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【4-1】 飯田の告白大作戦〈承〉

【Ⅳ National Emblem】



 五月十二日。桜川(さくらがわ)飯田(いいだ)とのデート練習から一晩明け、やってきた月曜日。


 今日も今日とて、俺と飯田、そして花室(はなむろ)冬歌(ふゆか)を加えた三人は図書館で勉強会をすることになっている。


 先週までは互いに打ち解け切れていない俺たちだったが、今回は違うと信じたい。癪だが、あの桜川直々に女子との関わり方を伝授してもらったのだ。是非とも活かしたい所ではある。


 いつものように気だるい授業を六限まで終えると、もはや形だけとなっているHR(ホームルーム)を聞き流し、やがて俺たちは放課となる。


 さしもの海南(うみなみ)といえど、テスト週間に差し掛かる今日からは部活動もオフになっているため、サッカー部の飯田も気兼ねなく勉強に集中できる。

 とはいっても、別のことに気を取られてしまわないかは心配ではあるが。



「よ、飯田」

「あっ、天川(あまかわ)。そっちも終わったのか?」

「ああ。図書館に行こうとしてたところだ。一緒に行こうぜ」

 放課後。俺と飯田は教室の前で落ち合って、勉強会の会場に向かった。



「こんにちは」


 すでに図書館には花室がおり、同じテーブルに荷物を下ろして腰かけた。


 第二回、定期テスト対策講座の開催である。


 中間テストもそうだが、飯田はもう一つ、試験を抱えていることを忘れてはいけない。

 この前桜川から学んだ会話術を披露するときが来たのだ。

 アイコンタクトを送る俺に、自信ありげなウインクで返す飯田。おお、これは期待できるぞ。


 さあ、練習の成果を見せてやれ!



「なんだか今日、暑いね! 花室さん」

「今日の最高気温、五月では類を見ないくらい低いのだけれど。むしろ寒いわ」

「え? あ、そうだったね!」


 そのまますぎんだろおお‼

 なんでメモに書いたことそのまま読み起こしてんだ。授業資料まるまる書いて逆にカンニングバレるみたいなもんだぞ。


 飯田にもやらかした自覚はあるようで、冷や汗をかきながらこちらに目配せしてきた。ふざけんな俺に押し付けんじゃねえ。


 いや待て。今ならまだ取り返しがつく。

 多少違和感は残るが、なんちゃってボケでしたと言って先の失言をなかったことにできる。


「飯田、中途半端にボケられても反応できないだろ」

「そ、そうか! やっぱり伝わりにくいよな!」

「なぜいきなり冗談を……」


 多少怪訝な様子は見えるが、たぶんギリ乗り越えたんじゃなかろうか。

 ほら、もう一度チャンスを与えたんだ。

 今度は上手くいってくれよ……。



「そういえば花室さんって、どの辺に住んでるの?」



 対戦ありがとうございました。

 ちーん。完全に詰んだ。通報逮捕敗訴投獄ルートまったなしだこれ。


 話が飛躍しすぎだろ。その話題は前提が成り立ってないことに気づけよ。突拍子もなく女子に住所聞いてくる男とか不審者以外の何物でもない。

 ほら、花室の目を見ろよ。眼力だけで人殺せんじゃねえのってくらい冷え切った目してる。


「っ冗談もその辺にしとけよ。ほら、勉強始めんぞ」

「…………はい」


 飯田はしゅんとうなだれる。

 その後の勉強会の様子はというと、スタートダッシュをミスった飯田がずっと身が入らない様子で、花室はやがて違和感を覚えるようになっていた。



「……どうも上の空といった様子だけれど、どこか調子でも悪いのかしら?」

 花室は飯田の様子の変化に気付いたようで、珍しく飯田を気遣う言葉を投げかける。

 まあそりゃそうだろ。他でもないお前に緊張してるんだから。


「ご、ごめん。大丈夫だよ」

「そう。なら続けるわね」

 しかし、どうも調子が乗らない飯田はいつもより間違いが目立つ。


「そこ、公式が違うわ。さっきと同じミスよ」

「あ、本当だ。ごめん」

「……本当に、大丈夫? 体調が悪いなら無理しなくてもいいのよ」

「違うんだ。その……」


 なにかを言おうとして言い淀む。

 その様子を俺たち二人は黙って見ている。


 嫌な感じだ。


 次の瞬間、飯田がなにか取り返しのつかないことをしてしまいそうで、その違和感に身構える。



「いや。ここで言わなきゃダメだ……」


 はたして意を決したように勢いよく、椅子から立ち上がった。

 否。ように、ではない。飯田は覚悟を決めたのだ。喉の先まで出かかっていた言葉を、感情を、思いの丈をありのままぶつける決心をしたのだと思う。


 だが俺がそのことに気付いたのは、数瞬遅れてのことで。


「花室さん、聞いてくれ!」

「おい……、」

 花室からの視線を浴びる中。俺の制止が届くより早く、飯田は彼女に向け、言の葉を紡いだ。



「俺、花室さんのことが好きだ!」



「……っ」

 なんということだ。なんという、タイミングで……。

 ただ唖然とする俺と、言葉を発しない花室。

 三者を囲う空気が広がるように、誰もいない図書室じゅうに、大きな沈黙が広がっていった。


「――――」

 花室からなにかが発せられることはない。

 その沈黙に飯田も耐えかねたのか、補足するように言葉を重ねる。


「ずっと前から、授業で一緒になるたびに、花室さんのことが気になってたんだ。俺なんかに寄り添ってくれて……テストだって、こんな風に面倒見てくれて。それに顔だってきれいだし! スタイルいいし優しいし、とにかくいろんなところが好きなんだ!」


 これは勘違いでは済まされない。聞き間違いで片付けられない。


 告白。

 告白だ。その旨を明言してしまった以上、もう後戻りはできない。

 飯田は恐る恐る花室の返答を待っている。


「……その好きというのは、要するに恋愛感情という意味で捉えればいいのかしら」

「う、うん! だから花室さんさえよければ……その、俺と付き合ってくれないかな?」

「……そう」


 飯田に一瞥やると、花室は小さな口を開けて言う。

「ごめんなさい。私にはその気はないわ」

「……ぁ」


 飯田の口から発せられたのは、その小さな一音だけだ。

 喉の奥で、言葉にならない感情がつっかえている。


「今はそんな話をしている場合ではないでしょう? 浮ついたことをしている暇があったら英単語の一つでも覚えてくれないかしら」

「――っ!」


 突きつけられた無情な言葉。

 必死の告白を、決死の勇気を、かくもあっさりと打ち捨てられ。

 そして彼女の凍りついた無表情。


 鬼気迫った表情で、飯田は何も発さず図書館を出て行ってしまった。

 せわしい足音が消え、残ったのは俺と花室の二人。



 自習室には、その部屋にふさわしい静寂が漂っていた。

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