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それでもウチのヒロインが最強すぎる  作者: 天海 汰地
1章『Symphony:Blue in C minor』
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【4-4】 桜川さんちのお宅訪問


「んで、マジにいつまで続けるつもりだ」


 会話が途切れて久しくなったのち、俺は花室(はなむろ)に話題を投げた。


 というのもこの女、桜川(さくらがわ)の弱点を一つでも見つけ出すまでは引きさがらないとか言い出しやがったのだ。お前はあれか、今日は掃除がないからゴミを三つ拾ってくださいとかいう担任の先生か。



「桜川ひたちがその足を止めない限り、地の果てまでも尾いていく心持ちよ」

「お前もう桜川のこと好きじゃん。どっちなの?」


 好きの反対が無関心という言葉が存在するのなら、この花室冬歌(ふゆか)がヒロイン桜川ひたちに向ける感情はいったいなんなのだろうか。

 ことあるごとに突っかかる花室(それに噛みつく桜川も)は、嫌いが一周回ってしまってるんじゃなかろうか。

 いやよいやよも、と言うやつか。


 しかして今はそんなことを考察している場合ではなくて。


「俺も詳しくは聞いてねえんだけどよ、この辺が桜川の家だと思うぜ」

「あら、そう」

「……いやあらそうじゃねえよ。なに涼しい顔で歩き続けてんだ」


 俺の言葉の意味が理解できていないのか、高嶺の花もといストーカーは足を送り続けている。

 や、さすがにダメだろ。いくらなんでも人んちの前まで尾行だなんて、高校生でも許されないレベルの奇行だぞ。

 ここまで来るともう立派な犯罪だ。



「お前プライバシーって知ってるか。俺たちが……つかお前がやろうとしているのはストーカー規制法違反だ」

「なにを言っているの。ここまで来たのだから、手を下さないわけにいかないでしょう」

 お前がなにを言っているの⁉ ストーカーなんかよりよっぽど立派な犯罪行為に手を染めようとしてんじゃねえか。


「油断しきった今なら、背後からたたみかければ一撃で葬れるわね」

 それはもう一撃じゃねえだろ、たたみかけてんだから。


 俺の蒼白顔をよそに、花室は嬉々として桜川討伐作戦の計画に思考を巡らせている。や、その割には犯行が単純すぎるんだけど。


「私は覚悟を決めたけれど、あまねはどうするのかしら」

 そう問うてきた花室は、魔王を前に立ち向かう勇者のようであった。いや逆か。俺はこの花室(まおう)から桜川を守らなければならない。


 ならなおさら一人で帰るわけにいくか。身内の間で死傷事件なんて起こしてたまるか、いざとなったら力づくで止めてやる。


 あとは……、まあ、あれだ。俺も桜川の家が気にならないわけじゃない。ああいや変な意味じゃなくて。

 前にあいつと出かけたときに言っていた、そしてこの辺を歩いているとなると、可能性としてかなり立派な家になる。


 この辺は最近になって開発が進んだ高級住宅地だ。そして、桜川――あいつの家柄も、タダ者ではないだろう。

 まして一般庶民の俺だ。豪邸となると興味をそそられてしまう。



「角を曲がっていったわ。私が先に様子を見てくるから、あまねは待機していて」

 言うが早いか、花室は桜川が通過したブロック塀に姿をやってしまった。

 残された俺は気乗りしないながらも微かに好奇心を抱き、ゆっくりと歩を進める。


 まあしかし、あれだ。

 こういうのも悪くはないな。

 放課後というものは貴重な時間だ。強制的に閉じ込められた学び舎から解放され、家にたどり着く前に、ささやかな冒険が待っている。


 コンビニでアイスを買ってたむろして、公園のブランコに揺られて、買い物をしに足を延ばして。

 四季がうつろい、天気が変わり。道も花も空も、一日たりとて同じ光景はない。そんな帰り道の一瞬を切り取って、その一瞬を思い出して、心が温かくなる。


 慣れ親しんだ日常を五感で感じて、自然と頬が緩んでしまう。

 そう、慣れ親しんだ――


「あの家のようね」

「親しみがねぇえええ‼」


 なんだこの大豪邸!

 家っつーかもう別荘とかのレベルだろ。ヴィラかよ。つか門から玄関まで遠! 噴水あるし、なんか足元光ってるし!

 そんでなにこのガラス張り! 螺旋階段あるよ。もう階段が渦巻いちゃってるよ。

 前に聞いた住所……敷居の高い住宅街だとは覚悟していたけれど、予想の遥か上を行きやがった!



「あまね」

「なんだ、花室」

 桜川邸の絢爛っぷりに気を取られて忘れかけていた花室が、横から空気みたいな言葉を吐き出した。


「うまく言い表せないのだけれど。私、あの女が気に食わないわ……」

「奇遇だな。俺もあいつが気に入らない」

 あんな自由奔放な振る舞いができて、家に帰れば大豪邸。この世は、現実は不平等だ……。

 花室も、こういう庶民的な感性は共有できるようで安心した。




「それにしても、桜川ひたち――あの女。最後まで尻尾はつかめなかった……」


 そして、今度こそ帰り道。

 駅のバスターミナルに向かう途中の花室は、すっかり虚無感に苛まれた様相で足を引きずっていた。


 今回の尾行が、目にした事実がはたして、花室にとって、俺たちにとって収穫となったのか否かは判じかねる。

 とはいえ花室のこの状態も面倒くさいので、なるべく地雷を踏まないように気休めの言葉をかけてやることにした。


「そりゃ、ただ下校しているだけだからな。意外な一面なんてそう見れないだろ」


 言っていて、思い出した。意外な一面というのであれば、目の前の彼女こそ、普段見せない側面を有していることが判明しているのだ。


 あれも最近のことだ。桜川とボランティア活動に勤しんでいたある日の夕方。着ぐるみをまとった俺たちに飛び掛かってきた少女は、紛れもなく花室冬歌だった。

 幼い少女のような、元気盛んな彼女という彼女を、しかし俺たちは至極当然のごとく、知らなかった。


 もっとも、俺たちが花室のその一面を知っている事実を、花室自身は知覚していないのだが。


 であれば、桜川にもあるはずなのだ。冷たく凛とした花室冬歌が暖かく柔和な笑顔を併せ持つように、あの超女子高生にも、意外な一面が。

 知られざる一面が、裏の顔が。

 本音が。



「桜川ひたちの本性が知りたいというわけではないの。私が欲しているのはあくまであの女の弱み――内的要素でなくともいいのよ」


 内的でない――即ち、外部から干渉しうる弱み。

 花室が言いたいのは、たぶんこういうことだ。つまりは第三者の存在。分かりやすく言えば恋人とかな。恋愛関係で弱みに付け込むってのは、こう殺伐とした乏し合いでなくても、一般的な学生間でだってよくあることだ。

 ま、桜川に限って恋バナなんて通用するはずもないんだけど。


「いっそ恋人か兄弟でもいれば人質に使えたのに……」

「なんですぐ悪役(ヒール)的思考になる⁉」

 物理的危害は加えない約束だったろ。


「までも、たしかにあいつ、一人で帰ってたな。最初にいた特進のやつらも、たまたま一緒になったっぽいし」

 道すがら知人に話しかけられるところは何度か目撃したけど、あっさり別れてすぐまた一人で歩き出していた。

 そして、最後に確認したカラオケ。

 特に意味はないのかもしれない。考えすぎかもしれないけど。でも、なんか引っかかる。



「…………なあ、花室」

 ふと、脳裏をよぎった。


「一つ、頼まれてくれないか」

「なにかしら。あまねの要求など、碌なものでないようで乗り気ではないのだけれど」

「俺への信頼ひっくいな」

 こんだけ付き合ってやったのに、恩知らずなやつだぜ。


「そんなこと言わず、首を縦に振ってくれ。お前に振り回されてやったんだから、これくらいはいいだろ?」

「内容次第ね」

「そう気構えるな。桜川のことだ」

「そう。なら、話を聞くくらいならしてあげてもいいわ」


 意外な一面。

 彼女と、彼女にあるはずの側面。

 そう確信づけた根拠はじつに簡単なものだ。


 なぜなら――俺にだって、あるのだから。

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