【5-7】 あまねママ、爆誕
「そんなに言わなくてもいいじゃん……!」
「ちょ、は? なんでいきなり」
泣くなんて聞いてないんですけど⁉ なんてことだ、この年で口喧嘩して女子を泣かせてしまうなんて。
「仕方ないでしょ! こんなところ見せられるわけないじゃない! っでもヒロインだから、みんなに合わせなきゃいけないし」
えずきながら心中を吐露するヒロインの言葉には、彼女なりの苦悩や葛藤が込められている。理解できずとも、ひしひしと伝わってくる。
「みんなと対等なはずなのに。でもみんな、どこかで線引きして……。みんなの期待に応えなきゃいけなくて」
こいつ。
本当は気にしてやがった――ヒロインとしての自分の立場を、周囲からの評価を。同時に周りと上手くやろうとして――人並みの人間関係に憧れて、それでも能力の違いゆえにかなわないと知って。
「みんなと同じ生活でいいなら、そうしたい。できなかった問題を笑い合いたい、一緒に授業をサボってみたい、失恋話を聞いて慰めてほしい。……でも、わたしは。ヒロインになるって、決めたからぁ」
桜川の口からこぼれ出たのは、およそありきたりな高校生活の在り方。
誰もが当たり前のように経験し、平凡だと吐き捨てるような毎日が、しかし、誰かにとってはこの上なく贅沢な『青春』なのだ。
だが、いったいなにが、彼女を掻き立てるのだろう。
家柄? 才能? それとも、全く別の要因……誰かの影響。
みんなが憧れるヒロイン桜川ひたちは、なにを起源として生まれたのだろうか。
「わたしだって本当は放課後にみんなで集まってダラけてたいし! 本心でお話ししたいんだよお!」
ええ……。
感情をせき止めていた堤防が決壊し、ため込んでいた内心を吐きだす桜川。
びえええと子供みたいに泣き出す少女を前にして、俺の思考はすっかりフリーズしてしまった。
「なんの躊躇もなく女性の尊厳を踏みにじるなんて……さすがはあまね」
横で花室が慄いている。こっちはこっちで面倒くさい勘違いしやがって。や、勘違いではねえんだけど。
女の子にストーカー働いて、そのうえ誹謗中傷して泣かせるって……。あくまでもラブコメ主人公を目指す人間の所業か?
「どうするのコレ。あなたが蒔いた種なんだから、あなたがどうにかしなさいよ」
「ええ……。もう放置して帰りたいくらいなんだが」
「いかないでえええ!」
「わーったよ! 行かねえから、いいから離れろ!」
いくらなんでもべったりしすぎだろ。へばりついてるって表現が正しい。
「あまね……」
横目に映る花室が、汚物でも見るかのように俺の名を呼んで、それきりなにも言わなくなった。
「おい待て、俺はどっちかというと被害者だろ! 花室さん⁉ 着々と距離をとるな!」
触手みたいに絡みつく桜川をかろうじて解く。
「分かった、分かったから! 俺たちが話し相手になってやるから、いったん落ち着け!」
「…………ほんと?」
シャツをぎゅっと握り、上目遣いで呟かれると、不覚にもときめいてしまう。
うっ。胸が締め付けられるようだ。いやほんとに絞められてるんだけど。
「ほんとほんと。な、花室」
「ちょっと、なにを勝手に私まで巻き込んでいるのかしら」
前触れもなく振られた花室が、すっとんきょうな声で抗議してきた。
「前に付き合ってやったんだから、これくらいは聞け! それに、お前にとっても都合が良いだろ」
「私はっ。…………構わないわ。そこの女児の相手をしてあげる」
頬を紅潮させながら唇を噛み、俺の提案をしぶしぶ受け入れた。
花室も同じだ。クールな外面で装っているが、その実他人との関わり方を知らないだけの、ただの恥ずかしがりやな女の子。
かたや人並みの幸福を知らない少女。かたや素直になれない人見知りな少女。
この二人は似た者同士だ。だからこの案には、三者にとって明確な利益が確かにあるのだ。
――そう。これでいい。これで俺の目論見は達成された。
よもやこいつの面倒を見ることになるとは予期していなかったが、主導権を握れたので結果オーライ。
そう。長い目で見れば、俺はいずれこの二人のヒロインに謀略を働くことになるのだ。
海南高校のカーストを制覇し、『学園法』を廃止する。
こいつらは各々計画を立てている。それも周到に、きめ細かくな。
そこで俺は一つの場を設ける。話し相手になってやるというのは建前でしかない。意見交換会、情報共有の場。嘘偽りなど繕いようがないこの法廷で、発言の一つ一つが価値を有す。どんな些細な内容でも、クイーンたちを落とす重要なカードとなりうるのだ。
もちろんこいつらが確信をつくような情報を自ら漏らすとは思えない。今はそれでいい。
この二人の抱えている情報、そして企んだ計画を筒抜けに、まではいかずとも、ある程度の腹の内は割れる。
そうして得た断片的な情報と。個人の人間性を加味し繋ぎ合わせれば、そいつの大方の素性を暴くことができる。
今に見てろ、高嶺の花ども――いつかお前たちの寝首を掻いてやる。
俺は一人、笑んでいた。
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