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魔塔士達の交響曲  作者: 神楽 棗
第三章 恋人編
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足りないモノ(アシル視点)

 師匠の元で魔術を勉強して一年の月日が経った。


「そろそろ大公家に戻ってもいいかもな」


 師匠の言葉に口に含んでいたスープが気管に入り咽る。


「大公子がいつまでもここで過ごすわけにはいかねえだろ。俺もそろそろ街に戻りたいからな」


 持っていたスプーンが、カチャリと音を立てて皿の底に付いた。

 ずっと師匠とここで暮らせると思っていた。

 だが師匠は俺を大公家に帰すことを前提に動いていたんだ。


「……もし帰りたくねえなら、魔塔に行くっていう手もあるけどな」


 独り言のように呟く師匠の顔を見た。

 師匠は俺から視線を逸らす。

 大公子を魔塔に行くように勧めるなど、してはいけない行為なのかもしれない。


「……魔塔……」


 確か魔力覚醒をした者は、誰でも受け入れてくれる場所だと認識している。

 魔塔に行けば、父の代わりでも大公子でもなく、アシルとして過ごせるかもしれない。

 飲みかけのスープを一気に飲み干した。



 数日後。


「本当に行くのか?」


 心配そうな師匠に力強く頷く。


「立派な魔塔士になって、独りでも生きていけることを証明したいんだ」

「……親の苦労子知らずってところだな……」


 師匠がなにか呟くも聞き取れなかった。


「魔塔でお前を理解してくれる人間に出会えるといいな」

「他人を理解できる奴なんかいないよ。結局みんな自分のことしか考えていないんだから」


 母は俺に父を重ねて、父は邪魔な俺を追い出した。

 それが全てだ。

 苦笑いながら、師匠が俺の頭を撫でる。


「なにかあれば大公領で装飾屋を営んでいるから、いつでも訪ねてこい。手土産に魔塔の話でも聞かせろ」

「うん」


 師匠に見送られ、俺は王都にある魔塔に向かった。



 魔塔で過ごすようになって二年が経った。

 約一名のお節介を除いては、誰も俺に近付こうとせず一人で過ごすことが多かった。

 恐らく俺を知っている奴から、俺が大公子だとでも聞いたのだろう。

 結局ここでも大公子から逃れることはできないんだ。

 その事実に気付いてからは、自分の身分を忘れるように魔導具の作製に明け暮れた。

 その甲斐あってか、俺は最年少で魔塔主任にまで上り詰めていた。

 魔塔士達からは冷やかな対応をされたが、最初から他人と分かり合えるなど夢物語だと思っていたからさほど気にはならなかった。

 そんな日々を過ごしていたある日、大公家に呼び出された。


「大きくなりましたね、アシル」


 三年前と変わらない父の姿に眉を寄せる。

 俺の父は化け物なのか?

 心の内を読んだ父が小さく笑う。

 それが馬鹿にされたように感じて冷たく言い放つ。


「お呼びと聞きましたが、用がないのでしたらこれで失礼します」


 俺の嫌味に表情を変えないまま、父が話を続けた。


「あなたを魔塔士長に任命します。それと、そろそろ大公子として大公家の仕事も始めてもらいます」

「……なぜあなたが魔塔士長を指名しているのですか?」

「大公家が魔塔の管理を行っているからです。あなたの作製した魔導具の発表も、いつも聞かせてもらっていますよ」


 その言葉で父がどういう立場にいるか理解した。

 魔導具の発表は査定の日だけだ。

 あの場で姿を見せずに参加している人物が一人だけいる。


「魔塔主は、あなただったのですね……」


 やられたと思った。

 これで師匠が魔塔を勧めた理由がはっきりしたからだ。

 裏切られた?

 いや。最初から期待などしていない。

 師匠も所詮は他人だ。

 絶望したくなるような気分を押し隠し、自分に言い聞かせた。


「けれど魔塔士長になれと仰いますが、俺はまだ七歳ですよ? 魔塔士達から反発される可能性もあります」

「あのキイラ女史が推薦するほどですから、実績は十分でしょう。それとも自信がないのですか?」


 今思えば売り言葉に買い言葉であったと思う。

 しかし自立したい一心で、魔塔主任にまでなった。

 ここで出来ないとはいいたくなかった。


「俺を魔塔士長に任命したこと、後悔しないで下さいね」


 父の目元が和らぐ。

 結局父も母同様、俺を利用することしか考えていない。

 当時の俺は微笑む父を、挑発しているとしか受け取れなかったのだった。



 俺は父が魔塔主だと知ってから、大公家の仕事をこなしながら国のことや魔塔のことなど、あらゆることを勉強した。

 父が魔塔主だと知らなかったなどというような恥を、二度とかきたくなかったからだ。

 そして大公家と関わるようになり、分かってきたこともある。

 それは母のことだ。

 新婚当初は母も表立って感情を出すようなことはなかったそうだ。

 しかし俺を妊娠してからというもの、父の心が離れると不安になったのか、使用人でも誰でも女性が父に近付いただけで癇癪を起すようになっていた。

 そんな母と距離を取った方がよいと判断した父が、別荘で過ごすように命じた。

 それが逆に母の不安を煽ったのだ。

 俺が産まれる頃には、母の心は完全に壊れた。

 これが愛だと思うと悪寒が走る。

 母のように執着し、父のように執着される。

 夫婦になっても他人は他人。

 お互いを分かり合えるなど不可能なんだ。

 むしろこんな関係になるくらいなら、一生独身でいた方がいい。

 どうせアシルという人間は、この世に必要ないのだから。

 父の身代わりになり、大公の子どもとして扱われ、魔力があるから魔塔士として生きて、実力があれば魔塔士長と呼ばれ、ゆくゆくは父の代わりに大公として生きる人生。

 俺自身を見てくれる人間などいない。

 そう思っていたのに……。


 書類を執事に預けた後、執務室に戻り椅子に座ると、遠慮がちに扉が叩かれる。

 返事をするとそっと開けた扉から顔を出したのは、愛しい人。


「アシル。もしかして、またリュナペンギンがお世話になっていますか?」


 申し訳なさそうに部屋を見回すリュナがいた。

 そしてソファーで寝ているペンギンに視線を合わせた。


「またこの子はお邪魔して!!」


 勢いよく扉を開けてペンギンに駆け寄る。


「クワァ?」


 リュナに揺さぶられ、すっかり元のふっくらした体に戻ったペンギンが薄っすらと目を開けた。


「どうしていつもアシルのところにお邪魔するの! 契約者の私のところに来なさい!」

「クワァ?」


 リュナがなぜ怒っているのか分からないペンギンが首を傾げているような返事をした。

 怒りで体を震わすリュナを余所に、ペンギンが目の前のお菓子の皿を持ち上げ、ガラガラガラと口に入れた。


「クワァァ」


 お菓子を口に含みながら、嬉しそうに目を細める。


「安いお菓子より高級なお菓子の方がいいからなんて……。そんな子に育てた覚えはありません!」


 前後に揺さぶられたペンギンが目を回す。

 その光景に、リュナは意外と教育ママになるかもしれないなど想像してしまった。


「まあまあ。ペンギンがいた方が黒猫も喜ぶし、俺は気にしてないからいいよ」

『私は喜んでないわよ!』

「クワァ」

『あんたもなに喜んでんのよ!』


 騒がしい二頭を放置して、リュナの頬に手を添えた。


「それにペンギンが来てくれれば、リュナが俺に会いにくるきっかけになるでしょ」


 リュナは俺が忙しいと思って、なかなか会いに来てくれない。

 だからお菓子でペンギンを釣っていることは、内緒にしておこう。

 ペンギン自体、もしかしたら俺の気持ちを汲んでくれているのかもしれないしね。


「クワックワックワッ」


 黒猫を揶揄いながら笑うペンギンを見て、自信をなくす。

 やっぱりただお菓子が欲しいだけなのかも……。


「私も……」


 ペンギンを横目で窺っていると、リュナが上目で俺を見上げた。

 気恥ずかしそうにするリュナに胸がときめく。


「アシルに会えるから、嬉しいです」


 まずい……。

 キスしてもいいかな?

 黒猫が俺の気持ちを察したのか、訝しそうに見ている。

 ペンギンはいつもの目つきの悪い、読めない顔をしていた。

 堪えろ、俺。


「会いたい時は会いに来てよ」


 リュナが嬉しそうに笑う。

 出会った時と変わらない、純粋な笑顔。

 彼女だけはずっと誰の代わりでもない、俺として見てくれていた。

 だからこそ気付いた。

 他人だから分かりあえないじゃなくて、他人だからこそ自分から歩みよることも大切なのだと。

 ずっと閉ざしていたのは、俺の心の方だったんだ。

 俺がもっと早く心を開いていたら、父や師匠やキイラ女史との関係も変わっていたかもしれない。

 小さく音を立てる、耳飾りに触れた。

 あの戦いの後、耳飾りが外れていた。

 恐らく死んだことで外れたのだろう。

 つまりこの耳飾りは魔力をゼロにすることで、外れるということだ。

 魔力覚醒、魔力暴走はともに、感情が激しく揺さぶられた時に発生する。

 だから耳飾りを外したければ、全ての感情を鎮めろということだったのだ。

 誰に対しても意固地だった俺に、外せるわけがなかった。

 でも父の愛を知り、分かり合えないと思っていた他人を愛せるようになった今の俺なら、外すことができる。

 この耳飾りは、俺に足りなかったモノを教えてくれたんだ。

 だから今も戒めのためにつけている。


「いつも思っていましたけど、その耳飾り綺麗ですね」


 リュナが興味深そうに耳飾りを見た。

 以前聞かれていたなら、絶対に触れて欲しくない話題だっただろう。

 だけど、今ならはっきり言える。


「うん。父さんの形見なんだ」


 リュナが驚いた顔をしたあと、破顔した。

 これは我慢できないかも……。


「あれ、なに!?」


 なにもない壁を指差す。

 すると俺以外の全員が指の先に視線を向けた。

 その瞬間を狙って、リュナにキスをする。

 突然の出来事に、リュナの顔がみるみる真っ赤に染まっていく。

 黒猫に見つかったら絶対怒られそうだ。

 でも父さんみたいに大胆不敵な人間になるなら、これくらい平気でできないとね。

 短いキスをしながら、この先に怒鳴るであろう黒猫に言い返す面白い言葉を考えていたのだった。





ようやく完結しました!

書き終えられてホッとしております。

途中、投稿が週一ペースになってしまい、申し訳ありませんでした。

最後までお付き合い下さった読者様には、本当に感謝しております!

いつもなにも決めずにとりあえず書き始めちゃうので、今回の最後は本当に悩みました……。

皆様も思うと事はあると思いますが、ひとまずこれで完結とさせて頂きます。


最後まで読んで頂き、ありがとうございました!

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