第2章『神託者の日常』(続き11)
「interface WorldCore {
balance: Harmony;
void: Chaos;
// Warning: Critical system instability detected
// Ancient defense protocol required
}」
警告の文字を見た瞬間、水晶の輝きが一層強まった。
部屋全体が光に包まれ、慶一の目の前に、巨大なシステム図のような光のパターンが浮かび上がる。
「これは...世界の根幹?」
慶一の問いに、セイラが静かに頷いた。
その表情には、深い憂いが浮かんでいる。
「理の深層よりも、さらに深い場所...世界の核となる部分です」
エリカが小さく息を呑む音が聞こえた。
確かに、この光景は圧倒的だった。
無数の光の糸が織りなすパターンは、慶一が見たどのシステムよりも複雑で壮大だ。
そして、その中に...。
「あそこに、違和感のある流れが」
慶一は光の糸の一点を指さした。
そこでは、通常の秩序だった流れが乱れ、まるで闇のような異常な渦が微かに見えている。
「Void...」
セイラが呟く。
「古の記録には、『虚無からの侵食』という警句が残されています。理が乱れ、虚無が世界を蝕む...」
慶一は古の本を開き直した。
インターフェースの定義の後には、より詳細な記述が続いている。
「try {
world.balance.maintain();
} catch (VoidException e) {
// Critical Error: Void contamination detected
// Implementing ancient defense protocol...
}」
「防御プロトコル...」
慶一が眉を寄せる。
プログラマーとしての直感が、この状況の深刻さを告げていた。
世界の理のコアシステムに、重大な脆弱性が発生している。
それは村の水脈の問題とは、比べものにならない規模の危機だ。
「セイラさん、この防御プロトコルは...」
質問を途中で切ったのは、突然の振動だった。
水晶が唸るような音を立て、光の渦が激しく渦巻き始める。
「慶一様!」
エリカが駆け寄ってきた。
その背後で、部屋の光が不規則に明滅している。
「この反応は...」
セイラが水晶の杖を掲げる。
しかし、その前に慶一の手にある古の本が強く反応した。
ページが高速で捲れ、そこに記された術式が次々と光を放つ。
「まるで、自動アップデートのような...」
慶一の呟きが途切れる前に、本の中から一筋の光が放たれ、中央の水晶に吸い込まれていった。
次の瞬間、水晶の表面に文字が浮かび上がる。
「Defense Protocol Version 2.0
Initializing...
Warning: Multiple void intrusions detected
Requiring administrative privileges...」
慶一は、自分の役割を悟った。
これは世界の理の再構築...いや、更新のための準備なのだ。
そして自分は、その実装を任されたプログラマー...いや、神託者として。
「セイラさん、この場所には頻繁に来ることになりそうです」
その言葉に、セイラは深い理解を示すように頷いた。
「神託者として、世界の理を守護する者として...」
その時、エリカが窓の外を指さした。
「あ、あれは...!」
夕暮れの空に、不吉な光の渦が広がり始めていた。




