110 紅葉茶は秋を楽しむためのお茶と知った
秋も深まり、村の空気は少しずつ冷たさを増していた。葉が赤や黄色に染まり、その美しい風景が村全体を包み込む中、日々の忙しい畑仕事を一段落させて、僕は久しぶりに一息つく時間を設けた。そんな折、前に行商人から手に入れた「紅葉茶」がふと頭をよぎった。
紅葉茶は特別な時期にしか味わえないと聞いていたお茶で、村の人々の間でも「秋を楽しむためのお茶」として親しまれている。紅葉の葉がほんのりとした甘さと深みを与えるその茶葉は、まさにこの季節にぴったりの贅沢品だ。僕はその話を思い出しながら、さっそく茶葉を急須に入れ、囲炉裏で湯を沸かし始めた。
窓を少し開けると、涼しい秋風がスッと部屋に入り込み、心地よい冷たさが肌を撫でた。庭ではラベンダーが小さく揺れて、その芳香が風に乗って漂ってくる。紅葉した木々が朝の光を浴びて輝き、まるで黄金の絨毯を広げたかのような景色が広がっていた。そんな風景に囲まれながら、心は自然と落ち着きを取り戻していく。
湯が沸騰する音が耳に心地よく響き、静かな時間が流れる中、僕は急須に湯を注いだ。じわっと立ち上る湯気に、紅葉茶特有の香ばしい香りが部屋中に広がっていく。湯飲みに注がれた黄金色のお茶を見つめ、僕は一口含んだ。
「……これは、すごく優しい味だな。」
その瞬間、甘みのある優しい風味が口いっぱいに広がり、まるで紅葉した森の中にいるような錯覚に陥った。茶葉の持つ自然の甘さと微かに感じる苦みが、深みを与えていた。秋の寒さを感じる朝にぴったりの一杯だと感じ、僕は思わず微笑んだ。
「紅葉茶は秋を楽しむためのお茶って、本当にその通りだな。」
紅葉茶をすすりながら、ふとこれまでの村での生活を振り返った。異世界に転生して早三年、最初は何もかもが新鮮で、戸惑いも多かったけれど、この村での生活にもすっかり慣れ、季節の移ろいと共に過ごす日々のありがたさを実感していた。特に、秋は他の季節にはない穏やかで豊かな時間を与えてくれる。作物の収穫や村の祭り、紅葉を楽しむ日々は、心に深い満足感をもたらしてくれるものだった。
そのとき、庭先から声が聞こえてきた。近くに住む少年たちが、風で舞う木の葉を追いかけたり、虫を探したりして楽しそうに走り回っている。彼らの無邪気な笑い声が、静かな秋の朝に響き、僕の心をさらに温かくしてくれる。かつて、自分もこんなふうに自然の中で遊びまわった日々があったことを思い出し、懐かしさが胸に込み上げた。
「この何気ない瞬間こそ、本当に贅沢だな。」
紅葉茶の香りがさらに深まり、温かな湯気が空にゆらゆらと舞い上がる。遠くの山々は色づき始め、風に揺れる木々の音が心を癒してくれる。しばらくの間、僕はただ静かにその時間を楽しんだ。
そのとき、いつもの行商人が近くを通りかかり、手を振りながら声をかけてきた。「紅葉茶、気に入ってもらえたかい？」
僕は笑顔で頷き、湯飲みを持ち上げて見せた。「ああ、とても美味しいよ。この季節にぴったりだね。」
行商人は満足そうに微笑んで、「それはよかった。秋の一番の楽しみだからな」と言いながら、また次の家に向かって歩いていった。その背中を見送りながら、僕はこの村で過ごす日々がどれほどかけがえのないものか、改めて胸に刻んだ。
紅葉茶は、ただの飲み物ではなく、秋そのものを楽しむためのお茶だと、僕は心から感じた。湯気が空高く昇るたびに、僕の心もまた、穏やかな秋の空へと解き放たれるような気がした。
