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三月の弔い

作者: 炎華 焔

 去年の三月に父が死んだ。

持病の発作で亡くなった可能性が高いと電話越しに警察官が言っていた。

広い一軒家のリビングで倒れていたのだという。蛆が湧いていて、もう顔は見られない程だったと言われた。

 電話がかかって来た時の事は今でも覚えている。はっきりと。

「はい、はい……」

 スマホに電話がかかってきて直ぐにそう言った母。さっきまで私と談笑していたのに、顔は直ぐに曇った。

母が「はい」を繰り返す人形と化して少し経った頃だ、ボロボロと泣き出して私の目を真っすぐに見た。

 私は最近になって重い心臓病を患った祖父を思い出した。退院してからまだ幾日も経っていないのにガードマンとして立っているのだ、なにか起きてしまったのではないかと強い不安を抱いていた。

「何」

 恐る恐る聞き返すと、母は涙を拭う事無く言った。

「パパが、亡くなったって……」

「……」

 この時、私は世界一親不孝な娘になった。

「良かった……」

 亡くなったのが祖父でなくて、安心したのだ。大分昔に離婚して、一年か数年に一度会う程度だった父と娘。かたや毎日顔を合わせ孫娘に美味しいものを食べさせたいと言ってお菓子を買ってきたり、出かけると言えば車を出してくれたり、本棚を作りたいと言えば一緒に作ってくれる祖父と育った孫娘。どちらの方が思いが強いかなんて、明白だった。

 だがしかし、母は違った。

 父の死に対して心より悲しみを贈った。涙が枯れるまで泣いていた。

 警察が父の遺体を引き取る人が居ないと言えば、わたしが引き取りたいとまで言っていた。

 だがしかし、母はもう他人であるから引き取る事は出来ないのであった。私が引取りたいと言えばできただろう。私は声がかすれそうになっている母に対して、ハッキリといった。

「引き取らないよ。そんなお金もお墓もないよ。家のお墓は家族しか入れないから」

 拒絶。父は私の家族に名を連ねる事は出来ないのだ。

昔は父が好きだった。母がなんと言おうと、祖母がなんと言おうと好きだった。

でも、母や祖母や祖父や私を傷つけた事を知ってしまった。私の祖父母は母方にしか居ない。父が合わせてくれなかったから、事実を教えてくれなかったから、祖母と父が縁を切っていたから。私の世界は母と母方の親類で出来ている。大切な家族を傷つけた父を引き取りたいなんて口が裂けても言えるはずがなかった。片手で数えられるだけしかいない家族に顔向けできなくなるのはごめんだ。


私はあなたには謝る気がありません、パパ。愚かで、育ててくれた家族を大切にしてしまうこんな私の事等忘れてしまってください。


親不孝なのはあなたが想い出を少ししかくれなかったからというのもあります。


母と父とピクニックに行く事が夢でした。三人で遊園地に行く事も夢でした。

プールにバーベキュー、お花見に雪遊び、私はそれぞれとの想い出は会っても一緒の思い出を知らない。


温かな家族を知らない。


幼い頃から首を絞め、病に伏せれば薬の過剰摂取をし、十八までに死ぬことがいつの間にか夢になっていた。


だから、質素であなたの頭蓋骨を見るだけで終わった葬式も、面倒だった遺産放棄の手続きも、良かったのではないかと思っています。

 今もまだ、私は父の為に涙を流していません。父の為に泣きたくないから。あなたの死に涙を流せば、寂しかったことを証明してしまうから。


 許さなくていい、怒ればいい。絶望してしまいなさい。だが、死んでよかったとは思わない。決して。あなたは曲がり何にも私の親だ。誰が何と言おうとそれに変わりはない。行動でも示さない。手を合わせるのも葬式限り。

それでも、それでも、あなたが地獄で重い罪を背負わなければいいと願うくらいはいたします。

短い間でも私の家族だったから。会っていなくても、父であったから。お休みなさい。

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