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それでもウチのヒロインが最強すぎる  作者: 天海 汰地
1章『Symphony:Blue in C minor』
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【2-8】 花室冬歌のウラオモテ

「この絵はもともと、あの女――桜川(さくらがわ)ひたちの作品だったの」


 花室(はなむろ)は苦虫を嚙みつぶしたような表情で吐き捨てた。



「この絵を見たとき、圧倒された。何年もずっと絵の練習を重ねてきた私を、あの女はこの一枚の絵で、軽く超えていった。この特別棟が旧校舎として立ち入られなくなって、この旧美術室でひとり絵を描いていて、あの絵を見たとき。私は、私の手は、勝手に動き出していた。桜川ひたちの描いた桜の景色を、塗りつぶしていた。無意識なのか否かは覚えていない。……けれど、終わって冷静になったとき、得も言われぬ爽快感に見舞われたわ。

 あの女の描いた絵を塗りつぶす。その行為が、あの女そのものを自らの手で否定する達成感なのだと気づいた。

 そして同時に思った――勿体ない。こんな爽快感を、体験したことのない快感を、一度きりで終わらすわけにはいかない。そして辿り着いた――一つしかないなら、私が作ればいい。何度でも創り出して、何度でも破壊する。それが私の、心の平安を保つ方法だ。

 だから、私はあの女の描いた絵を、模倣(コピー)することにした」



 なに言ってんだ、こいつ。他人の絵を塗りつぶすことが、快感だと。


「はじめは見比べなければ上手く描けなかったけれど、いつからか本物を見ずに模写できるようになったわ」


 つまり。桜川の描いた桜の景色を衝動的に塗りつぶしてしまった花室は、それに飽き足りず、自分の手で何度もあいつを否定するかのごとく、桜川の作品をひたすらに模写しては粗雑に塗りつぶすなんてことをしているのか……?



「はいはいそうですよ、私は放課後に嫌いな人間への鬱憤を晴らしてる卑屈な根暗女ですよ」


 うん、さすがにドン引きだ。人間の狂気の底を見た気がする。


「なるほどな。人には見せられないけれど、絵は好きだから人目を忍んで描いていると」

「好きなわけではないわ。あくまで一つの手段でしかない。私の絵が世間に評価されれば、きっと、()()()()()()と思っているから」


 さっきまで泳いでいた花室の眼はしかし、切実そうに遠くを見るものになった。

 その眼が見ているのは、なんだろう。桜川のことだろうか。それとも違うなにか。

 認めてくれる、と。



「その芸術という分野ですら、私はあの女に才能で上回ることができなかったのだけれど。どうせあなたも、今の私を見てみっともない引くわーとか思っているのでしょう」


 思考がネガティブすぎる。別の意味でドン引きしているのは事実だが、とはいえ花室の言い分も理解できないものではない。

 確かに、言われて理解した。やたらと目を惹く完成度で描かれたこの芸術品は、一生徒が作り出せるともなれば、そんなことができる生徒はこの海南に一人しか居ない。


 そんな傑作を作り出した彼女(さくらがわ)にとっては、絵を描く行為など、数ある才能の使いどころの一つでしかないのだろう。

 文も武も、挙句に唯一残った得意分野すらその才能で打ち砕かれてしまえば、すべてを奪われたと恨みの念を抱いてしまっても、仕方のないことだ。



「花室」

「なにかしら。まさかこのことを弱みにつけ込んで、あれやこれややらしい要求をしてくるつもり?」


 想像力が豊かだこと。

 別にこいつの危惧するような変な命令はしねえよ。……ただ、別の話は持ち出させてもらうけどな。

 食ってかかる勢いの花室に、俺は努めて柔和な笑みで応えた。


「安心しろ、俺は花室の本性を誰かにバラそうなんて思ってない。だから、そこまでうなだれる必要はないぞ」

「な、なんで」

「なんでって言われてもな……」


 そう訊かれると困る。

 それ自体に特に理由などはない。単純に、周囲に打ち明けたところで俺にメリットがないしな。そもそも俺たちの影響力を鑑みたとき、俺の言うことに信憑性が付いてくるか分かったところではない。


 だが、これは利用できる。一瞬にして閃いた。

 花室冬歌(ふゆか)が桜川に対する嫌悪を少なからず抱いている以上、あいつと敵対関係にある俺には都合がいい。

 まずは俺が敵ではないと認識してもらわなければ。



「実はな。俺も桜川のことはあまり好きじゃないんだ」

「本当?」

「ああ。みんなが言うほどかわいいか? あんな張り付けたような笑顔に惹かれるなんて、うちの男どもは見る目がなくて困るよホント」

「ほんとにほんと? なら、私の方がかわいい?」

「へ? あ、えと」


 うわ近っ!

 いきなり身を乗り出してくんな。なにキラキラ目を輝かせてやがんだ。

 俺が適当な軽口(限りなく本音に近いが)を叩くと、それに連動するように花室が問いを投げてきた。


「どうなのかしら?」


 俺が返答に困っていると、花室は鬼気迫った表情で俺を見据える。


 いや、どっちがかわいいかって言われても……ぶっちゃけどっちもチート級にかわいいから何とも言えねえ。桜川のことをああ言ったが、それは外見的特徴ではなく中身の問題で、要するに可愛げがないということなんだが。


 この二人を比べるなんざ、俺のような男にはおこがましいことだ。

 仮に一般女性のルックスの整い度合いをMAX百としよう。一京と一該なんて振り切りすぎて誤差など気にならないだろう? そういうことだ。

 だからあえて両者に優劣をつけるとするならば、個人の好みという物差しが必要となってくるのだ。


 つまりどっちが好みかという話になるが。

 この場合、俺の好みなのは――



「花室に決まってるじゃないか!」


「……天川くん」


 花室の瞳から靄が消え、晴れやかなものとなった。

 両手で大袈裟に口元を隠し、潤んだ眼からは今にも涙が溺れ落ちそうだ。


「あんな奴のどこがいいってんだ。横暴だし、図々しいし、器が小さい女のことを好きになったりするわけねえだろ。花室を見習えってんだ」



 海南(うみなみ)高校、二年。花室冬歌。



 肩先まで伸びた、艶めかしい彩を放つ黒髪。凛と締まった端正な顔立ち。

 華奢な風で、しかし芯の通った強さを感じさせるような姿態。


 一学年度後期末テスト学年()()。一学年度スポーツテスト男女別総合()()。一挙手一投足から彼女を象徴する上品さが醸し出されている。



 他を寄せ付けない圧倒的な存在感と振舞いから、彼女を飾る呼び名は――『高嶺の花』。



 誰もがうらやむような超絶ハイスペック美少女だが――だが。それは同時に、彼女を縛り付ける茨となっている。


 桜川ひたち――誰も踏み込むことを裁可されていないような存在、もはや人の域を飛び出て偶像とまでもてはやされている少女と比較される立ち位置にいるのだ。心的負担は大きいと想像できる。


 ここで桜川を選んでみろ。次の日俺は本棚で圧死した状態で見つかるだろうよ。



「天川くん、いいえ。あまね」

「え、は、はい」


 おいおい、いきなりだな。

 そんなあざとい男殺しのテクを披露されたらたまったもんじゃない。下の名前で呼ぶなんて籍を入れて同姓になるからに決まってる。もうこのまま市役所いって手続きを済ませなきゃいけなくなっちゃったよ。

 あぶないあぶない。危うく我を失うところだった。気を確かに持たねば。


「私、あなたのことが気に入ったわ。ここまで想いを同じくする人間がいたなんて、この学校も捨てたものじゃないわね」

「そ、そうか、それはよかった」


 どうやら俺は彼女に仲間意識を持たれてしまったらしい。

 当初の目的はこれにて達成したが、なんだこの拭えない消化不良は。まあ花室は楽しそうだし結果オーライ……?


「あまねは、桜川ひたちを貶めようとしていると言ったわよね?」

「ああ。どうにかしてあいつをヒロインの座から引きずり降ろそうと思ってる」

「本当? じゃあ、あの女を社会的に抹殺するという私の野望に協力してくれる?」

「野望すぎるわ。でも、やろうとしてることは同じだな」


 とんでもない計画に、賛同すると受け取ったのか、花室の普段の無表情には輝きが灯っている。


「なら、今日から私たちは仲間だ! 同志よ、共にあのヒロインを討ち取ろうぞ! えいえいおー!」

「え、えいえいおー」


 ぐいと俺の手を取り、天井に向け突き上げる。

 こんな笑顔するのかってくらい、花室のイメージとかけ離れた眩しい笑顔だ。

 ……ふむ。こいつは使える。


 桜川への敵対心、抱く嫉妬の心。それを差し置いても、唯一あいつに対抗しうるスペックの高さ。

 俺は思わぬところでとんだクイーンを拾い上げてしまったようだ。

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