第2章『神託者の日常』(続き1)
神殿の書庫は、予想以上に広大だった。
天井まで届く本棚が整然と並び、古めかしい巻物や革表紙の書物が所狭しと並んでいる。
空気中には、古い紙の香りが漂っていた。
「実は...」
エリカは少し歯切れの悪そうな様子で言葉を継いだ。
「最近、書庫で奇妙なことが起きているんです」
慶一は思わず、周囲の光の糸に目を向けた。
確かに、普段より複雑に絡み合っているように見える。
これは何かあるのかもしれない...。
「具体的に、どんなことが?」
慶一が尋ねると、エリカは周囲を見回してから、声を潜めて説明を始めた。
「夜になると、本が勝手に移動しているんです。朝になると、違う棚に置かれていて...」
なるほど、と慶一は頷いた。
プログラマー時代なら、監視カメラでログを取るところだが、この世界ではそうもいかない。
「他には?」
「はい...時々、誰もいないはずなのに、本をめくる音が聞こえるんです」
エリカの表情は真剣だった。
慶一は再び光の糸に目を向けた。
確かに普通ではない。
複数の糸が、まるでプログラムのループのように、同じ場所を循環している。
「ちょっと見てみましょうか」
慶一は光の糸の流れに沿って歩き始めた。
エリカが後ろからそっと付いてくる。
本棚の間を進むにつれ、光の糸は徐々に濃くなっていった。
そして、書庫の奥まった一角で、慶一は足を止めた。
「ここですね」
目の前の本棚には、特に強い光が集中している。
光の糸は本棚の中の一点に向かって収束し、そこで複雑な結び目を作っていた。
「何か、見つかりましたか?」
エリカの声には期待が混じっている。
慶一は光の結び目をじっくりと観察した。
これはまるで...そう、バグを見つけた時のように、プログラムの中で何かが噛み合っていない状態に似ている。
「この辺りの本を、一度確認してみましょうか」
慶一が手を伸ばそうとした時、突然、書庫全体に風が吹き抜けた。
ろうそくの炎が揺らめき、古い紙の匂いが強く漂う。
「きゃっ!」
エリカが小さな悲鳴を上げる。
本棚から一冊の本が、まるで誰かに引き抜かれたかのように飛び出し、床に落ちた。