第2章『神託者の日常』(続き7)
村に近づくにつれ、異変は一層明らかになった。
井戸から水が溢れ、まるで生き物のように蛇行しながら地面を這っている。
村人たちは慌てた様子で、水を堰き止めようと奔走していた。
「神官長様!」
村長らしき初老の男性が駆け寄ってきた。
「水が...水が止まらないんです。しかも」
彼は震える手で井戸の方を指差した。
「時々、水が逆流して...」
慶一は井戸に近づき、光の糸を観察した。
水脈の流れを示す青い光の糸が、確かに異常な動きを見せている。
まるでバグったプログラムのように、同じパターンを無限に繰り返しながら、徐々に暴走していく。
「これは...stack overflow?」
つぶやいた専門用語に、エリカが首を傾げる。
「あの、要するに...繰り返しが深くなりすぎて、制御不能になってるんです」
説明しながら、慶一は古の本を開いた。
先ほど見つけた術式を確認する。
再帰を制御する方法...。
そこに書かれた図は、まるでプログラミングでいうガードクローズ(guard clause)のように見える。
「セイラさん、結界を...」
言い終わらないうちに、セイラの杖が輝きを放った。
村の中心部を囲むように、光の膜が展開される。
「エリカ、村人たちを結界の外へ」
「はい!」
エリカは村人たちの避難誘導を始めた。
その間にも、異常な水流は勢いを増している。
慶一は深く息を吸い、古の本に記された術式を組み立て始めた。
「const waterFlow = world.getFlow('water');
let pattern = waterFlow.getPattern();」
光の糸が反応を示す。
慶一は現代のコードと古の言葉を組み合わせる。
「理よ、循環を解き放て。
pattern.setGuard('depth', 3);
waterFlow.normalize();」
術式が発動する。しかし...。
「くっ!」
予想以上の抵抗を感じた。
水脈の異常は、想像以上に深いところで起きていたようだ。
光の糸が激しく明滅し、水流が更に激しさを増す。
「慶一様!」
セイラの声が聞こえる。
彼女の杖から放たれる光が、暴走する水流を必死に抑え込もうとしている。
「これは...ダメだ」
慶一は片手で額の汗を拭った。
通常の方法では対処できない。
深刻なシステムエラーに対するように、別のアプローチが必要だ。