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三題噺もどき4

喧嘩

作者: 狐彪

三題噺もどき―ろっぴゃくいち。


※三題噺もどき2で書いていた、吸血鬼さんの話。のつもり※

 


 星空の広がる視界の端に、三日月が浮かんでいる。

 ひゅうと、冷たい風が頬を撫でる。

 思わず身震いしてしまう程に、今日の風は冷たい上に強い。

 ちょっと頭を冷やそうと思ってベランダに立っただけなのに、こんなに冷えるならもう少し厚着でもすればよかった。

「……」

 まぁ、そんな余裕があるなら、頭を冷やそうなんてことはいらないだろうから、仕方ないのだけど。

 そうでなくてもベランダに出るくらいのちょっとしたことでわざわざコートを着て手袋をしてマフラーを巻いて、厚手の靴下を履いてなんていう発想には思い至らない。

 そう考える人も居るかもしれないが、少なくとも私は思いつかなかった。

「……」

 せいぜいいつも身近に置いてある煙草を持ってきたくらいだ。

 今年こそは禁煙に挑戦しようと思っていたのに、早々にこんなストレスにさらされていれば、そんなことできそうにもない。

 これでも、ここ一週間ほどは何とか耐えていたんだぞ。

「……」

 そう考えて、ここで我慢すべきかと思いいたって、箱だけをぼうっと見つめて。

 ……結局一本取り出して、強風の中で火をつけた。

 まぁ、禁煙をすると言って我慢していたわりには、ずっと肌身離さず持っていた時点でそのうち限界が来ていたということだろう。

「……」

 ひとくち。

 ほうと、息をつくと同時に、もう今年の禁煙は絶対に無理だなと閃いた。

 甘露とはまさにこのことか。我慢していた分、いつも以上にしみわたっていって、軽く眩暈を覚えたほどだ。……こりゃ一生やめられない気がしてきた。やめた方がいいんだけどな。別にやめてもやめなくても体の性質上そこまで悪影響はないはずなんだけど。

「……」

 更にひとくち。

 ふっと息を吐くと、冷えた風が煙をかき消していく。

 しゃぼん玉のように美しくはないが、消えていく儚さはなくはないかもしれない。

 ぱちんと音を立てて消えるあれとは違って、静かに音もなくかき消されるだけだけど。

「……っふぅ」

 更に深く息を吐く。

 もうとっくに体は冷えているけれど、どうにも頭が冷え切らない。

「……」

 ぐるぐると回り続ける思考が、どうにも熱を冷ましてくれない。

 もういい加減、怒り続けるのも呆れ続けるのも疲れているはずなのに。

 どうも思うように、煮え切らずに納まりきらずに、熱は冷めきらない。

 ……らしくもない。

「……」

 体の向きは変えずに、頭だけを軽く動かす。

 視界の隅に、部屋の中が映る。

 そこには、同じように頭を冷やそうとしているのか、家事を始めた人が居る。

「……」

 あれがストレス発散になるんだと。

 ……あの調子じゃぁ、まだまだ部屋の中には戻れそうにない。

 もしかしたら、ベランダの鍵を閉められているかもしれない。

「……」

 何かを言いながらやっているのか、口先が動いているように見える。

 掃除機をかけているから、私には聞こえないけれど、なにかまぁ、色々と吐きだしながらしているんだろう。呪いでもかけて居たらどうしような。ホントにやりかねないからなアイツ。

「……」

 なんというかまぁ、大したことではないのだ。

 たわいのない言い合いというか、口喧嘩というか……そういうモノから発展してしまって、お互いが思わず手が出そうになったので、頭を冷やそうとなって。

「……」

 ほんとに、大したことではないのだ。

 でもこう、なんだろう。お互いがんこなところがあるものだから、のれんに腕を押したような、馬の耳に念仏のような……言い合っているだけでなんの結果も生まれずにただただ言い合っているだけみたいな……。

 こう、考えてみるとお互いいい年しているのに子供のようなことをしている。

「……」

 それでも、お互いの言い分に理解があるからこその、ぶつかりなんだけど。

 まあ、それも子供っぽいのか。相手の言い分は分かるけど、それが正しいのも分かるけど、でも自分の話も聞いて欲しい。

 みたいな……なんかもう、何だろうなこの時間。

 年が明けてまだ一週間しかたってないのに、なんでこんなことしてるんだろうな。

 もともと、そんな概念はなかったのだけど、この国に住み始めてすっかり感化されてしまった。ちゃんと初詣も言って来た。

「……」

 ようよう頭が冷えてきた。

 煙草ももう残りが少なくなってきた。

 最近ようやく煙草の匂いがしなくなったと言って褒められたのに、これじゃまた怒られるかもしれない。

「……」

 が、まぁ、あちらもどうやら頭が冷えてきたらしく。

 掃除機をかたづけはじめて、ベランダへと近づいてきた。

 ガチャリと音がしたので、窓を開ける。……ほんとに閉めるやつがあるか。

「……」

「……」

「……」

「……」

「……頭はさめましたか」

「……君もな」

「……たばこ臭いですよ」

「……すまん」

「……僕こそすみませんでした」

「……」

「……」

「……鍋でも作ろうか」

「……そうですね、お腹がすきました」

 綺麗に掃除された、暖かな部屋の中へと入る。

 あぁやはり。暖かな部屋は心地がいいものだ。

 そこに、コイツがいるのも。









 お題:眩暈・のれん・しゃぼん玉

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