111 秋と虫と秋の終わり
秋の終わりが近づくにつれ、空気は一段と冷たくなり、風には冬の予兆が感じられるようになってきた。村の木々はほとんどが色づき終わり、ちらほらと落葉が地面を覆い始めていた。僕はその季節の移ろいを肌で感じながら、庭に立って耳を澄ませた。
「チチチ…」と、虫たちの声が微かに響く。秋の夜長に聴く虫の音は、夏の賑やかなセミの声とはまったく違う、どこか寂しさを伴った響きだ。コオロギや鈴虫の音色が風に乗って届き、心に温かく、しかし少し切ない気持ちを呼び起こした。
この村に来てから三度目の秋だったが、毎年この時期になるとどうしても郷愁を感じずにはいられない。異世界に転生した僕にとって、この風景は新しくもあり、同時にどこか懐かしい。小さな虫たちの声が、故郷の思い出を引き寄せるかのようだった。
庭の片隅で育てた紅葉キャベツも、秋の終わりとともに収穫を終えていた。収穫後の畑は、次の季節に備えて静かに土が息を潜めているように見える。その光景を眺めながら、僕は畑の近くに腰を下ろし、手元の湯飲みで一口紅葉茶を飲んだ。
「もう、冬か…」とつぶやき、深い息を吸い込むと、ひんやりとした空気が肺に染み渡った。虫たちの声も少しずつ弱まり、夜空に響くのは遠くの川のせせらぎだけになってきた。秋の虫たちが姿を消し始めるこの時期は、村全体に静けさが増し、冬の到来を感じさせる。
そのとき、足音がして振り返ると、行商人が小道を歩いてくるのが見えた。彼も秋の終わりを惜しむように、肩に掛けた荷物から少しだけ顔を出している紅葉を見つめていた。彼と目が合うと、いつものように軽く手を振りながら近づいてきた。
「秋も終わりに近いな」と彼が言うと、僕は頷きながら笑みを返した。「そうだね。冬支度もしなければならない。」
行商人は荷物から小さな木の箱を取り出し、中を開けてみせた。そこには秋の名残を感じさせるような、干した果実とハーブの詰め合わせが入っていた。「これ、最後の秋を楽しむのにいいかと思ってね」と彼が言う。
「ありがとう、まさに今夜楽しむのにぴったりだね。」僕はその贈り物を受け取りながら、また一つ季節の贈り物を手にした喜びを感じた。冬の寒さが訪れる前のこのひとときを、大切に心に刻んでおこうと心に決めた。




