【6-7】 ライバルである俺が、学園一のヒロインと付き合うことになった件
ぱたん。
戸が閉まった。
「……行ったようね」
一難去ったような嘆息をこぼして、去った桜川の影を追うように花室が呟いた。
「いや、なに行かせてんだよ。なにしてんだよ…………つーか、なにしてんだよ」
俺はといえば、すっかり取り残されてしまった現状に理解が及ばぬまま、立ち尽くしていた。
「桜川、帰っちゃったぞ。三人で作戦会議とか、そういう話をするんじゃなかったのか」
「話ならもう済んだでしょう。いったんの折り合いをつけて、あなたと桜川ひたちが形式上恋人になるという方針で、話は終わったばかりじゃない」
「それについては置いておくとして、桜川と打合せする必要はなかったのか?」
「必要ないわ。あの女に言ったでしょう。余計な事はするなと。現状、私たちと桜川ひたちのやり方は異なっているわ。もっと簡潔に言えば、私たちは対立しているのだから、方針について確認することはないでしょう」
そうかもしれないが。
それじゃまるで、無駄話をしにきただけじゃないか。
「ええ。さっきの茶番は無駄話よ。少なくとも私にとって意味があったのは、最後のかけあいだけ」
「かけあい――俺たちのやり方に、手出しするなってとこか」
「そうね。とはいえあなたたちの話にも、一つだけ、意味はあったわね」
「意味?」
「意味というか――成果というか」
成果?
言い直されても理解しがたい。
俺たちの話というのは、例のデマのことだろう。
俺の内心を読み取ってのことか、花室は数学の問題でも解説するように注釈を加えた。
「一つ問題を解消できた。取り組むべき問題を解消できた――私たちは、これで飯田くんを助けることに集中できるということよ。あなたが立てた作戦なのだから、あなたが運ばなくては作戦通りにいかないでしょう」
ああ、なるほど。
俺たちのやり方。
今回の『課題』について、俺は以前、この花室冬歌に協力を要請している。桜川ひたちを尾行したあとの帰り道、一通り練った今後の計画を伝えてあった。
「私はあなたの計画の合理性に納得して賛同したけれど、それでもあなたに任せっきりというのは癪だから、煩いごとは極力排除しておこうというつもりよ」
「それで、強引にも俺と桜川を表面上くっつけて、さっさと帰らせたってところか」
「厳密に言うと、私たちが協力を持ち掛けたとして、あの性悪女は乗ってこないでしょう。だから意味がない。そういうこと」
花室なりに気を遣ってくれたというわけか。
気遣いといっていいべきか。
いらん心遣いだ。
その結果俺一人だけが煩わされていることは、言っても取り合ってくれないだろう。
「あと、私が桜川ひたちが嫌いだから。一刻も早く失せてほしかったというのもあるわ」
「そっちの理由の方が大きいだろ、絶対!」
嫌いだから一緒にいたくないとか、思春期の高校生かこいつは。
にしても、毛嫌いにも程がある。
「お前さあ……。正直な所、お前ら二人が協力して問題に取り組んでくれれば、心強いことこの上ないんだけどなあ」
「ありえないわ」
即答。
俺が言い終えるとほぼ同時、早口で返してきた。冷たい表情が不機嫌そうに歪む。
「わたしとあの女が手を取ることなんて亀毛兎角ありえないわ。それこそ必要がないもの――桜川ひたちならこの程度のこと、一人で解決するでしょう」
「なんだ、高く評価してんのか?」
「過大評価も過小評価もしていないわ。正当な評価でしょう」
意外だ。花室にとって桜川は、とるに足らない程度の認識だと思っていたがそんなことはなかったらしい。
いや。むしろ実力は認めているのだ。だからこそ、どんなに努力して喰らいついても自分の力が及ばないからこそ、彼女を嫌悪するのだろう。
「それで、あまね。私はどうすればいいのかしら」
「どうって、なにを?」
「あなた、すでに作戦は立ててあるのでしょう。この現状に対して打つ手はあるのでしょう? それを聞かせてくれるかしら」
あくまで確定事項のように促してくる。謎の信頼を寄せられているようでむずがゆい。
数年来の友人でもあるまいし。なにを根拠に、そこまで断言できるのか訊き返したくもなるものだ。
信頼、ではないのだが。
むしろ敵対関係にあるはずなのだが、それはこの際置いておこう。
成り行きとはいえ同じ目標を共にする者として、これくらいの期待には答えてやろう。
俺は花室冬歌に向きなおった。
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