【4-2】 飯田の告白大作戦〈承〉
PVにポイント、めっちゃ伸びてて嬉しいあまりです! この調子で頑張っちゃうぞお!?
なんだっていきなり。
飯田……花室に告白なんて、なに考えてやがんだ。
「あんなに急いで……どこにいったのかしら。お手洗い?」
「なわけねえだろ」
こいつはこいつでなに天然かましてんだ。ボケか、ボケなのか?
「早く戻ってきてくれるといいけれど」
淡と呟く花室は、なおも教科書と見つめ合い続ける。
まるで直前までそうしていたように、始めからそこでひとりに明け暮れていたように。
それを見て、俺は恐怖にも似た感情が自分の中で芽生えたのを感知した。
「戻るって……、お前それ、本気で言ってるわけじゃないよな」
「本気もなにもないでしょう。飯田くんのための勉強会なのだから、彼がいないと始まらないわ」
「そうじゃなくて。あいつ多分帰ったぞ」
「なぜ?」
俺の言うことが理解に及ばないというように、目の前の少女は教科書から顔を上げこちらを見つめてきた。
「当然だろ。あんだけボロクソ言われて正気でいられるか」
俺が説くが、おそらく花室に自覚はないのだろう。
相手を傷つけてしまうという配慮を、この少女はできないのだ。しないのではなく、知らない。相手の感情を、理解できない。
「あそこまで言う必要はなかったんじゃないのか」
「あれが私の本心で、事実よ。私は誰とも交際する気はないし、そんな意味のないことに時間を費やすのは愚かな選択というだけ」
「意味ないって、お前」
「向こうがどれだけ私に近づいてこようと、私はそれらを全て拒絶するわ。報われることがないと確定していることに意識を割いていても、意味がない」
そこに感情など存在しないように、他意などない様子で述べる。
その空間に他者が寄り付くことを裁可しない。高原に咲く花。あるいは、櫻。
まさしく、高嶺の花。
ふと、意識が俺に切り替わった。
「それを言うなら、あなただって似たようなものでしょう。飯田くんと私の関係性を取り持つよう、裏で動いていたわね?」
う。
バレていやがった。いや、こいつに勘付かれないという確証はなかった。むしろ警戒しておくべきだったのだ。花室は恋愛沙汰に興味がないだろうから、その手の感は鋭くないと勝手に決め込んでいた俺の落ち度だ。
「そしてあなたは同時にこう思っていたはず。『上手くいくはずはない』と……それでも最低限の手伝いを彼にしていた。それはなぜ?」
椅子に座ったまま、なにを考えているのか解らない眼でこちらを見据える。
黙ったままではいさせてくれなさそうだ。
知らぬ存ぜぬは通じないだろう。ここは正直に答えるほかない。
「俺だって止めた。飯田は思った以上にお前のことが好きらしいぞ」
好き。自分に向けられるその感情に、高校生ならば感情の揺らぎを多少なりとも見せるはずだが、花室は依然として俺の返答に食って掛かる。
「だったらもっと強く止めるか、いっそのこと聞く耳なんて持たずに関与しなければよかったでしょう」
それはできない。
もとより廻戸先生から課せられた命だ。知らん振りなんてのは俺にできない。
「最初に否定することなく、叶うはずのない希望を与えた。……あなたの方が、よほど残酷だと思うけれど」
「ま、否定はしねえよ」
肩をすくめて答えた俺に、鋭い視線に乗って言葉が飛んできた。
「そういうの、面倒だからやめてもらえないかしら」
「……それを決めるのは俺の裁量じゃねえ」
俺は視線をそらすように、図書室の扉を見やった。大きく解放された部屋には、放課後の喧騒が吹き込んでくる。
飯田は走り去っていったきり、戻ってくる気配はない。
「そういうことなら、今日の勉強会は中断ね」
「そうだな。当の飯田がいなくなっちゃ、仕方ねえだろ」
このまま飯田が戻ってくることはあきらめ、それぞれ帰路につく準備に取り掛かる。
「そんなことより、あまね」
ひとしきり話題が終わったところで、花室が俺に向きなおる。瞳の奥にはわずかばかりの疑念の色が浮かんでいた。
「あまねは、どうしてあの女と敵対しているのかしら」
「あ? あー……」
その言葉が指すのは言わずもがな、桜川ひたちだ。
どういうわけか、花室が嫌悪しているヒロイン。彼女との関係性については、むしろ俺の方から花室に問いたい所ではあるが。
「なんで今さらそんなこと聞くんだ」
今は関係ないだろうと、俺の訴えるような声色を察して花室は「関係がないとは言い切れないわ」と答えた。
「この数日、あなたを見る機会が多くなった。あなたと、あなたたちと同じ空間にいる時間が多かった」
淡と問い返した俺の言葉に、相も変わらず芯の通った声で答える花室。
「その時間で、あなたの行動原理を観察していて疑問が浮かんだ、から」
しかし、肝である具体的な内容は伏せるようだ。
行動原理を観察か。さらっと怖いことを言ってのけるが、こいつなら常人離れした技術を振るっていてもなんら不自然ではない。
「そんなに見つめられると照れるな。なに、俺のこと好きなの?」
「そんなことは微塵もないわ。いいから、私の問いに答えて頂戴」
「すみません」
うん。やっぱり怖い。言動のことごとくが怖い。
視線だけで促されるように見つめられて、渋々ながら口を開く。
俺は説明した。自分が置かれている現状。廻戸先生と、桜川のことも。
特に口止めされているわけではないが、自然と他人に口外するのは避けていた関係性。
それでも花室なら大丈夫。そう思って正直に話したのだが、彼女は納得していないご様子。
「俺から言えることはこれくらいなんだが。なんか足りないか?」
「いいえ。理解はしたわ。けれど、納得できない」
「なにが」
「私の問いへの答えになっていないわ。それがどうして、あの女と敵対する理由になるのかしら」
どうやら花室はそこが気になるらしい。
敵対することは結果だ。ならばどうしてそうなったのか、動機を、自分を納得させる理由を彼女は求めているのだ。
「どうしてって、言ったろ。ただいけ好かないって、それだけだ」
「ただいけ好かないだけじゃ、あなたはここまで動かないのではないかしら」
そう言われてもな。それ以外にこいつを説得できる理由がないからどうしようもない。そもそも当人ですら、明確な言葉にできないのだから。
「さっきも言ったろ。廻戸先生に頼まれてやってることだ。だから敵対ってよりは、競うってのが正しいかもな」
競争相手には足りない器だが。
「だけど俺個人はあいつのことは気に入らないからな。ほんとうに、いけ好かないってだけなんだ」
「そう。ならいいわ」
納得したのか否かわからぬまま、花室は結論を飲み込んだ。
「私から一つ、頼みたいことがあるのだけれど」
「んだよ、無茶な命令はよしてくれよ」
続けざまに目まぐるしいやつだ。今度はなにを要求してくるのやら。
しかし発せられた内容は、やはりというか、予想だにしないものだった。
「私を旧生徒会室に案内してくれないかしら」
「は?」
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