【5-10】 あまねママ、爆誕
「お前、友達いないのか?」
「は?」
さっきまで自信に満ち溢れていた桜川の動きがピタと止まり、代わりに低い声だけが発せられた。
露骨に不快感をあらわにしていやがる。なに言ってるんだコイツ、といった表情。それを俺は余裕綽々の笑みで受け流した。
「お前ほどの人間が、ほぼ一日俺たちに気を回していられるほど余裕があるのかって話だ。学校では常に誰かに話しかけられるお前が、そこまで警戒していられる暇はあるのか?」
「そんなの、要領の問題でしょ。わたしならそこまでケアできる」
「だろうな。だからアプローチを変える。俺たちが尾行してた時、お前終始一人でいたよな?」
平静を繕っていた桜川の肩が揺れる。
「お前はあの日の放課後、ずっと一人でいた。一人で校門を抜け、一人で駅前のカラオケに入り、そのまま小一時間過ごして帰宅。なにが暇じゃない、だよ」
途中、クラスメイトに絡まれはしたが、あくまで偶然のものだ。事実として彼らは桜川を残し、それぞれの帰路についた。
「それは違っ……!」
「なにが違うんだ」
なにか言おうとして詰まらせる桜川。もしかしたらなにか事情があるのかもしれない。言いたいことがあるのかもしれない。
だが、それがどうした。
否定しきれないのなら肯定していることと同義だ。なにを言われようが文句は言えない。
それに、真相なんてぶっちゃけどうでもいいしな。俺が確認したいのはたった一つだけだ。
しかし簡単に引き下がる気はないようで、まだ鋭い顔つきを崩そうとはしない。
「だからなんだっての? わたしの時間をどう使おうと、わたしの勝手でしょ」
「ああ。それはもっともだ。俺たちに否定する気はないし、どうこうしろとか言う権利もない」
「じゃあなんのためにそんなこと……」
「桜川。お前、仲いいヤツいないのか?」
「ふぇ⁉」
桜川はいきなり虚を突かれ、口元をひくつかせた。
「なななな訳ないじゃん! 普段のわたしを見れば分かるでしょ? 学校では知らない人はいないくらいなんだから!」
「学校ではな。でも放課後なんかはどうだ? 休日は? ほぼ毎日のようにこの部屋に籠ってばっかだよな」
「そ、そんなことないし! この前だって朱音とスタバ行ったし、一昨日は夏弥と……」
「へえ。そんなに毎日、つるむ人間をとっかえひっかえ……さすがは人気者」
「なにその言い方。嫉妬?」
「そりゃあな。お前は人気者で、常に周囲に侍らす人間に欠くことはないだろ」
「だけどな」俺は続けて言った。こいつの抱く淡い幻想をばっさりと切り捨てる。
「そんなのは上辺だけの関係に過ぎない。取り繕った笑顔で、取り繕った会話で。自分を偽った薄っぺらい付き合いだろ。そんなもんを恥ずかしげもなく、どころか誇らしげにひっさげる。確かに俺にはできっこねえから、ある意味羨ましくはあるかもなあ?」
その事実、現状を、あえてこいつに突きつける。言葉に起こしてやる。これが俺の狙いだ。
この女の自尊心。持ち上げられて育ったヒロインという人格を、破壊してみせる。
クケケざまあみろ! てめえが今まで取り繕ってきた化けの皮を引っぺがしてやんよ!
「周だってそうでしょ! ヨッ友ばかりのくせに説教垂れんなっつーの!」
「誇りなんざ持ってねえよ。恥ずかしくもない。ただ切り捨てて割り切ってる。お前と一緒にすんな」
「ほんっとウザい! 自分は違うみたいに偉そうにしてんじゃないわよ!」
「うるせえ! 心の底から笑ったことがねえヤツが友情を説こうとしてんじゃねえ!」
怒涛の勢いで噛みついてくる桜川に負けないくらいの勢いで応戦する。
「エセ陽キャ! ハリボテビッチ! 非貫通ヴァージンロード! よく上から目線で恋愛観を語れたなあド素人が‼」
自分でも引くくらい悪口がスラスラ出てきた。言葉選びのセンスに関しては絶望的すぎる。
とても女の子に対してぶつけるべきでない言葉の束をめった刺しにするや否や、対する桜川の反応は。
「ぐすん」
「え」
桜川ひたち。
その頬を、一筋の涙が伝っていた。
ヒロイン虐