第2章『神託者の日常』(続き9)
「あの...セイラさん」
慶一は本を開きながら言った。
「この本の中に、まだ見たことのないインターフェースの定義がたくさんあります。これって...」
「ええ」
セイラは静かに頷いた。
「世界には、まだ多くの『歪み』が存在します。
古の神託者たちが残した知識と、あなたの持つ現代の知恵が、その解決の鍵となるかもしれません」
その時、遠くの方で鐘の音が鳴り響いた。
神殿からの呼び戻しの合図だ。
「戻りましょうか」
セイラが促す。
村人たちに見送られながら、一行は帰路につく。夕暮れが近づき、空が茜色に染まり始めていた。
「あの、慶一様」
並んで歩きながら、エリカが恐る恐る話しかけてきた。
「さっきの...『インターフェース』というのは、どういう...」
その質問に、慶一は思わず微笑んだ。
「インターフェースというのは...うーん、例えば...」
説明しながら、慶一はふと気づいた。
プログラミングの概念を、こうして異世界の言葉で説明する時、自分自身の理解も深まっているような気がする。
「面白いですね」
セイラが横から口を挟んだ。
「古の言葉と現代の知識が、互いを照らし合う。まるで...」
「光の糸のように?」
慶一が言葉を継ぐと、セイラは優しく微笑んだ。
しかし、その穏やかな会話の最中、慶一の背筋を奇妙な感覚が走った。
遠くの方の空を見上げると、普段より濃い色の光の糸が、不規則なパターンを描いている。
(あれは...?)
疑問が浮かぶ前に、セイラが静かに言った。
「ようやく、動き始めたようですね」
セイラの言葉に、慶一は思わず足を止めた。
夕暮れの空に広がる異常な光の糸は、まるでシステムの警告メッセージのように、不吉な輝きを放っている。
「セイラさん、あれは...」
「神殿に戻ってからお話ししましょう」
セイラの声は静かでありながら、強い決意が感じられた。
エリカが不安そうに二人を見つめている。
神殿に戻る道すがら、慶一は古の本を開き、先ほどの経験を振り返っていた。
世界の理の深層で見た光景。
それは確かに、巨大なシステムのアーキテクチャのように見えた。
しかし、普通のプログラムとは違う。
より有機的で、生命力に満ちている。
「慶一様」
エリカが恐る恐る声をかけてきた。
「さっきの村での...あの光は、慶一様にはどう見えたんですか?」
その素直な問いに、慶一は少し考えてから答えた。
「そうですね...例えるなら、プログラムの...いえ、世界の理の『デバッグモード』のような感じでした。
普段は見えない構造が、はっきりと見える状態というか」
「デバッグ...ですか?」
「ああ、つまり...」
説明しかけた時、神殿の輪郭が見えてきた。
夕陽に照らされた白い壁が、茜色に染まっている。
しかし、その美しい光景に反して、神殿の周りの光の糸は明らかに騒がしかった。




