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【3-4】 デートのいろは

 

「そろそろお昼かー。なにか食べよっか」


 店を出ると、ちょうどいい感じに腹が減ってきた。

 提案したのは桜川(さくらがわ)だ。どうやらお眼鏡にかなうものは見つからなかったようで、手には何も握られていない。


 映画が始まるまで一時間とちょっとある。あくまでデートプランを練りに来たわけではないので、三人とも特に気にすることなく昼食をとる方針が決まった。



「二人とも、食いたいもんある?」

「俺はなんでもいいぞ!」


 同じく手ぶらの飯田(いいだ)が、俺の問いに真っ先に反応する。

 桜川も特に特に希望は無かったのか、近くにあったフロアマップを見渡し、ちょうどいい感じの所をセレクトしてくれた。


「こことかいいいんじゃない?」

「イタリアンか。たまにはアリだな」


 桜川が指したのは、なんかオシャンな雰囲気のパスタ専門店。肉とかガッツリ食えるほどではなかったので、俺的には賛成だ。

 が、唯一飯田は渋い反応を見せていた。


「パスタか……」

「どうした飯田。もしかして苦手だった?」

「苦手じゃない、でも、隣のステーキとかうまそうじゃないか?」

「隣の? たしかに良さげだけど、、俺そんな腹減ってねえんだよな」

「わたしもそんなには入らないかな」


 いきなりのことで、俺も桜川も遠慮がちに答えた。


 まあ飯田はけっこう食うイメージあるからな。パスタは低GI食品のため糖質制限しながら体づくりするのに適している。ダイエットにもぜひ取り入れてみてほしい……ってそんなことは今はどうでもいい。



 おいおい、今のはマイナスポイントなんじゃないか?


 素直なのは悪いことじゃないが、こと人とのコミュニケーションにおいては地雷となりかねない。自分よがりな発言をしてしまうと周囲の空気を乱してしまうし。


「あれだったら、そっちにする?」

「いいんだ! 二人がパスタ食べるなら俺も合わせる!」

 慌てて弁解しようとする飯田。


「なに今の時間ー」


 さすがは桜川だ。冗談を織り交ぜつつ飯田を下げないように立ち回った。

 普通だったら場の空気が気まずくなるところだが、持ち前の会話力で話の主導権を握り、上手くコントロールした。



「そうと決まれば、ほら。いこっ!」


 俺と飯田、脇に挟んだ二人の腕ががしっと掴まれる。

 ちょ、引っぱるな。恥ずかしいっての。

 俺の反応などつゆ知らず、といったところか。


 こいつの言動にいちいち反応していたら、それこそキリがない。意識することそれ自体が桜川の思うツボだ。


 こういう恥ずかしいことを惜しげもなく、あざとい振舞いを堂々とできる女なのだこいつは。

 そして男子という生き物は、こういうことを行える女性に図らずも好意を抱いてしまうのだ。


 自分にだけ特別感をもたらされるとコロッと落ちる。これは男女逆の立場でも起こり得るが、男の場合はそれが顕著なのである。


『この子、俺にだけ距離近くない?』

『この子、俺の前でだけ印象違くない?』


 こんなのは嘘だ。偽りの表面でしかない。

 お前だけじゃない、お前にも距離が近いだけというのを努努(ゆめゆめ)忘れるな。


 誰かにだけ優しい女なんて存在しない。誰か一人にだけ優しい女の子はきっと誰にでも優しくて特別だ。


 ただし、後者はまた別だ。例外がいる。そう、桜川(コイツ)です。

 俺の前でだけ印象違うマジで。俺にだけ優しくない。この場合ってどうすればいいんですか? ベストアンサーには百コインあげます。



 薄々と、内心で分かってしまっていても、その魅力の前に逆らえない。優しい女の子にときめいてしまう。


 もっとも冷静に思い立ってみれば、ときめきなんて微塵も起こらないが。



 *



「んで、満を持して映画ってとこか」

「ちょうどいい時間だしね。さすがわたし」


 実際は、時間つぶしに入ったペットショップで、ケージ越しにこちらを見つめるちっこい子犬たちに目を奪われてギリギリまでガラスにへばりついてたんだけどな。俺たちが切り上げなきゃ永遠にあそこから動かなかったぞ、こいつ。



 にしても、今日のこいつはすげえ自由奔放だ。


 や、そこまで言うほど普段のこいつを知らないし、関わってないんだけど。

 知ってる姿を照らし合わせても、特段違和感がある、というわけでもない。こいつは別に、学校でも楽しそうに騒いでいるときはある。


 思えばプライベートの桜川ひたちを見るのは初めてだ。こいつ、外ではこんな風にはしゃぐのかな。

 それとも、いつものようにみんなの憧れる天使のような柔らかい笑みを振る舞うのか。――あるいは、今こうしている姿すらも偽物なのか。


 真相は分からない。

 暗い黒い、箱の中だ。

 暗い匣の中で、一つの大きなスクリーンが明るく光った。


 刺激に一瞬瞼を細めるが、眼を凝らしていくうちにその光にも慣れてきた。

 もうすぐ映画が始まる。隣の彼女の表情は闇に隠れて覗けない。


 そこから先のことは、考えなかった。

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