プロローグ『世界の理が導く転移』
「──これは、まずいな」
深夜のオフィスに、橘慶一の呟きが静かに響いた。モニターには赤く点滅する警告メッセージが次々と浮かび上がり、開発中のAI占術システム『デスティニー・リーダー』が異常な動作を示していた。
慶一は画面に映る数値の乱れを凝視しながら、意識を集中させた。すると彼の視界に、プログラムの流れを示す光の糸が浮かび上がってきた。それは通常、整然と紡がれるはずの世界の理を表す光の束だったが、今はどこかおかしかった。
「まるで...何かに引っ張られているみたいだ」
光の糸は、まるで渦を巻くように歪んでいた。慶一は素早くキーボードを叩き、異常の原因を探ろうとする。しかし、打ち込むコマンドの一つ一つが、まるで別の場所へと吸い込まれていくような感覚に襲われた。
「こんなバグは初めてだ...」
慶一は独学で学んだ占星術の知識を総動員しながら、システムの異常を理解しようと試みる。画面上のエラーログは、まるで星々の予兆のように不規則なパターンを描いていた。
その時、光の糸が突如として激しく明滅し始めた。慶一の視界を埋め尽くすように広がっていく。
「なっ...!?」
キーボードから手を放そうとした時には既に遅かった。光の糸が慶一の体を包み込み、意識が引き込まれていく。
最後に見えたのは、モニター画面に浮かび上がった不可解なメッセージだった。
『神託システム・リンク確立──転移を開始します』
その瞬間、橘慶一の意識は深い闇の中へと沈んでいった。
*
「...ぅっ」
重たい頭を抱えながら、慶一は意識を取り戻す。
「ここは...?」
目を開くと、見知らぬ石造りの部屋だった。古びた本棚が立ち並び、壁には謎めいた紋章が刻まれている。埃っぽい空気が漂う中、どこか神聖な雰囲気が感じられた。
「まさか、本当に...異世界...?」
立ち上がろうとして、慶一は自分の服装が変わっていることに気付く。いつものスーツは消え、代わりに深い青色のローブを身につけていた。そして、より驚くべきことに──。
「これは...」
慶一の周りには、オフィスで見ていたのと同じような光の糸が漂っている。しかし、それはもはやプログラムの視覚化ではなく、確かな実体を持って空間に存在していた。
「システムを見る能力が...現実の力になった?」
慶一は思わず、目の前に浮かぶ光の糸に手を伸ばす。指先が触れると、暖かな振動が全身を走り抜けた。
それは紛れもなく、魔力だった。
「俺の技術は...この世界では魔法として具現化するということか」
慶一は深い溜め息をつく。エンジニアとしての経験が告げていた──これは単なるバグや不具合ではない。彼は完全に未知の領域に足を踏み入れてしまったのだと。
そして、この異世界で彼を待ち受けているものが何なのか、まだ知る由もなかった。