表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
それでもウチのヒロインが最強すぎる  作者: 天海 汰地
1章『Symphony No.Blue in C minor』
3/6

【1-3 Frühlingsstimmen】

 放課後。


 HRが終わり、教室を出る。無駄話を終えれば、慣れた足取りで廊下を進み、すれ違う知人に右手で軽く挨拶し通り過ぎる。

 そうしてみんな、それぞれの放課後に歩き出すのだ。


 階段の踊り場のガラス張りから覗く景色からは、風に揺られた花びらが空を舞っていた。

 もうすぐ桜も散る。日の沈みゆく光景も、やがてこの瞬間には拝めなくなるだろう。

 微かに感じる情緒に酔いしれながら、目的地へと意識を変える。

 いつもなら階段を降り切った勢いそのままに昇降口へ向かうはずだが、今回はちょっとしたおつかいを頼まれているので、真逆の方向へ進まざるを得ない。


 隣を歩く滝田(たきた)に軽く別れの挨拶をする。滝田はサッカー部に所属しているため、下駄箱で他クラスの部員と合流しては気だるげにグラウンドへと向かう。彼らのことは見知っていたので俺も軽く手を振って別れた。


 踊り場から差し込む西日を眺め、一日の終わりを感じる。

 何気ない日常の風景の繰り返し。高校生活三年間――千を超えるそんな日常の一つが、また何気なく終わろうとしている。


「……さて」


 扉の前で一息ついた。

 海南(うみなみ)高校の特別棟。目的の部屋までたどり着くまでに特段なにかがあったわけではないが、三階の奥の部屋というのがどちらか分からず思わぬ労力を要した。ともあれ、ここが廻戸先生の言っていた部屋で間違いないだろう。


 しかし、わくわくしてきたな。古くから使われていない一室、お宝の一つや二つ眠っているのではないかと期待してしまう。まさか、先生は俺とこの宝の山(仮)を山分けする目的で鍵を託したのか? いやあ話の分かる人で助かりますねえぐへへ。


 それでは、すべての真相を確かめに行きましょう。


 鍵穴に例の鍵を差し込んだ。契約のもと あまねが命じる 『封印解除(レリーズ)』‼


 がちゃ。

「……あれ」

 がちゃがちゃ。


 おかしい。空いた手ごたえがない。

 いや。空いている。俺が鍵を差し込んで捻る動作をするその以前に、この開かずの扉は開錠されているのだ。

 まさか、既に誰かが居るというのか?

 廻戸(はさまど)先生……は俺にこの部屋を任せた以上、あの人自身がここまで足を運ぶことはないだろう。

 となると誰が。どうあれ、真相は開けてみないと分からない。


 覚悟を決め、おそるおそる手を伸ばす。

「し、失礼しまーす」

 いるかも分からない相手に会釈をし、少しづつ戸を開ける。

 四分の一ほど開いたが、まだなにも見えない。

 ええい、もう全部開けちまえ。そう思い立った俺は扉を勢いよく開け切った。

「だれか居ま――」


「ぁああーっ! ぐ、この! なんだこいつ相性悪すぎでしょ! 技の発生速すぎだっつーの! だ! リーチも長いとかどんだけ欲張りなのよ避けられるかこんなの! あ、こいつ! こいつ今煽ってきた! ぜったい許さない地の果てまで追いかけてシバき倒してやる! ほら、ほら! ほらーどうよこの撃墜コンボ! 煽ってた相手に逆転されて煽り返されるなんてどんな気分⁉ あははっははは‼」


「――す、か」

 直後に視界に飛び込んできた光景は、およそ信じがたい現実だった。

 人の立ち寄らない校舎の、そのさらに奥に構える一室。

 まずもって、人がいた。部屋の鍵は俺が持っている。予備(スペア)などないはずだ。まあ部屋のガバガバセキュリティについてはこの際置いておく。


 それよりも重大な問題は、その人物の素性だ。

 この部屋の空気に見慣れない人物は、そのうえ信じがたい態度でそこに存在していた。

 視線の先では、一人の少女がコーヒーカップの置かれた会議テーブルの上で足組をし、映像資料用のモニターに家庭用ゲーム機の配線を繋ぎ、大画面で対戦アクションゲームに熱中していた。


「あ、あのー」

「んー、きもちいー! はああ、疲れた。いったん休憩しよ」

「あの」

「それにしても、こんなところを誰かに見られたらひとたまりも、な……ぃ」

「あ」


「………………ぇ」


 少女は、予期せぬ俺の登場に驚愕の表情を浮かべていた。

 完璧な顔立ちで見開かれた大きな目に、力の抜けたようにこれまた開かれた小さな口。

 同時にバランスを崩しテーブルに手を着くと、がたんからんと音を立てて、シーソーみたいに反動で置かれていたコーヒーカップが宙に浮いた。

 重力に従い地に引き寄せられる物体。

 一瞬にも満たない事象が、俺たちには永遠のように永い時間の中でのことだと感ぜられた。

 少女は咄嗟にカップへ手を伸ばし、着地の阻止を図る。


「はっ! ……よ、しぃっ⁉」

 慌てながらもカップは守り抜き、中身が数滴零れるにとどまったが、その動作により慣性の乗った上体は勢いのまま椅子ごと後ろへひっくり帰ってしまった。

 薄暗い部屋には悲鳴と衝撃が響き、次の一瞬には嘘みたいな静寂が広がった。

 半開きの窓からはヒバリのせわしい鳴き声と春風が差し込んでくる。古臭さを感じる埃が、春ただ中のあたたかい風に舞う。


 そして眼前には、横たわる人の姿。

 俺は起き上がらない人影におそるおそる話しかける。

「あんたは……」

 乱れた茶髪。テーブルの上にスラっと伸びる細く長い足。

 コーヒーと、甘い柔軟剤の匂い。


桜川(さくらがわ)……ひたち」


 学校一の美少女が、そこにはいた。

 もっとも、今の彼女は美とは程遠い体勢であったが。

「ぁ……」

 ようやく事に脳が追い付いたのか、大きな目を丸く開きただじっと視線を送る桜川。


「…………見た?」

「なに、を?」

「ああやっぱりなんでもない!  説明させないで!」

  突然の問いかけに反応できずにいると、桜川は手をばたつかせて続きを切り上げた。慌てて姿勢を正す彼女の表情に浮かぶのは恥じらいではない。恐怖を覚えるように血の気が引いていく風だった。

 思わず視線を下に逸らしてみたが、そっちはそっちで刺激が強い……開かれた生足が艶めかしいし、何よりテーブルに隠れたスカートの中身が! あと少しで見えそうなのに!

 二つの要素が相まって、なんかイケないことをしている気持ちになってきたので慌てて顔を逸らす。


「なにをしてらしたので?」

 気まずい空気を取り持つために問いかける。

「えっとー。……なんだろね?」

   答えになってなんかいないが、そうなるのも理解はできる。

 一人でさんざん暴言吐きまくりながらオンラインゲームに没頭しているところを見られたら、ましてあのヒロインがだ。素直に白状することは気が引けるだろう。

 しかし、そのまま返されてもこっちが困る。


「それ、スマファイだよな」

 大激闘スマッシュファイターズ。

 それが桜川のプレイしていたゲームの名前だ。それぞれ特徴のあるキャラを操作して戦わせるファミリーゲーム。世代問わず誰もが一度は通ったことのあるであろう名作。

 かくいう俺も、このゲームにはある程度の見識がある。ガチでやりこもうとするとちょっとしたことで叫びたくなるし、客観的には見るに堪えない凄惨な姿を晒すことになるのは、この手のネトゲのプライヤーとなると一種の風物詩みたいなものだ。


 だからこそ、断言できる。桜川ひたち、目の前の彼女は――、


「誰も使わない部屋で、大画面でスマファイのオンライン潜って叫んでた?」

「だー! もういい! それ以上はやめて!」

「自分から聞いてきたんだろ……」

 腕を大きく振って俺を抑えようとする桜川に、俺は低い声色で返す。

 桜川は一瞬たじろいでから俺の元へ寄ってきて、小さく囁いた。


「……いい? このことは、わたしたちだけの秘密だからね」

 秘密。美少女と二人きりの秘密の共有。

 これ以上ないほどに理想のシチュエーションだが、それは言葉だけにすぎない。

 現に、提案した彼女の表情は鬼気迫っていて、発せられた声色からはロマンスの欠片も感じ取れなかった。ラブコメ的展開なんて発展するはずもない。なんなら口封じデッドエンドの方が近いまである。

 ここで桜川を下手に刺激してしまえばどうなるか分からない。それに、考えようによっちゃ、学園のヒロインと親密度を高めるチャンスと捉えられなくもない。

 ここは慎重に。目の前の女の子に寄り添ってやるのだ。


「要するに、他の人にバレたくないってことでいいのか?」

「なっ!」

 他意などないただの確認に、桜川は肩を大きく震わせた。

 ど核心を突かれたのか、必死に手を振り慌てふためく。

「大丈夫。誰にだってだらしない部分の一つや二つあるもんだ。些細なことは気にしなくていいと思うぞ」

「だからっ……あー!  分かった! わたしが悪かったから!  お願いだからこのことは内密に!」

 口止めに必死である。相当他人に知られたくないようだ。


 まあその気持ちも分らんでもない。世の中高生、思春期真っ最中の若人ならば、封印したい黒歴史なぞいくらでもあるだろう。

 かくいう俺だって黒歴史なぞ両の手に収まらないほどある。中二病って本当にあるんだよなー。できれば中学時代の知り合いとは会いたくない。

 捨て去りたい過去に思いを馳せていると、不意に耳を疑う声色が飛び込んできた。


「まさかこんな所で誰かに見つかるなんて、不覚……! 人前ではゆるふわ美少女キャラで貫きたかったのに」

  不覚? 人前? ……なにやら不穏な独り言を呟き始めた桜川。

  その後ろ姿に俺はおそるおそる声をかける。

「あ、あのー。なんか色々聞こえてきたのはいったん置いといて。さっきも言ったけど、こんな姿を見られたくらいで桜川さんの評価は変わらないと思うぞ。俺みたいなやつならともかく、桜川さんは人気者なんだし」

「あんたなんかと一緒にしな……あ、ごめん」


 ん?


「桜川さん?」

「どうしたのー?」

 言い直したみたいになってるけど、ぜんぜん意味ないよ?

 つか、なんだこの口調といい態度といい。

 俺の知ってる、俺たちの知り得る桜川ひたちと言えば、人当たりは良くて心優しい穏やかでおしとやかな女性だったはずなんだけど。

 今目の前にいるコレはなんだ?


「いや、もういいから。誤魔化そうとしなくていいから」

「ごまかす?  なんのこと?」

「それ、そういうの」

 キャラ作れてねえぞ。あざとさに振りすぎてもはやうざいまである。

「別に他言するつもりはないから、無理してみんなの前みたいに振舞おうとしなくていいぞ。単純にやりづれえしな」


 なるべく波風を立てないように、気を使って指摘したつもりだ。

 だが当の桜川には受けなかったのか、目の前の笑顔からは深いため息が溢れ出た。

 次の瞬間俺の前に現れたのは、全くの別人。皆の知るヒロイン、桜川ひたちとはうって変わって、初めて見る表情の彼女だった。


「……そっか。そうだよね。わたしがあんたみたいな男に下手に出る必要なんかないわよね」

「――は?」

 いま、なんて?

 この少女は、なんて言った?


 その場で固まる俺に対して、なにか振り切った風の彼女は深い息をひとつ、そして春風がなびくように髪を撫でると、小さな顎を俺へと上げた。

 予想だにしない言葉に撃ち抜かれ呆然とする俺に、目の前の『彼女』の、冷たく鋭い言葉の刃が突き刺さる。


「なに見てんの気持ち悪い。あんたの視線で皮膚が(ただ)れそうだから今すぐその眼ぇ潰してくんない?」


シャベッタァアアアアア!!!!!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ