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それでもウチのヒロインが最強すぎる  作者: 天海 汰地
1章『Symphony:Blue in C minor』
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【2-10】 青春の香る帰り道で


「キリもいいし、今日はこの辺にしておきましょう」


 疲れ切ったように深く息を吐くと、花室(はなむろ)は教科書と書き込まれたノートを閉じる。

 その横では飯田(いいだ)が机に突っ伏していた。普段使わない脳を必死に回転させていたのだ。焼き切れていないだけ奇跡である。



「んあ、俺もここらへんで切り上げるかな」


 その様子を耳に入れ、俺も区切りのいいところで参考書をたたむ。閑散とした雰囲気と、前方から聞こえるちょうどよい雑音がかみ合わさって、いつになく集中してしまっていた。

 全身の凝り固まった筋肉を伸ばして、何気なく窓の外の景色を見やる。


「えっ、暗。けっこう集中したな」

 すぐさま時計へと目を移す。

 時計の短針は、気づけば二周していた。


 五月も半ばに差し掛かった季節。日が顔を出す時間は春先より伸びたものの、針がまっすぐ下までくれば空は深い藍に染まる。


 外の世界はいまだに肌寒さが残る。暖房の効いたこの部屋から出るのを、いつまでも渋っているわけにもいかないので、椅子に掛けたブレザーに袖を通す。

 めいめいに支度を終え、静かに図書館を後にした。



 *


 電車通学の花室を駅まで送り、ロータリーまで来た。


「お疲れさん、花室」

「本当に疲れたわ……」


 そうこぼした花室は、ほんとうに疲弊しているようだ。それもそのはず。飯田という国民栄誉賞レベルのバカを二時間つきっきりで相手していたのだから。

 当の本人もそれを理解しているはずだ。飯田なりに労いの言葉をかける。


「ありがとう花室さん、こんな時間まで」

「別に問題ないわ。乗りかかった舟だし……どうせ暇だし」

「花室さん……!」

 大袈裟に目を輝かせる飯田に対し、花室は小恥ずかしそうに小さく呟いていた。



「そろそろ行くわ」

「うん! 俺、花室さんのために頑張るよ! また明日ね!」

「……ええ。また、明日」

 飯田が手を振ると、そのセリフを新鮮そうな反応で返してきた。


 なんだあいつ。機械が誤作動でも起こしたみたいな。

 ぎこちない素振りで背を向ける花室を見送って、俺も向き直った。



「んじゃ、俺こっちだから」

「あ、ああ。なあ、天川(あまかわ)

「ん?」

「ありがとうな」

 家路に着こうとした俺を引き止め、飯田は言う。


「んだよ、改まって。そもそも俺はまだ感謝されるようなことはしてねえ」

 この程度のことでいちいち感謝を伝えられても困る。

 まだまだ初歩的なことだし、俺のやり方に確証なんてない。後で大コケして恨み言を吐かれても困るしな。


「いきなり無茶言ったのに、わざわざ協力してくれて。やっぱ天川はすごいな。不思議と行ける気がしてくる」

 こうも無条件に信頼されると逆に申し訳なさが生まれる。



「だから、ありがとう」



 飯田は素直な人間だ。初めて出会った時のことなんざ覚えていないが、第一印象からそうだった記憶だけはある。

 だから、些細なことで一喜一憂し、ありのままの感情を表現するのだ。


 こいつは今の海南にとって稀有な存在だ。普通科の俺にも分け隔てなく対等な存在として接し、こともあろうに頼ろうとした。


 っつーか、こいつ特進なんだよな……。本人のキャラのせいで忘れてしまいそうになる。

 それに部活――サッカー部でも優れた成績を残しているのだ。飯田は、部に必要な人材かもな。

 同じサッカー部でも、滝田(たきた)とはだいぶ印象が異なるが、不思議とこいつらが意気投合している空気が想像できる。去年のインハイ出場も合点が付く。



 それに比べて俺は、中途半端だな。

 勉強だって中位の成績、部活に至っては所属していない。なにも特別じゃない、普通科らしい普通の生徒だ。

 飯田のような立派な人間に感謝されるほど殊勝な人間ではないのだ。


「俺、絶対に花室さんを射止めてやるから!」

 こういうまっすぐな人間のまっすぐな眼差しは苦手だ。直視できなくて目を逸らしてしまう。

 青臭いセリフを恥ずかしげもなく吐けるからすごいよなあ。かえってこっちの方がこそばゆい。



「……上手くいったらラーメンおごれや」

 そっぽを向いてこぼす。

 それを見た飯田はぷっ、と吹きだした。

「ああ。高嶺の花に比べたら、安いもんだ!」


 本当にな。

 このまま上手くいけば、安上がりってもんだ。



「それじゃあ、俺は予定あるからこれで! 気をつけて帰れよ、天川」

「ああ。飯田もな。んじゃ」

「また明日!」

 手を振ると、颯爽と自転車を漕いで行ってしまった。


 薄く風が吹いた。鼻をくぐるように、沈丁花の甘い香りがふわっと舞う。毎年のことだ。それに少しせつなさを感じて、この季節を体感する。



 青春ですなあ……。残った俺は一人、感傷にふけっていた。

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