【3-5】 デートのいろは
はじめましての方も、そうでない方もこんにちは! 楽しんでいってください!
映画鑑賞を終え、余韻に浸るまま俺たちは、桜川の意向に沿って建物内にあるスタバに足を運んだ。
そんなこんなで、俺たち三人は昼下がりのコーヒーブレイク。
ちょっと前から流れている「高校生男子はスタバで注文できない」みたいな風潮を危惧していたのだが、存外そんなことはなかった。
その危惧は自分にではない。俺は一人で散歩がてらにカフェでくつろぐなんてことをたまにやるので、スタバの注文如きに苦戦するなんてことはない。
飯田だ。これまでの流れなら飲み物一つ頼むのに桜川の教示が必要なのかと思ったけど、俺の後に続くように普通に注文してた。冴えない男子の育てかたにオシャレカフェ注文のいろはは必要ないらしい。
というか、昨今の若者おろかそれなりの年配者ですらまともに注文はできる。飯田も始めて来る、というわけではないのでさすがに勝手は分かるようだ。
それぞれのドリンクを受け取り、ちょうど空いていた共用のテーブルに腰かける。
桜川は期間限定のメロン風味のラテをちゅーちゅー吸っている。てっきりインスタ用の写真だけ撮ってゴミ箱にぶん投げんのかと思ったけど、スマホを持つことなくうまそうに飲んでた。
満足そうな桜川を見て微笑ましくなるのと同時に、やっぱりおかしい点を指摘せずにいられないので、彼女がカップを置くのを待って切り出した、
「なあ桜川。お前、当初の目的を忘れてはいないか?」
「…………そんなわけないでしょー! ちゃんと覚えてるよ」
こいつ。
飯田に異性との関り方を教えるっていう目的をすっかり忘れていやがる。
「目的ってなんだ?」
隣から飯田も入ってくる。なんでてめえも忘れてんだよ。
「俺たちの、つーか厳密にはお前らの今日の目的は、飯田に女の子との関わり方を教えることだろうが。桜川おまえ、途中から自分の買い物になってたよな」
「そんなことないもーん」
俺が問い詰めると桜川は視線を逸らす。意外にも口笛が吹けないらいらしく、ぷるんとした唇を尖らせて空ぶかししてる。
「ぬかせ。お前が見たい店回ってただけじゃねえか。恋愛のアドバイスなんざちっともしてなかったろ」
「ぐぅ」
ぐうの音が先んじて出ることある?
「確かにそうだった! で、どうなんだ桜川さん? 俺の恋愛偏差値は、花室さんに通用すると思うかな?」
飯田は楽しそうに訊いた。身を乗り出して前のめりになっている。その勢いに現れているように、どうやら相当の自信があるらしい。
「随分楽しそうだな」
「いやあ、自分でも手ごたえがあるからな。行ける気がしてきたよ!」
「無理よ」
その冷徹な一言は、あまりに透き通っていて、まるで空耳とでも言えるような声色で発せられた。
「桜川………」
違和感に桜川を見ると、その無表情が現実を突きつけてきた。
「思い上がりも甚だしいわ。そんな様で女の子を攻略できると思ったら大間違い」
「え…………」
「空気の読めない自己主張。自分をアピールしたいがために話の腰を折って割り込んでくる。協調性のない態度。あと食べ方が汚い! それに歩くの早いし! 話術どころじゃない。他人に対する姿勢が決定的に欠如してるわ」
はっきりと、淡々と問題点を連ねていく。
それは今日一日を通しての総括。俺でも感じた点を、桜川が見過ごすはずもなかった。
桜川はただ遊んでいるだけじゃなかった。全部見通して、無情にもそれらを述べている。
にしても、言い過ぎじゃね? もはや人格否定じゃねえか。
「人間性を否定するつもりはないけど、こと恋愛においては最悪。他人を気遣わない、優柔不断で決断力がない。なにもかもはっきりせず自信を感じない。そんな弱々しい人間に、恋に落ちる人がいると思う?」
おいおい。あんま修羅場っぽい演出はやめてくれよ。周りの視線が痛々しくてこっぱずかしいっつーの。
言い過ぎといえば言い過ぎだが、だが彼女に反論できる余地は飯田にはない。無論、俺も口を挟むつもりはない。
「……そうか。俺、やっぱり」
舞い上がっていた飯田は一転して気落ちした様子を見せる。
俺は、なにも言えない。桜川の言うことを否定することはできないし、しない。下手に飯田を慰めることもしない。ただ静かに桜川を見た。
わずかな沈黙を経て、やがて彼女は、破顔した。
次に聞こえてきたのは柔らかい、音なのに暖かさを孕む声だった。
「だから、わたしが教えてあげる」
にこっと微笑んだ。
こうして見ると天使のようで、ヒロインと呼んでも差し支えない表情だ。
「桜川さん……」
「お説教はこれでおしまい。これから晃成くんに、恋愛のノウハウを伝授するわ」
「は、はい! お願いします!」
飯田は安堵の表情を浮かべた。
良かったな。せいぜいしごかれてこい。
「ぶっちゃけ特技とか趣味とかの前に、女の子攻略には大事な心構えがあるの。それは話の組み立て方。会話を作る力よ」
「それ即ち?」
「女の子の心を掴む、話し方。後出しで相手に合わせる」
そんなものでいいのか。
「それこそ映画とかは広げやすいしね。誰にでも通じる話題を用意して、そこから会話の中で新しい話題を作るといいんだよ。一つの話から広がっていくと、体感では質の高い時間を過ごしたって思いがちなの。相手の好きな分野が分かってると話は早いんだけど、確実なのはわたしみたいに全ジャンル網羅しておくことかな」
「なるほど……。でも俺、桜川さんみたいに色々覚えるのは苦手なんだよな」
「安心して。ここまでならずとも、誰でも作れる話題はあるから。ベタだけど、天気とか」
「きょうび天気で会話が弾むか?」
さすがにそんなテーマじゃ会話のキャッチボールなんか成立しないだろ。
A:「今日晴れてますね」
B:「そうですね」
A:「洗濯物がよく乾きそうです」
ほらね。一ラリー半しか続かない。なんならBさん投げ返せてないからな。
しかし桜川は自信ありげに首を横に振る。
「もっと弾むよ。周と昴に例えてやってみると……今日暑いね→家ではもうクーラー使ってるよ→昴はどう? ここの時点で頭の中では昴の部屋の中にいるんだから、そこから、昴の家の地区を聞く→近くでパっと浮かぶ飲食店を持ってきて食べ物の話に移ることもできるってわけ!」
「ほう?」
「それで昴は話の流れをこう持って行くの。『うちに来るか?』」
「ほう」
「その言葉の真意を察した周は顔を赤らめながらこう返す。『……いいのか?』」
「What?」
流れ変わったな。つかなんで俺と滝田に置き換えた。
「放課後。誘われてやってきた昴の家に着くや否や、周の身体は自分よりも大きな影に押し倒されていた。その日はいつになく季節外れの猛暑だった――気温のせいか、昴の脳は正常な機能を失っていた。目の前の少年の、ずっと近くで見てきた周の唇に、自分の唇を重ねる。口の中を確かめるように優しく、貪り荒らすように乱暴に舐め回す」
「おいちょっと待て。天気の話題からなんで俺と滝田のむさくるしい情事が展開されているんだ」
なにを言い出すかと思えば、いつから俺と滝田はそんなナマモノ対象になったんだよ。
俺のつっこみなどシャットアウトしてしまったように、桜川は目尻と口角を吊り上げ「うへへ……」とだらしない声を漏らしている。
そしてその姿に、俺は何度目かの驚愕を受けてしまうのだ。
なんてこった。――こいつ、BL脳まで持ち合わせているのかよ。
なんなら桜川史上一番の衝撃的事実かもしれない。マジで誰だよコイツのことヒロインとか言い出したやつ、ただのトンデモ属性闇鍋じゃねえか。
「二人の身体を蝕むのは流れる汗と絡み合う密液。周の×××は熱く×××――初夏の暑さと、重ねた互いの体温を感じながら、周たちはついに禁断の一線を越えるのよ。×××を×××られながら、周は弱々しく喘ぐ。昴が×××になった×××を×××の×××に×××――。二人の関係性は、照り付ける陽炎に溶けて消えていく……」
「さ、参考になります!」
「ならねえよ!」
飯田は必死にスマホのメモに教えを書き込んでいる。
「書くな!」
飯田も飯田でなにバカ正直に一言一句メモしてやがんだ。
「てめえ桜川! 飯田になんつーこと吹き込んでんだ! つか公共の場でなんつーこと言ってんだ! そんでなんで俺が受け⁉」
俺の怒涛の詰問に桜川は鬱陶しそうな表情を浮かべた。なんでそんな顔できんだよお前……。
「勘違いしないで。女子の友達で意外とこういうのが好きなコ多いの。嫌でも聞かされ続ければ勝手が身に着くわ」
なんだよその言い訳。や、まあこいつの普段の様子からすりゃあ、筋が通らないわけでもないか。
『ヒロイン』としての桜川ひたちの在り方は、どんなサブカルチャーにも精通しているような、まさしく万人受けに特化したような人物だ。なんせ放課後に学校でネトゲやってるくらいだもんな、判断材料としてはかなり大きい。
それはそれとして、さっきのだらしない顔はどうあがいても説明つかねえだろ。
「とにかく! こういう風に、想像力次第で話なんていくらでも拡げられるんだから、自分のもつ話題の手札を存分に切ていくこと! かつ相手との共通点を大袈裟なくらいアピールして、女の子を持ち上げるの。どんな子でもそうされて悪い気はしないわ」
文才と想像力ってか? だとしても俺と滝田をする必要ねえだろ。いやそもそもBLを題材にするんじゃねえよ。
確かに優れた(?)技術だが、はたして飯田がこの会話術を使いこなせるのか。桜川の並外れたコミュ
ニケーション能力のなせる技ではないだろうか、少々不安な所ではある。
それもこれも俺たちの頑張りと、あとは飯田次第。先が思いやられる………。いやマジで、色んな意味で。
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