【6-3】 人の噂も
今週もお疲れさまでした!
「どう思う、天川」
席について荷物を整理していると、後ろから声がかかった。
滝田昴が真剣な表情をしている。
「聞くまでもないだろ」
「まあ、な」
どう思う。滝田が指すのは無論、飯田のことだろう。
厳密には、飯田にすり寄ってきた粟野と柿岡のこと。
「こっちでも気になって、いろいろ調べたんだ。特進の友達に聞いてみたりもした。あいつら、最近やけに問題行動が増えてるらしい。授業妨害や生徒間のトラブル……特進の女友達に聞いたのはそんなところだ」
相変わらず、こういう所に気が回る滝田だ。情報源が女友達ってのもこいつらしい。悔しい。
「体育の授業で、藤沢――あいつらと同じ特進でサッカー部なんだが、削られかけたり、普段の授業でもうるさく騒いだりして、授業全体を止めることがあったらしい」
当の特進の生徒から提供された情報だ。
滝田が仕入れたとなれば、それは確信していいんだろう。
「藤沢の件なんかは、粟野たち本人たちは否定してるけど、周りから見れば明らかに意図的だったらしい。加えて天川が関わってるっていう、飯田とあいつらのトラブル。……いったいどんな内容なんだ」
「お前のいう藤沢と似た流れだな。わざと聞こえるように飯田のことを悪く言ったり、妨害に近いことをして、飯田がそれに反発したらしいけど…………今考えれば、それすらも狙って引き起こしていた可能性がたけえ」
「なあ滝田。ここまでの話で一つ、導き出される推論がある。飯田と藤沢。あいつらの受けた被害、その関連性を辿ってみる」
手を出して危うく謹慎処分にされかけた飯田、大事な体を削られかけた藤沢。
被害者二人と、加えてこの滝田は――
「あいつらの狙いは、サッカー部」
結論にたどり着いた滝田に、俺は黙って頷いた。
ため息交じりに滝田がぼやく。
「俺たちがなにしたってんだよ~。飯田の件をそんなに根に持ってるってか?」
「それはないだろう。さっきも言ったが、それ自体が狙って引き起こされていたとしたら、限りなく薄い可能性だろうな。だからこそ、そこに因果があるわけじゃない」
お前たちは悪くない。
そう言って、しかし原因はお前たちにあるとしっかりと告げた。
「インターハイ。それがお前たちサッカー部が狙われる原因だ」
簡潔にそう言い放った俺に、滝田は合点がいったように天井を仰ぐ。
「なるほどな。恨めしいってか」
「意思はなくとも、そうせざるを得ない動機でもあったんだろ。例えば操られてるとかな」
この学校の色が悪い意味で出ている。
成果主義が根強い海南において、大きな大会で結果を残すというのは、それだけで将来へのアドバンテージとなる。
そうなれば必然、相対的に自分の評価が没落すると考える輩も出てくるだろう。
そして、飯田と滝田。それに藤沢は、来週末にインターハイ予選を控えている。狙うなら今が絶好のチャンスということだ。
「先の一件。飯田を煽り立てて暴力沙汰にでも仕立て上げるつもりだったんだろう。そうなりゃ一発アウトだしな。それを阻まれたから、急遽セカンドプランを用意したんだろ」
俺は飯田に殴られた頬の痕を指でなぞる。
「それが特進クラスなのか、野球部なのか、それとも俺たちの認知しえない何者か――どちらにせよ、黒幕の正体は後回しだ。今は飯田を守る。というより、あの二人を撃退する方向に持ってった方が早いかもしれない」
そして、滝田に向き直った。
「お前たちだって、大事なインハイを邪魔されたくはないだろ?」
「そりゃあ、まあな。でも天川、お前らしくないじゃないか」
否定はしない。
俺の掲げる信条。俺を知る滝田ならば、俺がこの行動に出ることを疑問に思うのも納得できる。
だが、勘違いすることなかれ。
俺は決して、お前たちのために動いているわけじゃない。俺なりの考え、計画、手段があるからこうしているのだ。
「そうでもないぞ。大事な過程だ。道は逸れるが、ぶっちゃけこっちのが楽まである。遠回りこそが最短の近道ってわけだ」
本質は隠したままだが、滝田は追及してくることはなかった。
突如現れた障害。それを排除すると保証したのだから、こいつからそれ以上に求めることはないだろう。
「粟野たちも、そろそろ仕掛けてくる頃合いだろ。今のうちに手を打っておくぞ」
「オーケー。で、具体的にどうするわけよ?」
腕組をして訊ねる滝田に、俺はにやりと悪そうな笑みを浮かべて答えた。
「罠を張るのさ」
そろそろ、この滞った現状に終止符を打とう。
*
その日の放課後。
事件が起こったのは――起承転結でいうところの転が起こったのは、物語が転じたのは、卯の花くたしの如き長雨が続いて三日目のことだった。
ここ最近の習慣として、来週に迫る勉強会に向かおうと廊下を出てすぐ。
俺の耳に、信じがたい会話が入ってきた。
「ねえ聞いた? 六組の飯田くんの話」
「あ~なんとなく。花室さんのこと好きなんでしょ?」
「それそれ」
なにも珍しいことじゃない、年頃の高校生らしいゴシップ話だ。
だが。
「あの飯田くんが、花室さん狙ってるって」
「それ。私も最初笑ったわ」
「身の丈に合ってなさすぎでしょ」
聞こえてくるのは純粋な興味や高揚感からくる内容ではない。
二人の女子生徒は蔑むように、あざ笑うかのように会話を膨らませる。
その内容は、奇しくも俺いとって嬉々馴染みのある二人の人物についてだった。
「なんかあれらしいよ。一回告ってフラれたのに、まだずっと追いかけまわしてるって」
「え、きもっ! 大人しく諦めろよ。私そういうなよなよした男ほんっと無理」
しかしまあ、こいつらは自分のことを棚に上げてよくもまあ人を悪く言えるよな。なんで自分たちが選ぶ側だと錯覚してんだか。
そんなことを言ったところで、まったく意味なんてないが。
そう、これは明確な『悪意』だ。自分たちの価値観の天秤で下される、好き嫌いという名の鉄槌。
誰がなにをしたわけでもなし、そこに因果などなくとも、第三者は簡易的に悪を作り出すことができる。面白半分だろうと完全な嫌悪感だろうと、無関係に当人を傷つける。
そして、その悪意が降り注ぐ先は一つではない。
「ってか、花室さんも花室さんだよね。なーんかお高くとまってる感じ」
「分かる。絶対他人のこと見下してるよね。普通科のくせに何様だっての」
「ほんとそれ! あんな態度だから友達もいないんでしょ」
それは違う。確かに花室には他人と友好的に接しようという意志はないのかもしれない。
だけど、彼女は必要以上に周囲の人間を敵対視しているわけではないのだ。自分にとって最低限の理解者が存在すればいいとでも考えているんだろう、花室は。だからけして多くはないけれど、友達だっている。縋られた手を踏みにじることなく、足を止めて話を聞くような、意外と面倒見のいいやつでもあるのだ。
「飯田くんもさ、普通科の人間に告白とか、恥ずかしく思わないのかな」
「まあある意味、お似合いなんじゃなーい?」
その意識が俺に向けられていない以上、どうこうしようという気は起きない。
ここで俺が割って入ろうものなら、その悪意はこちらへ集中する。それでは俺に何の得も生まれない。
感情任せで突っ込んで分かりやすい標的になるくらいなら、真実から目を背けるのだってやぶさかではない。ここは黙って見過ごすのが賢明というものだ。
わだかまる負の感情を押し殺して、俺は図書館へと歩を進めた。
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