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それでもウチのヒロインが最強すぎる  作者: 天海 汰地
1章『Symphony:Blue in C minor』
18/94

【3-2】 レイジーサンデーモーニング

 

 そしてやってきた週末。


 アラームに叩き起こされ、寝ぼけ眼をこすって朝の支度をする。



 電車の時刻に余裕をもって家を出た。常磐線(じょうばんせん)は一度逃したら三十分は待たないといけないから気が抜けない。待ち合わせ相手が桜川(さくらがわ)だけに、遅刻でもしたらどんな制裁が待っているか考えただけでおぞましい。


 目的地は自宅の最寄りから一駅先。茨城県南のなかで利用者の多い土浦(つちうら)駅だ。

 土浦って名前だけは全国的に広まってるし、県内でも割と大きな都市扱いされてるから、遊ぶ場所に欠かないと勘違いされがちだ。

 実際はまったくもってそんなことはなく、東京千葉神奈川のような同じ関東圏の都会に憧れた県民に、その治安の悪さと小汚さを以て幻想をぶち殺すイマジンブレイカーなのである。


 その危険度と言ったら相当なものだ。駅前は毎晩のようにどんちゃん騒ぎで盛り上がってたり、郊外に出たら出たで未だに絶滅しきってない暴走族の残党みてえな奴らがバイク吹かしまくってやがる。とりわけ国道なんかはドミニクでもいんのかってくらいあらゆる車がかっ飛ばしててもう無法地帯。



 そんなマイナスポイントを差し引いても、茨城は割と魅力盛んな土地である。


 海と山に囲まれて自然豊かな観光地は多いし、ラーメンは美味いし、極めつけは国内二位の大きさを誇る湖の霞ヶ浦(かすみがうら)。なにが極めつけだ。きったねえし、二位とかいう微妙な数字。


 あとはあれだ、大洗。でけえ海水浴場とガル○ンの聖地で有名。海があるってだけで北関東の他二県と大きく差をつけることができるのではないだろうか。いや、ない(反語)。


 うん。それだけじゃ魅力にはならない。ご存じの通り各県の魅力度ランキングでは例年のごとく最下位に位置している。むしろそれが誇りにさえ思えてくるのだから不思議だ。



 ……と、そんなことを思考しているうちに、電車は当の土浦駅へと到着した。そこからさらにバスで二十分弱。


 海南(うみなみ)高校への最寄り駅となるつくば。

 高層ビルやマンションが立ち並んだ、巨大な箱の中にあるような街が、俺たちの通う海南高校の所在地である。

 意を決して階段を登る。



 いた。桜川ひたち。

 探すまでもない、圧倒的な存在感だ。

 通過する人の目が吸い寄せられている。日曜日ということもあって人の数は多く、その分桜川の集める注目もすごい数だ。


 友人と待ち合わせしているだろうあんちゃんが「レベチでかわいいひといんべ? そこそこ」と桜川を目印にしている光景はなんともシュールである。このままつくばのハチ公として名を馳せてくれないかな。なんかおもしろい。



「よ」

「ん」

 互いに温度のない挨拶を交わす。それきり俺たちの間に会話はない。


 しかし、あれだ。同級生女子の私服姿というものは、なかなかに新鮮みが感じられるな。

 短丈のキャミにストライプのシャツを羽織って、春らしい装いだ。普段見るブレザー姿とのギャップも相まって、なんかエロいし可愛いし近寄りがたい、芸能人みたいなオーラを発している。


「……なにジロジロ見てんの。もしかして見惚れちゃった?」


 俺の視線に気がつくと、ハチ公は半ば嬉しそうに小さな胸を張った。


「安心しなさい、恥じることじゃないから。わたしの私服姿を見てときめいてしまうのなんて、リンゴが重力に従って木から落ちることのように当然のことだから!」

「んなことは十中八九ねえから安心しろ。お前はとりあえずニュートン先生に謝れ」

「なにをう! 今だってそこら辺の男どもがわたしに下劣な視線を送ってるじゃん!」

「とんでもない妄言を公衆の面前で晒してんじゃねえ!」


 なに考えてんだこの女。

 下劣どころか不審に思われてんじゃねえか。


 周囲から訝し気な眼差しを向けられて、一緒にいる俺が恥ずかしくなる。肩身が狭くなってしまったので、必死にしーっ! と口止めして桜川を制御。


 と、そこにやかましい足音が近づいてきた。

 飯田(いいだ)が遅れてやってきたようだ。



「お、おはよう。ごめん、遅れた!」

「ぜんぜん。わたしたちも今来たところだし」

「……まあそうだな。とりあえず全員集まったし、場所を変えようぜ」

「そうだね。じゃあ、いこっか」

「つってもどこに?」


 俺が問うと、桜川は指を伸ばして先導した。

 集合するやいなや、俺たちは桜川の示す目的地へと歩を進める。

 桜川が向かう先は駅ビルの階段を下ってすぐのバスロータリーだ。俺たち三人は桜川に連れられるまま、バスに乗車。

 移動中は何気ない会話で時間を潰す。


「しっかし、なんだってこんなとこまで……」

 あまり気乗りしていない感を押し出しながらこぼした。


「デートの練習としては最適でしょ?」

「んなもん土浦で済むだろ」

「あんなとこレンコン畑しかないでしょ」

「レンコン舐めんなよ⁉」

「キレるポイントおかしくない?」



 や、あながちシャレにならんのだ、あの作物は。

 みなさんご存じレンコンの出荷量日本一を誇る茨城は出荷量において二位と五倍の大差をつけ、全体の六割近くを占めている。そして粘土質で保水性の高い土壌を好むやつらと霞ヶ浦湖畔の広大な低湿地帯が見事に調和しているのだ。それにより、主に県南地域にレンコン畑が密集するというわけだ。


 それにだ。蓮の花というものは、仏教の教えにおいてはこの世で最も美しい存在と伝えられてきたのだ。つまりレンコン畑で溢れかえった土浦こそがこの世で最も美しい空間、極楽浄土(シャンバラ)なのである! まあ俺無宗教だけど。ちなみに蓮の花の種の段階はマジでグロいから見ないほうがいいぞ。


 ちなみに、先述した土壌と天候など市場価格の影響によってはかなり儲かる。レンコン農家の家はデカいがちというのが県民の共通認識だ。中には億プレイヤーも存在するのだとか。レンコンはバカにならんのだ。



 で、なんだっけ。ああそうだ、桜川と話していたんだった。

「そんなこと言わないでさ。わたしとデートできるんだから、悪い気はしないでしょ?」

「……うっせ」

 それが一番の原因なんだよ。


「てか、土浦方面住んでるの(あまね)だけだし」

「や、まそうだけどよ」

「飯田くんは筑波の方だし、わたしも市内。歩いてこれる距離だから、周にこっち来てもらった方が早いもん」


 ――。……ん?


 ふーんなんて耳を傾けるつもりはなかったが、一拍遅れてその発言に違和感を覚えた。

 桜川こいつ、当然のように他人の住まいを把握していやがる。っつか俺、こいつに一つたりとも個人情報を漏らした記憶がねえんだけど⁉ んだよ、俺のこと知ってたんじゃねえかよ。


 *


 そんなこんなで二十分ほど。



 やがて到着したのは、ここらへんじゃ一番規模の大きいショッピングセンター。


 建物自体も大きいが、敷地内にこじゃれたカフェなんかがあって家族連れや若い男女の姿があちこち見られる。俺らも例に漏れずその風景に馴染んでしまっているのだが、この通り休日に遊びに来るには適した場所だ。ここで桜川はどんなプランを企てているのか。


 施設内に入る。日曜というのもあってやはり建物内には人がみっちり詰まっていた。大丈夫? 飯田とかゴツすぎて邪魔だから外で留守番してた方がいいんじゃねえの。


 そんな風に思われているともつゆ知らず、飯田は建ち並ぶテナントや特設ブースを忙しそうに目で追っている。


「晃成くんは土日は部活あるから、こういうの久しぶりなんじゃない?」

「うん。久しぶりに来たけど、相変わらず大きいなー」

「よおし、晃成くんが女の子と仲良くなれるかどうか、わたしが見極めて教えてあげる」

 自信満々に言って、桜川はまたしても慎ましやかな胸を張った。



「オーケー。じゃあ俺は下着屋の前で人を待ってるフリして出てくる女の人の購入品を眺めてくるから、そっち適当にやっといて」

「ちょっと、どこ行くの!」

「ぐぇ」


 そそくさと立ち去ろうと思ったら、シャツの首根っこを掴まれた。声は弾んでいて、客観的に見れば限りなく海南高校のヒロインの様だ。

 だと思ったら大間違い! この女は俺を逃がすつもりなど毛頭ないんだ。痛い痛い痛い痛い!

 どっからそんな馬鹿力が湧いてくるんだ。くい、とかそんな可愛らしい擬音じゃない。今のは完全にがし、だった。鷲掴みにされていた。


「なに逃げだそうとしてんの。このまま逆ストレートネックにしてあげてもいいんだけど?」

「その前に服が破けるっつの! 分かったから放せ!」


 拘束されたまま低く囁かれて、俺は黙って頷くしかなかった。

あれ? 今回、レンコンの話しかしてなくね?

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― 新着の感想 ―
学園法の存在理由が気になりましたね。 何で存在するのかの言及は無いように感じましたが…… 例えば「暗殺教室」の「エンドのE組制度」は、落ちこぼれると徹底差別され、人間的にも潰されてしまうぞという「生…
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