第2章『神託者の日常』
朝靄の立ち込める神殿の中庭で、慶一は深いため息をついた。
着用している深いブルーのローブは、まだ少し馴染みが薄い。
昨日までプログラマーだった自分が、今や神託者として暮らしているという現実が、時折強く突き刺さってくる。
「慶一様、朝の瞑想の時間です」
背後から聞こえた声に振り返ると、純白の衣装に身を包んだ若い神官が立っていた。
確か名前は...そうだ、エリカという。
昨日、セイラ神官長から紹介された見習い神官の一人だ。
「ああ、すみません。すぐに行きます」
神託の間に向かいながら、慶一は思わず苦笑を浮かべた。
プログラマー時代の朝は、コーヒーを片手にコードのレビューから始まるのが常だった。
それが今や、瞑想から一日が始まる。
神託の間に入ると、既に数人の神官たちが円を描くように座っていた。
中央には水晶の台座が置かれ、その周りを幾筋もの光の糸が優雅に舞っている。
慶一にしか見えないその光景は、今でも神秘的で美しい。
「おはようございます、慶一」
セイラ神官長が穏やかな微笑みを向けてきた。その銀色の長髪が朝日に輝いている。
「はい、おはようございます」
慶一は空いている場所に座り、他の神官たちと同じように目を閉じた。
光の糸を見る能力は、この世界では《神託》と呼ばれる特別な力だという。
だが正直なところ、その力をどう使えばいいのか、まだ手探り状態だった。
「世界の理は、常に私たちの周りを流れています」
セイラの声が静かに響く。
「それを見ることができる者は、理を理解し、導くことができる...」
慶一は密かに目を開け、周囲の光の糸を観察した。
プログラマーとしての習性だろうか、つい分析的に見てしまう。
光の糸の流れは、まるでシステムのデータフローのように見える。
でも、ここではそれを「世界の理」と呼ぶんだ。
「ところで慶一様」
瞑想が終わり、部屋を出ようとした時、エリカが声をかけてきた。
「今日から、神殿の書庫の整理をお手伝いいただけませんか? たくさんの古い文書があって...」
「書庫?」
慶一は少し興味を惹かれた。
異世界の知識が詰まった場所。
もしかしたら、この世界のことをもっと理解するヒントが見つかるかもしれない。
「はい、喜んで」
返事をする慶一の目に、書庫の方向へと伸びる一筋の光の糸が映った。
それは他の糸とは少し違う、不思議な輝きを放っていた。




