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それでもウチのヒロインが最強すぎる  作者: 天海 汰地
1章『Symphony:Blue in C minor』
19/94

【3-3】 デートのいろは

土曜日だーわーい。


 理解の及ばぬまま桜川(さくらがわ)の後を追い、やってきたのは三階の映画館。興味をそそられる別空間のような入り口の、壁に上映中の映画のポスターがどかどかと張り出されている。



「映画か。たしかにデートの定番って感じだな」

「そう。男女で出かけるならこれは外せないよねー」

 学生に好まれるデートプランの定番スポットで必ずと言っていいほど挙げられる場所だけど。


「だけどよ、映画って二時間座ってるだけだろ? これじゃなんも学べないんじゃねえのか」



 桜川が俺たちを呼んだ理由は、飯田(いいだ)に女子との関わり方を勉強させるためだ。

 もっとこう、トーク術とか、モテる振舞いとかを実戦形式で伝授してくれるもんかと思ってたんだけど。


「ちゃんと学ぶことはあるから! あ、わたし、これ見たかったんだよね」



 桜川が指をさしたのは恋愛映画だ。

 あーこれね。さえない主人公が数奇な運命をたどるヒロインと出逢っていろんな問題に巻き込まれていくうちに互いのことを意識し始めちゃう的なパターンのやつだこれ。なんだよ、ラノベとほぼ変わんねえじゃん。


 と思ったが、この映画も原作は文庫本だったな。似た設定が蔓延しているのは、読者の感情移入しやすい模範解答がデータとして明確に視覚化されるようになったからだ。


 インスタントに昨今の若者受けを狙った舞台装置としてありきたりな要素だ。ジャンルは違えど同じ創作物の世界、似通っていても不思議はないだろう。


 これは陽キャ女子高生とオタク君が手を取り合う瞬間が来るのもそう遠くないのかもしれない。

 そんな妄想をはかどらせる俺の隣で陽キャ女子高生はわくわく心を弾ませているのが分かる。

 そして、その隣には悩ましそうに腕を組む少年の姿。



「飯田、こういうの見たことあるか?」

「まったくないなー。こういうのって面白いのか?」


 ま、そうだろうな。男子高校生じゃ恋愛モノを通っていなくてもおかしくはない。

 かくいう俺も興味本位で何本か見たことはあるが、あんまし共感できた試しはないからな。


「合う合わないはともかく、一度見てみるのが大事だよ。女子ってこういう系好きな子多いし」

「まあそうだな。この映画の話をしてる女子、教室でもちらほらいた」

「そうそう。まずは女心を理解しないと」


 女心ねえ……。

 でたよ、都合のいい単語。要はおまえらの顔色を窺って都合よく接するってことだろ? なんでんなことせにゃならんのだ。


 なんて言った暁には桜川に盛大に突っかかられるだろうから黙っておく。もはやこのデフォルトの笑顔にすら無言の圧を感じてしまって映画どころではない。



「つってもこれ、次の上映時間、昼過ぎだぞ」

 スマホを取り出してホーム画面を開くと、まだ十時を過ぎたばかり。上映まで二、三時間はある。

 俺の反応は織り込み済みといわんばかりに、桜川は楽しそうな笑顔を崩さない。


「こういう時間の過ごし方で、男の人の器量ってのは決まるんだよ。ていっても今日はわたしがある程度プランを決めてるからそれについて来てもらうだけなんだけど。まだ時間あるし、次いこっか」



 言われて俺たちが場所を移したのは、一回のとあるエリア。

 この一画ではファッションブランドの店舗を取り揃えており、辺りには俺たちと同じくらいの年齢層の客が多い。


 なるほど。ここで飯田に合う服を見繕うってわけだな。確かにここなら品ぞろえが多い分いろんな系統を試せそうだ。



 そう思案していると、桜川はある店の入り口で足を止めた。白黒のシンプルなロゴが有名なファッションブランドだ。


 だけどここ、学生には手の出しづらい価格設定じゃね?

 そう思ったのは俺だけではないのか、横からつんつんと肩を突かれた。



天川(あまかわ)。ここの服、やけに高いんだけど⁉ 一着でプロテイン二袋は買えるぞ」

 絶妙な例えやめろ。


 だが、分かりやすい表し方だ。桜川の後ろで適当にシャツを持ってタグを見ると、だいたい一万弱。

「ゑ。高くない?」


 ほらやっぱり高い。『でもぉ、お高いんでしょ……?』と通販番組並の振りでお手頃価格に腰抜かしてやろうかと思ったけど、ふつーに高かった。頑張れば買えないこともないけど破格の値段ってわけでもなく、『ああ……』みたいな感じで反応に困るくらい。これが地上波で流れてたら軽く放送事故レベル。


 まして一般庶民である俺なんかはバイトもしてないので、コンスタントに追うことは難しそうだ。



 しかし桜川は無表情のまま淡と答える。

「そーでもないよ。値段とか雰囲気だけなら高級っぽいけど、このクオリティに対するコスパで言ったら安い方」


 言われて俺も納得しそうになる。


 なるほど品質に対する価格。一見ハイブランドものに見えても差し支えないこの商品たちをその一回り安い値段で購入できる。いわばファストファッションだ。


 例えば俺の手元にあるレザージャケット。シングルでもきちんとしたとこだと十数万は下らないだろうアイテムが、ほんの一万とそこらで買えてしまう。



「でもよ、だったら他の安いとこで良くないか? 最近だとプチプラでも見た目だけならハイブラと大差ないのが増えてきてるし」

「そこはもう個人次第かな。わたしはブランド力ちょっと気にするから。ユニクロとかってすごく便利だけど人によっては安いって捉えられちゃうじゃん? でもZARAならなんかかっこよく思えるでしょ」


 あ、お前は名前隠さないんだよね。せっかく配慮したのに。


「つっても学生には気軽に手出しできねえだろ……」

「え、あうん。普通はそうだよね。だからわたしも見るだけ見てピンときたら買うかなー」

 なんだその間は。こいつホントに話聞いてんのか?


 声だけ飛ばして、店員よろしく並べられたハンガーをシャシャッとめくる。

 おーとかううーんとか唸ってると思ったら一人で奥の方へ行っちまった。

 ……ん? おかしいおかしい。



「ちょっと待て。飯田の服を選ぶんじゃなかったのか?」

「え?」

「え」


 なんでお前が意外そうな顔してるんだよ。


「ここはわたしが行きたかっただけだよ」

「いやいや、飯田に自分磨きのノウハウを伝授するって話だったろ? だから、メンズコーナーに行ってコーデを組んであげるべきなんじゃねえの?」


 俺の反応は間違っていないはずだ。桜川が向かおうとしているのは、男性だけで立ち入ろうものならなんか奇異な視線を浴びることまちがいなしの、いわゆるレディースコーナー。

 あまりにも自然に自分の買い物を始めるものだから、突っ込むのが遅れてしまった。


 思わず投げかけてしまった俺の問いを桜川は不思議そうにしている。


「そもそも、ファッションの勉強をしたところで、冬歌の気を引けることに繋がらないでしょ? あっちがそういうのに興味あれば話は変わるけど。普段学校でしか会わないなら、私服のセンスなんてぶっちゃけどーでもいいんだから」

「そりゃそうかもな」

「ここで重要なのは女の子に合わせること! 自分に興味がなくても黙って頷いてれば悪い気はしないはずだよ!」



 屁理屈だろもう。


 なんだかんだと言っているが、こいつが見たいだけじゃねえか。や、俺も服好きとまではいかずとも、ある程度の興味は持ち合わせているから楽しい寄りではあるんだけれど。俺はさておきとして、隣の飯田は完全に置いてかれちまってるぞ。

 言うが早いか、桜川はそそくさと自分の欲しい服がないか見に行ってしまった。



「どうするよ飯田。お前の師匠はああ言ってらしたけど」

「うーん。そうだな、せっかくだし、一緒に服を見たりしたいかもな」


 飯田がそう言うもんで、俺も二人についていくことにした。

 そして以前テンションの高い桜川。なにやら気に入った服があるようで、ハンガーを両手に掛け更衣室の前まで俺たちを連行した。

   なんでもどっちが似合うかの意見を欲しているらしい。はいはい面倒くさい予感しかしませんね。


「じゃじゃーん!」


 着替え終えると、勢いよくカーテンを開けて登場した。


 一着目はちょっと大胆に、もともと来ていたインナーに黒のオンブレチェックシャツを羽織り、ハイウエストのフレアデニムを合わせた、王道ファッション。王道ゆえに、美少女の権化みたいな存在の桜川に良く似合う。美人はシンプルが似合うを見事に体現している。


「おお! 桜川さん、モデルみたいだ!」

「ふふーん。そうでしょ」

 飯田の率直な感想にまんざらでもなさげな桜川。


「次は、これ!」

 二着目に着替え終わった桜川は、カーテンを開けるとひらりと回ってみせた。


 次に身にしていたのは、春らしいカーディガン。

 アイボリーのモヘアニットに合わせたフリル揺れるスカートが、ガーリーな印象を与えた。

 先のコーデが大人びた色気を発していたのに対し、こちらは女の子に人気が高そうなアイテムたちである。



「どう! どっちが似合う?」

 新しい服を選んでいるときというのはテンションが上がるものだ。この桜川も例に漏れず、自然体の笑顔が滲んでいる。

 おそらく本人も気に入っていたのであろう、前のめりで訪ねてきた。

 目を輝かせて迫る桜川とは反面、その問いに、飯田は言葉を詰まらせた。



「えっ……と」


 がんばれ飯田。この問いに正解は存在しない。どう答えても後出しで不機嫌になられて、女心が云々言われるのがオチだ。答えは沈黙! というわけにもいかねえんだよ。んなこと言い出したら緋の眼ばりに血走った目で詰められるぞ。

 ……一応、答えを用意していないわけでもないんだが。


「どっちも変わんねえだろ」

「くたばれ」

 物怖じしている飯田に見かねた俺が代わって述べると、桜川は切れ味の高い台詞を吐き捨てて、勢いよくカーテンを閉じてしまった。



「晃成くん、これマジで最悪だからね! こういうデリカシーとかモラルない男になったらダメだからね!」


 布の向こうから必死のアドバイスが飛んできた。

「天川、今のは俺でも分かるぞ。さすがに今のは」

「や、違うんだって。今のは言葉の綾というか、その」

「どう違うのよ!」


 カーテン越しに桜川がキャンキャン吠えている。っるせーな。



「やマジで、どっちも次元違うくらい似合ってるから選べないんだよ」

「え」

 俺がしぶしぶ答えると、桜川はさっきまで吠えていたのが嘘みたいに静かになった。


「服なんて雰囲気変わるだけで絶対的なビジュは大差ねえだろ。なんなら三六五日制服でいいしな」

「ど、どういう意味」

「別にどんな服着てようがお前が可愛いことに変わりはねえだろ。んだよ、分かってて聞いてきたんだろ? 自慢のつもりかよ」



 小恥ずかしくなって、無意識に右手で首元をさすっていた。

 俺だって、こいつに見蕩れていないわけじゃない。むしろ逆だ。美というこいつの『強さ』については、一目置いている。


 だから言いたくなかったんだよ。どうあがいてもこいつを褒める言葉しか浮かばねえ。

 つか、なんで俺が答えたらなんも言わなくなるんだっつの。聞いといて無視かよ、性格悪い。



 なんてことを思っていたら、静かに更衣室のカーテンが開かれた。桜川は今度はもじもじしながら歩き出した。なんだこいつ忙しいやっちゃ。



「なんだなんだ、急にしおらしくなって」

「うっさい」

 手にしていた服を戻し用のラックに掛けると、桜川は早足で歩き出した。


「さ、次行こ、次」

「なんだよ。せっかくなら飯田の服も選んでやればいいのに」

「だから言ってんでしょ。服の一着や二着ごときで冬歌は落とせないって」


 まあな。ファッションセンスなんて恋愛において大した物差しじゃない。特別秀でていたり、反対に壊滅的でもなければ、他人の服装なんてそう気にならないもんだ。

 だが、飯田はさっきまでのお前を見て、どうやら感化されたようだぜ。


「桜川さん、俺に似合う服装を教えてくれないか?」

「な。本人もこう言ってるんだし、選んでやれよ」

「え、うん。わたしのも見てもらったし、晃成くんが言うならそうするけど。でも本当に、服のセンスどうこうで冬歌を落とせるかはあまり関係ないけど」


「確かに、そうかもしれない。けど、桜川さんを見て思ったんだ。自分の好きな服を着て、自分に似合うものを身に着けて。そうすれば、桜川さんみたいに、自然と自信がつくような気がするんだ」


 さすが飯田、セルフ自己啓発はこいつの特技みたいなもんだ。桜川のは自信っつーか、傲慢の方が近いんだけどな。

 飯田のまっすぐな視線に観念したのか、桜川はおもむろに口を開いた。



「晃成くんはがっしりした体格だから、シンプルにTシャツとジーンズとかでいいんじゃないかな。あとはサイズの問題。ぴったり目に着れば様になると思うよ」


 即答。

 あっさりしてやがる。

 あまりに薄味の答えに飯田は立ち呆けてしまっている。そりゃそうなるわ。

 とはいえこのまま突っ立っていてもどうしようもないので、実際に試着してみた。



「お、おお。確かに、違和感はない気がする」

「まあそうだな。ってかむしろおしゃれに見えるぞ」


 オシャレと一口にまとめてしまったが、なんだろう。粗がないというか、清潔感。綺麗な感じだ。体格も相まって、爽やかなイケメン風に仕上がった。

 適当こいてんじゃねえかと半ば疑いを持っていたが、実際飯田に合ってるし、文句の一つも言えない。



 これでいいのか。こういうのってカースト上位のリア充女子が特有の知識でモテる方法をあれこれ教えてくれる展開じゃねえの。冴えないメンズを大変身させちゃう系の通例みたいなイベントじゃねえのか。



 でも桜川の言われた通りにコーデを組んでみたらそれっぽくなったし、ちゃんとアドバイスはくれてんのか? ま、いっか。飯田も満足そうだし。幸せならOKです!

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