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それでもウチのヒロインが最強すぎる  作者: 天海 汰地
1章『Symphony No.Blue in C minor』
2/10

【1-2 Frühlingsstimmen】

ヒロイン出ますよ!

 午後二時十分。


 昼休み明けの五限。淡々とした授業風景の中で、睡魔と戦うことを放棄し机に突っ伏して授業終わりのチャイムを待つ。

 終鈴が鳴り終わると、一時間ぶりの喧騒が教室によみがえった。


 私立海南(うみなみ)高等学校。


 網目状に入り組んだ国道沿いに位置する正門を抜けた先にある、そこそこの敷地面積を持つ高校。横に長い本校舎から伸びる渡り廊下が、体育館と武道場を備えた武道館とを繋いでいる。

 本校舎に並行してそびえる建物が、現在俺がその一室の鍵を握る旧校舎だ。


 二つの建物に囲まれるようにして、グラウンドと野球場、テニスコートがひろがる、取り立てて珍しい特徴のないようなこの高校には、しかし、存在するのである。

 

 それは海南に限った話ではないが。魅力なぞ微塵も感じない、学校、というよりは学生間に存在する集団意識のようなもの。

 皮肉にも、青春という若人たちの世界を着飾るには適しているような……、



「天川。おっきろっ」


 ああ? なんだよ、人が物思いに耽っているときに。

 不意に声をかけられて反射的に肩を上げてしまった。その両肩を揺すられ、不機嫌ながらも仕方なく顔を上げる。

 しょぼしょぼする目を開け、かすむ視界に入ってきたのは一つの人影だ。


「……滝田(たきた)

 滝田(すばる)。俺と同じ二年五組の生徒で、よくつるむ友人が眼前に立っていた。脇には教科書と筆記用具が抱えられている。


「人が気持ちよさそうに寝ている所を邪魔するとはな」

「そんなお前を起こしに来たんだよ。次、現国だろ? 早めに行って席とっとこうぜ」

「ああ。ちと待ってくれ」

 言われて、ごそごそと机を探る。


 うちの高校はいわゆる単位制を採用している。

 一般的な学年生の授業とは異なり、ある程度とはいえ自分で履修教科を組むため、同じクラスでも一緒に授業を受けることが少なくなる場合がある。ゆえに、他クラス間での交流が増えることもあるのだ。


 通常ならば他クラスの生徒と密接に関わることは少ないが、多感な思春期を生きる高校生にこの制度が作用し、学年全体で近い認識を得ることがある。


 そして、こういう事象が起こり得る。



「なんか、廊下が騒がしくないか」

 教室の外がやけに賑やかだ。

 ざわつき、とでもいうべきか。


「あー。一応、見ておくか?」

 そう言って扉へ走る滝田。それを見る俺も、滝田自身も、なんだかんだ気づいている。

 この喧騒を巻き起こせる人物に、心当たりがある。というか、一人しか心当たりがない。

 振り返った滝田が、やれやれと肩をすくめる。


「なんだった?」

「天川の予想通りだよ。しっかしいつ見てもすごいな、『ヒロイン』は」

 滝田が席に着くや否や、廊下のざわめきが教室内にも伝染した。


「おい、来たぞ!」「我らがヒロイン、今日も美しい……」

「どこだ! おいどけ、今日こそ話しかけてやるんだ!」「いってーな、邪魔すんな!」

「いいや俺だ! お前らはひっこんでろ!」


 扉を出ようとする者、それを押さえつける者。窓に顔を擦り付けて熱烈な視線を送る者。クラスの男子たちがめいめいにその存在に釘付けになる。

 その光景に見かねて、滝田が愚かな野郎どもに釘を刺した。


「無駄だぞおまえらー。意味もなく傷を負うのはやめなさい。避けられる事故だぞこれは」

「なんだと滝田!」「今行かずしていつ行くというんだ!」

 噛みつきかねない剣幕で迫る男連中に対し、滝田は涼しい表情だ。


「だって、見てみろよ、あの姿を」


 言われるがままヒロインと呼ばれる人物に視線を戻すクラスメイト達。

 その後光から溢れ出るオーラを視認して、彼らはその気迫に圧倒されてのけぞってしまう。


「だが、俺は引かねえぞ! 絶対に、ぜったいに桜川(さくらがわ)さんを……」

「俺のモノにしたい、んだけど……」

「「「……無理だよなぁああ~」」」


 最初こそ抵抗を見せた男子連中だが、だんだんと威勢を失い始め、ついには一人残らず縮こまってしまった。

 その光景をちらと見やり、騒ぎの中心に立つ人物を視認する。

 やはりというべきか、彼女はそこに君臨していた。



 桜川ひたち。


 海南に通う、高校二年生の少女の名である。

 一生徒でありながら、その存在感は計り知れない。

 数いる学園の有名人をはるかに凌駕する知名度。学内関係者なら誰もが知る、誰もがその容姿に見惚れたに違いない。


 肩まで伸びた亜麻色の髪と、引き締まった顔立ちは子供らしい愛くるしさと上品な大人っぽさが上手く調和されていて、万人受けするようなスタイルの良さを併せ持つ、魅力的な姿。

 その美貌もさることながら、彼女の真価は万能性にある。


 ペンを握れば、その優れた頭脳で数々の難問を容易く突破していく。県内有数の進学校であるうちでも成績は学内トップ、どころか全国規模で上位層に名を連ねている。


 運動神経に関しても秀でている。高校二年間において、彼女が体力テストで記録した数字は誰にも破られたことはないというのは有名な逸話だ。身体能力だけにとどまらず、あらゆるスポーツに精通しており、助っ人で招集された大会では必ずと言っていいほど優秀な成績を収めており、そのたびに各部活から勧誘が来るほどだとか。


 おまけに性格もいい。男女問わず、人種問わずすべての人間に対して友好的であり、教室の四角はおろか学年中のほとんどの生徒と親しくしている。


 頭脳明晰、スポーツ万能、おまけに人懐っこい。

 架空の美少女キャラ顔負けレベルの理想的な女性像から、『ヒロイン』が彼女を飾る通り名となっている。


 まあ、そんな話をしたところでなんだって言われれば、なんでもないんだが。

 俺なんかとは縁遠い存在なのは自明だ――謙遜でも嫌味でもなく、ただの事実だ。

 俺だけじゃない。入学当初こそ、宝とも呼べる彼女を狙って、数多の男が桜川に近づいたものだ。


 気持ちも分からなくはない。少しでも出遅れれば、またとないチャンスを逃してしまう。一時期は告白の行列ができるほどで、彼女が登校してくる前に教室の前で並ぶという習慣ができていたとか。真偽は不明だが、テントを張って待ち構えていた猛者もいるらしい。スマホの発売日じゃねえんだから……。


 ともあれ。数々の男子が桜川を手にしようとしたが、結果として誰一人、彼女の心を射止めた人間はいなかったのである。


 誰一人。百戦錬磨のイケメンも、サッカー部のエースも、バスケ部の高身長男子、華のある精鋭たちが仕掛けるも、全て玉砕。

 圧倒的な壁を見せつけられたのだ。当然、挑む者も少なくなっていく。これならウォールマリアとかの方が簡単に破れるだろう。


 そうして、桜川はみんなのものという考えが広まっていった。

 桜川ひたちは学校のヒロイン。みながそう理解しつつも、意識せずにはいられないのである。



「しっかし、相変わらずすげえ人気だな、ヒロインは」

 視線をお互いへと戻すと、滝田がそう切り出してきた。

「まあ、な」


 俺は聞き捨てるように頷く。

 実際、入学して二年経った今でも、廊下を歩くだけで盛り上がりを見せるほどだ。大した人気を博していると思う。


「ひたちちゃんって今、恋人とかいるんだっけか?」

「俺に色恋沙汰の話を振るんじゃない。そういうのはお前の方が詳しいだろ」

「っはは、そうだった。聞いた限りじゃいないと思うぜ。っつーか彼女、今まで一人もそういう話を聞いたことがないんだよな」

「ほーん。もったいねえな、選び放題だろうに」

「いや、これは逆にひたちちゃんを射止めれば賞賛されるまであるぞ。……自分、いっちゃっていいすか」

「さっきの自分の姿をお前に見せてえよ。……俺は止めねえけど」



 他愛もない会話を繰り広げていると、黒板の上部に備えられたスピーカーから電子的な鐘の音が鳴り響いた。

「やっべ、遅刻だ!」

「ったく、滝田の世迷言につき合わされたからこうなったんだ」

「俺のせいかよ。ともかく! ほら急ぐぞ、天川」

 右手に教科書、左手に筆記用具を握り、目的の教室へと駆け出していった。



 ある騒々しい昼下がりが幕を閉じた。

ヒロイン出たけど喋んなかったね!(天真爛漫な笑顔)

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