第2章『神託者の日常』(続き2)
慶一は慎重に本を拾い上げた。
革表紙は埃をかぶり、相当な年月を経ているように見える。
タイトルには『forgotten protocols』と書かれている。
「これは...」
慶一は思わず息を呑んだ。
タイトルは確かに異世界の文字で書かれているのに、なぜか英語として読める。
そして何より、この「protocols」という単語は、プログラマーである自分にとってあまりにも馴染み深い。
「どうかされましたか?」
「あ、いえ...」
答えながら本を開くと、中には見覚えのある図形が描かれていた。
それは光の糸とよく似た線で描かれた図で、まるでネットワーク構成図のように見える。
しかし、その詳細は現代のものとは明らかに異なっていた。
「エリカさん、この本のことは...」
振り返った時、慶一は言葉を切った。
エリカの背後に、見知らぬ人影が立っていたのだ。
「やはり、あなたにはそれが見えるのですね」
銀色の長髪が揺れ、セイラ神官長が姿を現した。
その表情は、いつもの穏やかさの中に、どこか深い思索の色が混じっている。
「その本は、神託の歴史の中でも最も古い記録の一つです。そして...」
セイラは一瞬言葉を切り、慶一の目をまっすぐ見つめた。
「あなたのような方を、私たちは長い間待っていました」
慶一は本を両手で持ったまま、言葉を選ぶように慎重に尋ねた。
「この本は...プロトコル、つまり世界の理を扱うための手順書なんですか?」
セイラは静かに頷き、エリカに向き直った。
「エリカ、今日の書庫の整理は一旦中断にしましょう。慶一様とお話しすべきことがあるの」
「はい、神官長様」
エリカは一礼すると、少し心配そうな眼差しを慶一に向けてから立ち去った。
その足音が遠ざかってゆき、書庫には再び静寂が戻る。
セイラは近くの読書机に腰かけ、慶一にも座るよう促した。
「その本が示すのは、かつてこの世界に存在していた《理》の体系です」
セイラの声は、いつもより少し重みを帯びていた。
「世界の理は、今でこそ神官たちにも断片的にしか見えません。
しかし、古の時代には、もっと...そう、あなたの言葉で言えば『システマティック』に理解されていたのです」