二塔の関係
この国は元々広大な森が広がる大地だった。
その森には弓や槍で狩りをしながら生きている先住民が、穏やかに暮らしていた。
しかしある日、領土拡大を狙っていた近隣にある帝国が、その森を占領しにやって来たのだ。
先住民達は戦ったが原始的な武器では高度な文明を持つ帝国兵に太刀打ちできず、やがてこの土地は植民地にされてしまった。
先住民達は帝国民の奴隷となり、朝から晩まで酷い仕打ちを受けながら働かされた。
そんな中、一人の脱走した奴隷は、精霊が住まうという森に逃げ込んだ。
そこで奴隷は魔法の力を得ることになる。
魔法の力を得た奴隷は帝国と戦おうと反旗を翻すも、魔法使いが一人いたところで勝つ事などできず、あっさり敗北した。
さらに魔法の存在を知ってしまった帝国は、魔法使いを兵器として使おうと企み、女、子どもを人質にして次々と奴隷たちを精霊の森に向かわせ魔法使いを量産しようと目論んだ。
しかし精霊の森に行かせても誰一人魔法使いにはなれなかった。
それに激怒した帝国兵は、覚醒しなかった者達にさらなる仕打ちで苦痛を与えた。
精神的にも肉体的にも追い込まれた奴隷達は、奇しくも次々と覚醒してしまったのだ。
そして多量の魔法使いを手にした帝国は、領土拡大のために魔法使いを前衛に送り、他国を狙おうと戦争を仕掛け始める。
しかし、ここで誰も予想していなかった誤算が生じた。
魔法使い達は戦争という過酷な環境に置かれたことで、これまでの苦痛と重なり心が壊れてしまったのだ。
その結果、魔力暴走を引き起こす。
その威力は凄まじく、戦争を仕掛けられた国はもちろん、なんと最強と謳われた帝国までもが一夜にして滅びてしまった。
この恐ろしい力を目の当たりにした被害を免れた国々は、全ての国の代表を呼び出し緊急の会議を開いた。
そこで話し合われたのは、魔法使い達と精霊の森をどうするかということだ。
最初に魔法を覚醒した男は、苦痛を与えられたからではなく、精霊の森に入ったことで覚醒している。
そしてその後、次々と魔法使い達が誕生していることを考えると、神の住まう森として彼らが崇めている精霊の森も危険対象にあたると考えられた。
危険な森を燃やし、魔法使い達を殺そうという意見もあったが、手を出して帝国の二の舞になることを危惧した国々が、ここに独立国家を建て、精霊の森と魔法使い達を管理するという意見で一致した。
そして世界を守るための条件が付けられた。
・この国の住民は戦争に参加してはいけない
・この国を他国は絶対に狙ってはいけない
・この国が責任をもって精霊の森と魔法使い達を管理する
・この国を守るために、他国は必要な援助を惜しまない
そして精霊の森と魔法使いを管理するために精霊の森の近くに作られた施設が、魔塔である。
「この国の王に選ばれたのは、最初に魔法を覚えた男なんだ。彼は反旗を翻した時に深手を負って、戦争には行けなかったからね」
「つまり魚を焼いていた私は、世界を滅ぼすかもしれない危険な行為をしていたというわけですね」
「そこだけでも理解してもらえたのなら良かったよ」
「感想それだけ? 私の喋りが悪いのか? 君たちといると色々自信を失いそうだよ」
「その後、色々調べてはいるが、なぜ最初の男だけみんなとは違う覚醒だったかは謎のままなんだ」
先輩が先生を無視して話を続けた。
「でも、この話が医術塔となんの関係があるのですか?」
ここまでで医術塔の話など一切出て来ていない。
それどころか繋がりさえも見当たらない。
「あんた、友達二人から覚醒した時の話を聞いたんだろ?」
初めて二人と出会った時に聞いた話のことを言っているのだろう。
しかしあの時先輩は食堂にはいなかった。
そういえばコハナが先輩は地獄み……全て筒抜けになると言っていた。
警戒しながら頷く。
「そもそも魔塔が立ったのも、この国ができたのも、魔力暴走による世界崩壊を防ぐことが主目的とされている。だから魔塔はその目的を達成するために、あらゆる権限が許されているんだ。たとえそれが高位貴族相手だとしてもね」
だとすると魔塔主が二人を助けたのは、二人の魔力暴走を未然に防ぐためだった?
やりすぎな断罪も、世界を救うためにやったことだとしたら……。
「でもそれじゃあ悲しみや憎しみの連鎖が広がっていくだけじゃないのですか?」
「だから医術塔ができたんだよ」
突然湧いて出てきたような医術塔の名前に、首を傾げる。
「医術塔というのは、この国の貴族派が管理している施設なんだ。貴族派は王族派とは真逆の考え方を持つ人間達の集まりで、その貴族派のほとんどは魔塔に恨みがある家柄の集まりになっているんだよ」
「魔塔は国に属しているから王族派」
「そして魔塔に好き勝手させないために、貴族派が魔術の弱点を突いて建てたのが、医術塔ってわけなんだ」
「魔塔士だって万能じゃない。病気もするし怪我もする。結局最後に頼れるのは医術だろって言いたいだけでしょ」
「魔塔に苦しめられた貴族派が、唯一対抗できる施設だからね」
交互に話す二人の話を聞いていてもやはり理解できない。
「二塔の仲が最悪というのは分かりました。でも、それと患者さん優先の思想は関係ないですよね? 患者さん優先なら、嫌っていても協力すべきなのではないですか?」
「あんたはこの国の医療水準を知ってる?」
私の問いに先輩が質問で返してくる。
「えっと……確かお師匠様が世界最高だと言っていた気がします」
「ならどうやって世界最高になったと思う?」
「そりゃあ研究とか実験とかを繰り替えして……」
「その費用はどこから出ていると思う?」
なんとなく先輩が言いたいことが分かった気がする。
お金のなかったお師匠様は、魔導具の道具ですらろくに手に入れられなかった。
「魔塔を嫌う貴族派の連中が多額の資金を援助して、医術塔を世界最高の医療水準にまで高めた。だから医術塔の連中は、どれだけ便利だろうと、どれだけ患者のためになろうと、その援助者の思いを裏切るようなことはしない」
「それにその資金と対立心があったからこそ、医術の研究が格段に進み、この国の人達の平均寿命が上がったのも事実だしね」
つまり私の考えたこの魔導具も、医術塔に持ち込んでも、貴族派の意に反する物は使用できないと門前払いされるってことなのね。
あれ? でも、確か……。
「医術塔って魔導具を使っていますよね?」
昼なのに明るい光や手術室にあった設備。
あれらは今思うと、魔導具なのではないか?
私の気付きに先輩が口角を上げる。
「いいところに気付いたね」
「いいところ? 痛いところだよ」
不敵に笑う先輩とは打って変わって先生は、額に手を当てて大袈裟に困った振りをしてみせる。
「あいつらにもプライドはある。一般人が普通に使用しているのに、自分達だけ原始的なままではいられないってことだよ」
「貴族のお客様も来るのに、塔内が蝋燭だらけだったら、本当に最高の治療をしてくれるのか不安にもなるからね」
「本当はあいつらのために作った光じゃないんだけどね」
作った?
「あの光って、先輩の魔導具だったんですか!?」
「君、彼女に先輩って呼ばせているの?」
「悪い? 様とか魔塔士長って呼ばれるの嫌いなの」
「だからって先輩とか……ぷぷぷっ。アシル君も可愛いところがあるんだね」
「今すぐ消し炭にしてあげようか?」
私の質問とは違うところに引っかかりを覚えたようで、二人がコソコソと話始める。
「あの魔導具はアシル君が自分の研究室を明るくしたくて作ったのが始まりなんだよ」
不穏な空気になったところで、先生が返答してくれた。
「夜になると街も暗くなり物騒になるからと街灯としても設置したら、街の人達も欲しがったんだ。だから家用に改良して提供していたら……」
ギロリと先輩が先生を睨む。
「ちゃんと使用料は支払っているだろ」
医術塔も設置し始めたというわけね。
「そうか。つまり一般的に普及させていけばいいんだ」
「そういうこと。まずは一般家庭のかすり傷とかに使うよう広めていくんだ。そしてそれに伴ってある噂も少しずつ流す」
「噂ですか?」
先輩がニヤリと笑う。
「『手術の縫った痕にも使えるんじゃないか?』ってね」
先輩の案に先生が嘆く。
「そうなったらまた医術塔が騒がしくなりそうだ」
「そこはあんたの仕事だろ」
「君、それを狙って今日呼んだのかい?」
呼ばれた理由を知らなかったんだ。
「とにかく噂と売り込みの方は俺に任せて、あんたは魔導具の作成に集中しなよ」
許可の意味も兼ねて、先輩がレポートを返してくれた。
「ありがとうございます!」
それを受け取りながら、勢いよく頭を下げる。
「俺も毎回助けてやれるわけじゃない。次は医術とは関係のない魔導具を考えてよね」
きっとレポートのことで魔塔主任に嫌味を言われながらも、私の望む形になるよう考えてくれていたのかもしれない。
「……私、先輩に出会えてよかったです!」
笑顔でお礼を言って部屋を出て行く。
「あれがアシル君が褒めた笑顔……か」
部屋に残ったエルメルが、黙ったままのアシルを窺う。
「あれ? 君、顔が赤くなってない? ここに医術師がいるから、診せたまえ」
「うるさい。やることが分かったなら、さっさと出て行ってくれる?」
「え~? せっかくだから、恋バナでもしようよ」
アシルは思った。
一瞬で部屋から追い出せる魔術を、魔塔に組み込もう……と。
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