symphony No.5 c-minor 】



 五月二三日。


 あの日から、ちょうど一週間が過ぎた。

 飯田が自分たちにまつわる噂に踊らされ、あろうことか俺と桜川がかりそめの恋愛関係を結ぶことになった、あの日。


 あれから週が明け、月曜から今日の金曜日に至るまでの五日間は、この海南高校では、中間テストが行われる期間であった。


 飯田が憤慨し勉強会を閉会させたが、その日がテストの二日前の登校日であったというのは幸か不幸か。それまでに飯田は花室から仕込まれたので、学力においては合格ラインをとうに超えているが、どのみち皮肉な事実ではある。



 月曜日。試験一日目を終えた俺は、渦中の飯田晃成と廊下で顔を合わせた。


 俺や桜川、そして滝田のバックアップを受けたにもかかわらず、自分自身がチャンスを台無しにしてしまったことを気に病んでいた。協力者であった俺に対する負い目を感じているのか、語気も暗く沈んでいる。


「花室さんが俺なんかを気にして、集中を乱されないでいるといいけど」

 飯田の想像は杞憂だ。


 残酷な予想にはなるが、けれど花室冬歌はそういう人間だ。他人の干渉で心が揺らぐことはない、決して曲がることのない芯を備えている女だ。だから彼女においてはまるで心配など無用というのが現実である。


 それよりもこいつがするべき心配は、なにより自分のことだ。起きてしまった過去に囚われて望む結果が出せなければ、それこそ花室の厚意を、彼女と過ごした時間を棒に振ることになる。




 かくいう俺も結果は振るわなかった。結果を棒に振った。

 や、俺の場合、心的妨害もなくはないが、直接妨害を働かれてるからな。休み時間にちょっと席を外した間にシャーペンの芯を抜かれてたり、後ろからとんとんかりかりわざとらしい筆圧で威嚇してきたり、英語のリスニング中に隣から集中を乱すようなシャドーイングをぶつぶつ唱えていたり……そいつは普通に試験官に注意されてたんだけど。バカかな?


 とにもかくにも散々な結果だった――四方八方から悪意を帯びた視線にさらされ、まともにテストに取り組めなかった。


 この五日間、俺は桜川はおろか、海南の生徒とろくに言葉を交わしていない。

 廊下を歩けば敵意と悪意に満ちた視線に晒される。奇怪なものを見る目とともに嘲笑や罵声も飛んできた。


 唯一まともに会話のできる滝田には、自分から話しかけることはしなかった。こいつも協力してくれているとはいえ、必要以上に面倒事に巻き込むのは気乗りしなかった。


 ここのところ不安定な空模様が、きょうはご機嫌斜めなようだ。

 ともあれ俺たち以外の一般生徒にとっては、長らく取り組んでいたテストという拘束期間から解放されたとあって、一段と心晴れやかな週末となった。


 HRも終えた。あとは帰路につくなり部活に向かうなり、それぞれのいつも通りの日常に戻るだけ。

 はずだった。


 物語が大きく動く出来事。起承転結でいうところの転。

 それが起こったのは、突然だった。



「花室さーん。ちょっといい?」

 五組の教室に聞きなれない声がした。


 粟野と柿岡が、俺たちのクラスへ足を踏み入れてきたのだ。

 無論、問題はない。他クラスの教室を訪れること、そのこと自体はいたって自然で糾弾されるべき要素はない行為だ。が、その空間にいた僅か数名には、緊張感が張り詰める。

 この時この状況で彼らがこの場所に訪れて、彼女を尋ねること、その全てを認知している者らからすれば、大袈裟な警戒を敷くことになる。


 粟野たちは教室前方の扉に寄りかかり、手招きしている。

 滝田と後ろで駄弁っていた俺の耳にも、その雑音は届いていた。

 教室に混入した異物の存在に、滝田が苦虫を噛み潰したような顔をしている。



「あいつら、なんでここに……。しかも花室さんに」

 体を回し、粟野たちの挙動を見図らんとした態勢に移行した。


「なんだなんだ、俺たちの花室さんになんか用か?」

「用があったから来たんだろ? 安心しろよ滝田、お前には用も興味もないからよ、気にしないでくれや」

「私はあなたのモノでもないのだけれど」

 かくんと滝田がうなだれた。


「……けれどそうね、ここではいけないのかしら」

「俺たちは構わないけど……花室さんはいいのかな?」

「どういうことかしら」

 対する二人は依然笑みを浮かべている。


 訝しむ視線にひるむことなく、柿岡が花室へ顔を近づける。

「――――」

 そして、耳元で何かを囁いた。



「「「――――……っ⁉」」」



 怖気が走った。

 雪が降り積もったわけでも、吹雪が通り過ぎたわけでもない。

 なのに、痛いほどに凍てついた空気が部屋の中に充満していくような錯覚に、その場の誰もが陥った。

 その中心に立つのは一人の少女。


 まさしく霊峰の高原に凛として咲く一輪の花のように、彼女は居る。


 誰もが直感した。この空間は、『高嶺の花』が作り上げたものに違いない。

 花室冬歌の放つ異様な冷気に吹き飛ばされたように柿岡が身を引いた。


「分かったわ。あなたたちの誘いに乗ってあげる」

 淑やかに、強かに立ち上がった花室。彼女の存在感に一瞬気圧されながらも、粟野たちは威勢を繕って取り戻そうとする。


「そうこなくちゃ。じゃ、高嶺の花は借りてくねー」

 突如として現れ、過ぎ去った嵐。その通り過ぎた後には静寂が広まるが、それはすぐに破られることとなる。


 教室内は異質な不安にざわつきはじめた。それぞれのコミュニティ内の会話に戻るも、その内容は花室についてのものが大半を占めている。

 自分たちには関係のないことと知りながらも、好奇心がはたらいてしまうのだろう。無理もない、他人とのコミュニケーションに消極的な彼女がああも感情を露わにしていたのだ。


 裏を返せば、それだけ花室は周囲から興味を持たれているということなのだけれど。他人から好気的に思われているのだ。

 こんど、伝えてやろう。たぶん照れながら仏頂面を決め込むんだろうな。


「滝田、トイレ行きたい」

「おー。俺も行きたかった」

 なるだけ自然に。教室を去って、彼女の元へ向かう。

 足並みを揃えて歩く滝田が、横から悪友に向けるような笑みをよこしてきた。



「しっかし天川。お前にしては珍しいじゃん? 高嶺の花、いやヒロインか? どっちにしろ、他人のためにえらく殊勝だな」

桜川(あいつ)のためじゃねえよ」

 いつだって俺の信条は揺るがない。

 じゃあなぜ、俺が歩くのか。


「じゃあ、誰のために?」

「…………決まってんだろ」

 あいつらは、俺に()()()()を向けたんだ。



「俺のためだ」

というわけで、一生の最後のお話に入りました!

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