【3-7】 着ぐるみグルーミー
おいおいマジかよ。
これがあの清楚系優等生の花室冬歌だって? うすうす思ってはいたが、こいつ意外とかわいいもの好きだったりするのか。
しかし、今はそんなことを気にかけている場合ではない。なにはともあれ、これで俺は花室の注目から逃れることができた。
今のうちにそそくさと退散するぞ……、
「あー! いくなフックン!」
「ぼくこれきにいった! 『おもちかえり』する!」
「ぐぇ!」
そうはいかないようだ。どうもこの姿の俺はモテモテらしい。
だあっ、こんな時に限って、鬱陶しい! 男に抱きつかれてもなんも嬉しくねえんだよ! なにすんだクソガキ、ちょ、離せ!
振り回されて、足元がおぼつかない。
しがみつく子どもを振り払おうと体を旋回させたとき、振り上げた足首が予期していない場所へと着地した。
「いっ! ……だあっ」
慣れない格好で無理な動きをしたのだ。体がついてこれるはずもない。
足を踏み外した図体のデカい着ぐるみは、勢いのままに尻餅をつき、そして全身で倒れ込んだ。
それにより、衝撃で被っていた頭と胴体のパーツが分離。
生首が地に転がり、中からはくすんだ焦茶色の髪の男が出てきたら、その場の誰もが言葉を失うことだろう。
時が止まったような感覚に見舞われた。
「えーっ…………と」
幸い、花室は桜川に夢中である。
ほっと息をつく間もなく、慌てて頭を拾い上げ装着した。
なにもなかったかのように立ち上がる。そして。
全力疾走。
「ああっ! 待って!」
「ちょ、周! わたしを置いて逃げんなあっ!」
ついてくる子供たちを振り払い、がむしゃらに走る。
なぜか桜川も俺の後を追ってきて、二人してスタッフルームに駆け込んだ。
「はあ……はっ……」
「まさかガキンチョにあんな体力があるとはな……」
ちょこっと走っただけで息が上がるとは。運動不足もあるが、この着ぐるみ、あっちいな……。
職務を放棄して逃げ込んだ俺たちだが、ちょうど切り上げ時だったようで、スタッフのお兄さんから差し入れの飲み物を手渡された。
椅子に腰かけ、くい、と缶コーヒーをあおる。
疲れた……。今すぐ報酬を受け取って帰りたい。
なにげなく横を見ると、隣の桜川はなにやら一人で苦悩していた。
お茶の缶を強く握りながらぶつぶつ言っている。なんだ、なにがあった。
「……ない」
「なんだって?」
「ありえない!」
かと思えば、大きな声で叫びだした。今度はいきなり顔を上げたもんだから、気を呑まれてしまった。
「花室冬歌! それにあの子どもたち、どうしてわたしという魅力的な存在を前にして別の着ぐるみに抱きつくわけ⁉」
ええ……。
思わず素で引いてしまった。一回り歳の違う子どもを相手して、マスコットキャラに嫉妬する高校二年生がここにいる。信じられるか、これ、学校ではヒロインとか呼ばれてるんだぜ。
桜川はひとしきり喚いたのち、疲れ果ててパイプ椅子にぐったりと座りこんでしまった。
「ヒロインのわたしを差し置いてなんで周が……」
「あいつがデレてたのは俺じゃなくて船長だけどな」
どんだけ俺のこと低く見積もってんだよ。不用意に俺を傷つけるんじゃない。
しかし、この様は見ていてなんだかおもしろい。こんなになってる桜川を見るのは初めてだしな。
飯田の意識を煽ることに成功し、桜川の意外な弱点(?)を知ることができた。俺の目的もこれでいちおうは達成……ってことでいいのか?
まあいいか。細かいことは気にすんな。帰ってゆっくり休もう。
その夜、駅構内を全力疾走する着ぐるみの動画がバズりまくってて、部屋でひとり頭を抱えた。