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第1章『神託の在り処』(続き)

 神殿を出る頃には、既に日が傾き始めていた。


「馬車で二刻ほどの道のりです」


 セイラの説明に、慶一は不安げに頷く。

 馬車に揺られながら、彼は自分の置かれた状況を改めて考えていた。


「あの...僕、乗り物酔いしやすいんです」


「乗り物酔い?あっ、馬車酔いされてしまったんですね。それでは、これを」


 セイラは小さな水晶を取り出し、慶一に手渡した。

 それを握ると、不思議と胸のむかつきが収まっていく。


「便利なものがあるんですね...」


「神託神殿は、人々の暮らしに寄り添うことも大切にしているのです」


 街道を進む馬車の窓から、夕暮れの景色が流れていく。

 慶一の周りでは、相変わらず光の糸が漂っている。

 その様子は、オフィスでデバッグツールを立ち上げていた時とは、まったく違う生命力を感じさせた。


「あれ?」


 ふと気づくと、光の糸の一部が特異な動きを示し始めた。

 まるでプログラムの異常を示すエラーログのように、不規則な波形を描いている。


「この先に、村があるのですね」


 セイラが静かに告げた。慶一は思わず身を乗り出す。


「光の糸から分かるんですか?」


「神託者である慶一様には、より鮮明に見えているはずです」


 言われて改めて見てみると、確かに。

 光の糸は村の方向で複雑に絡み合い、何かの異常を示しているように見えた。


「着きました」


 馬車が止まる。扉が開くと、ひんやりとした夜気が流れ込んできた。


「神託の神官様がいらっしゃいました!」


 村人たちが集まってきた。その表情には、不安と期待が入り混じっている。


「あ、あの...」


 慶一が言葉に詰まっていると、セイラが一歩前に出た。


「この方が、新たな神託者様です。村の問題を解決してくださるでしょう」


 村人たちの視線が、一斉に慶一に注がれる。

 深いブルーのローブに身を包んだ慶一は、やや居心地の悪さを感じていた。


「畑をご案内します」


 村長らしき老人が前に出て、慶一たちを案内し始めた。


 夜の闇が深まる中、松明の明かりが道を照らしていく。

 畑に着くと、その惨状が目に飛び込んできた。


「こんな状態になって、もう半年になります」


 枯れかけの作物が、月明かりに浮かび上がる。

 その周りを、光の糸が不規則に流れている。


「これは...」


 慶一は思わず、光の糸に意識を集中させた。

 すると、まるでコンピュータの画面を覗き込むように、様々な情報が見えてきた。


「地下の...水脈が、変な方向に流れてる?」


「はい、その通りです」


 セイラが頷く。


「では、印を刻む場所を探してみましょう」


 慶一は、光の糸の流れを追いながら畑の中を歩き始めた。

 プログラムのトレースをしているような感覚。

 異常の原因を特定するために、一つ一つの処理を追いかけていく。


「ここです」


 立ち止まった場所で、光の糸が特に強く絡み合っていた。


「杖をお渡しします」


 セイラから、先ほど神殿で見た杖のような道具を受け取る。


「これで、どうすれば...」


 その時、慶一の中で何かが繋がった。

 光の糸が示す情報が、まるでプログラムの実行手順のように、明確に見えてきたのだ。


「えっと...ここに、この形を...」


 杖を握る手が、自然と動き出す。

 地面に特殊な印を刻んでいく。

 それは、プログラムを書く時のようでいて、まったく違う感覚だった。


 印が完成すると、地面から柔らかな光が広がり始めた。そして──。


「聞こえる...水の音が!」


 村人たちの歓声が上がる。


 地下で、水脈が本来の流れを取り戻す音が響いていた。


「見事です、慶一様」


 セイラの声に、慶一はようやく我に返った。


「これで、畑は...」


「はい、数日のうちに、土地は本来の豊かさを取り戻すでしょう」


 村人たちから感謝の言葉が次々と投げかけられる。

 慶一は、まだ少し戸惑いながらも、確かな手応えを感じていた。


「不思議ですね」


 馬車で神殿に戻る道中、慶一は呟いた。


「何がでしょう?」


「プログラムのバグを直すのと、似てるような、違うような...」


 セイラは優しく微笑んだ。


「世界の理を紡ぐ方法は、人それぞれ。慶一様の場合は、今までやってこられた経験が、神託の力と共鳴しているのでしょう」


 月明かりの中、光の糸は相変わらず神秘的な輝きを放っている。

 慶一は、その光に導かれるように、新たな道を歩み始めていた。


「ところで、神殿に戻ったら...」


「はい?」


「寝る部屋とかあるんでしょうか?結構疲れちゃって...」


 セイラは、また柔らかく笑った。


「もちろんです。神託者様専用の部屋を、既に用意させていただいております」


 夜空に浮かぶ月を見上げながら、慶一は深いため息をついた。

 システムエンジニアとして働いていた日常が、まるで遠い記憶のように感じられる。


 そして今、彼の目の前には、《神託者》という新たな物語が、確かな形で広がり始めていた。

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