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それでもウチのヒロインが最強すぎる  作者: 天海 汰地
1章『Symphony:Blue in C minor』
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【6-6】 ライバルである俺が、学園一のヒロインと付き合うことになった件

 

「バカなの? あなたたちは」

「「言葉もありません」」


 呆れ顔で、いや、本当に呆れている花室(はなむろ)からの手厳しい一言。

 俺と桜川(さくらがわ)は彼女の対面で隣り合わせ、しゅんとうなだれる。さしもの桜川も今回ばかりは委縮してしまっている。



「どうやら私の見込み通り頭の回らないアバズレね」

「誰がアバズレよ! わたしは丸く収めるために機転を利かせただけなんだから!」

「その結果がこの現状よ。流布された噂を、おまえが認めてしまった。それがどういうことか理解できないほど、落ちぶれてはいないでしょう」


 勢いを振り絞って反抗した桜川だったが、冷淡と返す花室に気圧されてしまう。今回ばかりは分が悪い。

 だがしかし、桜川はこの状況を利用しただけに過ぎないように思える。お互い競い合う立場と言えど、本人の素振りからして仕組んであの場を作り出したとは考えにくい。


 なれば、この噂を流布した何者かがいるはずだ。

 何者か、などはもはや明白であるが。



「それにより粟野(あわの)くんと柿岡(かきおか)くんの言うことに信憑性が生まれてしまった。ほぼ同時に広まった飯田くんに関する話も、下手に無視できなくなったのよ」

「う」

「ただでさえ一触即発のような空気だというのに、事態をややこしくしてどうするの」

「なにも言えない……」


 桜川は強く唇をかみしめている。

 あの桜川が、珍しく花室にいわれるがままになっている。それほどまでにあの一幕は応えたようだった。


「そんな風だから股の緩いままなのよ。数多の男どもが出入り自由なまでに拡張されているのにも合点がいくわ」

「はい……、って、いや! そんなワケないでしょ! どさくさに紛れてなに言ってんのよ!」

 紛れてねえよ、もはや。ここぞとばかりにすげえ物言いだな。


 しかし、桜川がしおらしくしているのは見ていて気分が良いな。ふだん腹立つくらいに生意気で毒舌なこいつがなにも言い返せないほど詰められているのには一種のカタルシスすら感じる。これが俗に言う『わからせ』ってやつですかぁ……。



「あなたもよ、あまね」

「えあ? 俺も?」

 自分は安全圏だと思って高みの見物を決め込んでいたら、花室の冷ややかな視線が射貫く先がこちらへと切り替わった。完全に油断していた俺は素っ頓狂な声をあげてしまう。


「当たり前でしょう。なにを受け入れているの」

「ええ」

 思いもよらぬ飛び火だ。飛んだ火難、とんだ非難。


「や、俺は否定したぞ。それも全力で! だのにあいつら聞く耳持たねえんだよ」

 誰一人として俺の言葉に耳を傾けようとする者はおらず、代わりにゴミを見るような視線が俺をめった刺しにしてきた。なんだあの一体感は。


「だいたい、桜川。なんであそこで頷いちゃってんだよ。『…………はい』じゃねえんだよなに可愛げ出してんだ!」

「だ、出してないし!」

「じゃああれか、お前は恋する乙女か? なに、俺のこと好きなの? ときめくからやめろマジで」

「な! なに勘違いしてんのよバカあ!」


 顔を真っ赤にして精一杯声を荒げる桜川。や、この状況でやられてもツンデレかなとしか思えねえよ。

 そうだ、これだ。

 これがそもそものきっかけなんだ――こいつのこの顔色。知らなかった。桜川が重度のあがり症だったとは。


 知らなかったのなんて当たり前だし、知って驚くべきことではないのだけれど、それでもこいつは学園の顔ともいえる人物だ。人と接する場面が多い中で、まして異性からアプローチでもされることの多いこいつが、そんな恥ずかしがりやだなんて想像つくかって。



「お前、よく今まで大した失敗なくやってこれたな」

「今までこんなことなかったし! 今日は、その……運が悪かったのよ!」

「運って。テメエのことだろ」

「行動が読めなかっただけ!」


「お前はNPCか?」

 行動が読めないとか。

 なんで自分の感情が運に左右されんだよ。


「ともかく! お前のせいであちこち絡まれて迷惑だ。早急に誤解を解いてもらおうか」

 今日一日は散々だった。

 朝イチで流された、校内一のヒロイン桜川ひたちと俺のスキャンダルのおかげで、光栄にも俺は学年中の男女問わずすべての生徒から大バッシングを受けることとなった。


 しかし当の桜川はというと、さして酷い扱いは受けていないようで。

 むしろ心配されているんだとか。なんでだよ。

 結果的に、一方的に俺が悪者に仕立て上げられてしまったわけだ。きらめく青春を望む俺がどうして殺意に怯えながら学校生活を送らにゃならんのだ。



 しかし、桜川の表情は納得していないという風だ。

「そうもいかないのよね」

「あ?」

「わたし的にはむしろ、この状況は棚から牡丹餅…………いや、それは違うか。予期せぬ偶然というか」

 なぜ言い直した。


「不本意にも、あんたと付き合ってるって状況が、普段わたしを囲ってくる連中への牽制になってるの」

 いわば男子避け。


「でもよ、それって逆のことも起こり得るんじゃないか? 俺と付き合ってることで、俺を目の敵にする連中が、お前のもとに集ってくるんじゃねえの」

「それは否定しないけど。でも、そんなの軽いモノよ。男連中の数は減ったわ」


 まあ、その気持ちは分からんでもない。桜川が俺のようなやつに絆されたとくれば、ショックはデカいだろう。

 推しのアイドルが結婚するみたいなものだ。当分は無気力感に苛まれる。

 しかし、だからこそ、その当分を過ぎてしまえば、今度は逆に桜川を取り返そうと躍起になるかもしれない。


 手の届かないアイドルではない――本人のレベルで言えば、アイドルなんてはるかに凌駕した存在だが、それでも一学生だ。接触することができる。



「それを加味しても、今までの状況よりはマシになるってこと」

「そんなもんなのか?」

「そんなもんなの!」

 食い気味だ。


「まあ、それでいいなら…………って、よくねえよ。俺にメリットが一つもねえじゃねえか」

 勢いに押されて呑んでしまいそうになったが、俺がその偽装交際につきあう道理などない。

 俺の反発をものともせず、桜川は引き下がろうとしない。


「メリットなら大きなものが一つあるでしょ! このわたしと付き合えるのよ! 一生に一度あるかないかなのよ⁉」

 こうも自分の価値を疑うことなく熱弁されると、やっぱり納得してしまいそうになるが。

 ここは己の意志をはっきり持たねば。


「いやいや、それがむしろネックなんだって。お前を羨望する男子が――女子だって、お前に憧れを抱く海南の連中が、そんな奴らからしてお前を独り占めするような男に何をするか分からねえ」

「そんなん知ったこっちゃないし。あんたがどこで誰にどんな悲惨な襲われ方をしたってわたしには関係ないし」

「ざっけんな。俺の身の安全も少しは考慮してくれ」


 そうだ、こいつのこういうところが気に食わねえんだ。メリットデメリットの問題じゃなく、単純にこいつと付き合うなんざお断りだ。


「だいたい俺は、お前と付き合う気なんざ毛ほどもねえよ。好きでもねえ女と強制的に交際を脅迫されるなんて、セクハラ以外のなんでもねえだろ」

「そこまで言わなくてもいいじゃん!」


 涙目で抗議する桜川。

 ちょっぴり傷ついていたようだ。

 だけど、ふだんこいつから受けている罵詈雑言の数々に比べればかわいいものだ。



「私もおまえが嫌いよ」

「あんたは黙ってろ!」

 好機、とばかりに花室が乗っかってきた。こいつの桜川嫌いも大したものだ。


「いつまで不毛な言い争いを続けるつもりかしら。私からすれば、あなたたちの不純異性交遊についての議論などに興味はないから、それについては早く収集をつけてほしいのだけれど」

「不純なのはこいつの内心だけだ」

 俺まで巻き添えにされるのなんて心外だ。


「この女の肩を持つというわけではないけれど、いったんは恋人同士を装っていてくれると助かるわ」

 座りつかれたのか、椅子から立ち上がり、不機嫌そうに室内を歩き回る花室。

 単調な足音と雨音が重なる。雲で隠れた空はくすみ、太陽が沈みゆくさまが見届けがたい。


「余計な問題に煩わされていては本来の目的すら疎かになってしまうでしょう。さっき言った通り、私たちにとって目下の問題は、飯田くんの件よ」

 まったくすぎる。余計な問題に煩わされるのはごめんだ。


「つまり、あんたはわたしたちのことについては口出しするつもりはない――どころか推奨しているってことでいいのね」

「その通りよ」

「まてまてまて。なんでそうなるんだよ。花室お前、俺と桜川がつき合うことについて異論を唱えていなかったか?」


 いつのまに結託しやがったこいつらは。

 頼みの綱の花室まで、あろうことか桜川の側につきやがった。

 花室は一瞥もくれない。


「それについて私はなにも言及していないわ」

「なっ」

「面倒ごとが解消されるのなら手段は問わないというのが私の見解よ」


「それじゃ、しばらくこうさせてもらうわねー」

「問題ないわ」

 問題大アリだよ! てめえの一存で話を終わらせんな!


「それじゃわたし帰るわ。戸締りだけはしっかりしといてよね」

「おまえに指図されるまでもないわ。おまえこそ、私たちのやり方に余計な手出しはしないで頂戴」

「そんなことする必要ないし。ま、せいぜい頑張りなさいねー」


 と、花室の憎まれ口をあしらって、桜川は出口へと歩き出してしまった。

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