第2章『神託者の日常』(続き3)
慶一は本のページをめくった。
そこには確かに、システム設計図のような図版が描かれている。
光の糸の流れを整理し、制御するための手順が、現代のネットワークプロトコルに似た形式で記されていた。
「これは...」
慶一の目が輝いた。
プログラマーとしての直感が告げている。
これは単なる古い記録ではない。
世界の理を『実装』するための仕様書なのだ。
「しかし、その知識のほとんどは失われました」
セイラは水晶の杖を握り締めながら続けた。
「神官たちは光を見ることはできても、それを理解し、制御することは...」
「だから、プログラマーである私に期待を?」
セイラは微笑んで首を振った。
「いいえ、違います。あなたは単なるプログラマーではありません。あなたは《神託者》なのです」
その時、慶一の手の中で本が微かに震えた。
ページが自然に開き、そこには見覚えのある記号が並んでいた。
現代のプログラミング言語に似ているが、どこか異なる。
しかし不思議なことに、慶一にはその意味が理解できる。
光の糸が本の周りで輝きを増し、まるでコードの実行を待つカーソルのように明滅している。
「これは...試してみてもいいですか?」
セイラは深いため息をついた。
「神託の力は時として危険を伴います。しかし...」
彼女は立ち上がり、杖を掲げた。
書庫の空間に、結界のような光の膜が広がる。
「ここなら、小規模な試みであれば」
慶一は頷き、本に記された記号を目で追った。
それはまるでデバッグを始める時のように、緊張と期待が入り混じる感覚だった。
光の糸を見る。理解する。そして...実装する。
慶一は目を閉じ、深く息を吸い込んだ。そして、声に出して読み上げた。
「const world = new Reality();
let flow = world.getFlow();
flow.pattern('archive').rewrite();」
突如、書庫中の光の糸が激しく明滅し始めた。
「これは...!」
慶一は思わず目を見開いた。
光の糸が、まるでコンパイル中のプログレスバーのように波打っている。
それは美しくも、どこか不安を感じさせる光景だった。
セイラは杖を強く握り締め、警戒の色を浮かべている。
しかし止めはしない。彼女の目には、これが重要な瞬間だと理解しているような色が浮かんでいた。
その時、書庫の本たちが微かに震え始めた。
「pattern...matching...」
慶一の口から、意識せずに言葉が漏れる。
目の前では、光の糸が本棚という本棚を這い回り、
まるでインデックスを作成するように本々の情報を読み取っているように見えた。
(これは...データベースの最適化に似ている)
プログラマーとしての経験が、目の前で起きていることの理解を助けてくれる。
世界の理は、確かにシステムとして動いているのだ。