自分の存在意義(アシル視点)
『すうすう……』
「クワァクワァ……」
小さな二つの寝息が執務室に響く。
俺は書き上げた書類を持って、静かに部屋を出た。
執事の元に向かい、書類を渡す。
「お呼び頂ければ、お部屋まで伺いますよ」
「いや。寝ている者を起こすのは、しのびないからね」
俺の言葉に執事が微笑む。
「そういうところは前当主様によく似ておられますね。あの方も使用人を呼ぶと起きるからと、お茶もご自分で淹れていらっしゃいましたから」
執事が懐かしそうに話す。
父に似ていると言われても実感がない。
なぜなら俺は父のことをなにも知らないからだ。
俺は産まれてから覚醒するまでの間、大公領の別荘で母と過ごしていた。
母は厳しい部分もあったが、約束さえ守ればとても優しい方だった。
優雅で紳士的な振る舞いをすること。
穏やかな敬語を使い、一人称は『私』にすること。
伸ばした髪は一つに結ぶこと。
母を名前で呼ぶこと。
俺はこれが貴族教育の一貫だと信じていた。
だがそうではなかったということを、思い知らされることになる。
それは先代の王が崩御されたと、知らせが来た日のことだった。
初めて父と対面した。
偶然廊下で鉢合わせたのだが、すぐに自分の父親と理解した。
なぜなら俺と見た目がそっくりだったからだ。
俺を見た父も、訝しそうに眉を寄せる。
しかしすぐに真顔に戻り、視線を俺に合わせるために膝をついた。
「アシルですね。王の資質を試されるため、明日からは王宮で過ごしなさい。私が直に迎えにきますから」
返事ができなかった。
急遽、王宮で過ごせと言われたことに驚いたからではない。
話し方が、母が俺に望む話し方と同じだったからだ。
返事をしない俺を不思議そうに父が見つめていると、後ろから異様な歓喜の声が聞こえてきた。
「あなた! 私に会いにきて下さったのですね!」
振り返ると今まで見たことのない、恍惚な笑みを浮かべる母が立っていた。
母は俺には目もくれずに、父に駆け寄る。
そしてそのまま父の服を掴みすがりついた。
「ずっとお待ちしておりました! 今日はもちろん泊まっていかれるのでしょ? すぐに部屋を用意させますね!」
大公夫人とは思えない母の姿に、ぼう然となる。
「陛下が崩御されたばかりで対応に追われていますので、これで失礼します」
父は掴まれていた服をひき離し、足早に去っていった。
静まりかえる廊下。
地面に手をつき、座り込んでいる母の後姿に恐怖を覚える。
「は……母上……?」
沈黙に耐え切れずに声をかけた。
すると鋭い視線が向けられる。
次の瞬間、息が止まった。
喉に強い力が加えられ、奥歯を噛みしめる。
「名前で呼べって言ったでしょ」
天井を背景に、鬼の形相をした母が目の前に映る。
苦しくなってきて目を閉じた。
頭に浮かんだのは、今まで母が俺に課してきた条件のことだった。
あれは全て父と同じ。
つまり母にとって俺は、振り向いてくれない父の代わりだったんだ。
母の中には最初から、アシルという息子はいなかった。
全てがどうでもよくなり全身の力を抜いた。
「奥様! お止め下さい!!」
ゴンッという鈍く激しい音と共に、首の力が緩みたまらず咳き込む。
咳をしながらぼやける視界で状況を確認した。
そこには石造の土台に寄りかかり動かない母と、青ざめた顔で立ち尽くす乳母がいた。
「は……は……うえ?」
かすれた声で項垂れている母に声をかける。
すると乳母が涙を流しながら俺を見た後、護衛用の短刀を取り出した。
「坊ちゃま……申し訳ありません……」
乳母が短刀を振り上げる。
止めたいのに、絞められていた影響で声が出ない。
必死で乳母に手を伸ばすも、短刀はそのまま乳母の心臓を貫いた。
その場に崩れ落ちる乳母。
頭から血を流して動かない母。
二人の母を失った俺は、この日、覚醒した。
大公家のベッドの上で目を覚ます。
しかし起きてすぐに恐ろしい光景を思い出し、魔力が暴走した。
すぐに父に抑えつけられるも、起きる度に魔力が暴走してしまう。
そんな日が続いたある日、耳に違和感を覚えて目が覚めた。
いつものようにあの日の光景が目に浮かび、魔力が暴走し始める。
すると、耳に激しい金属がぶつかる音が鳴り響いた。
思わず耳を塞ぎ、目を開ける。
「落ち着いたか? 暴走少年」
不敵に笑いながら立っていたのは、無精ひげを生やした小汚いおじさんだった。
おじさんの容姿に対してなのか、暴走少年と言われたことが不快だったのかは分からないが、眉を寄せる。
「なんだ? 大公子のくせに挨拶もできないのか?」
大公子と呼ばれて気分が悪くなった。
無視してそっぽを向く。
すると頭に大きな手が乗せられて、無造作に撫でられた。
「なにすんだよ!」
その手を払いのける。
「しゃべれるじゃねえか」
ニカリと笑うおじさんから、再び顔を背けた。
「お前の親父さんから、しばらくお前を預かって欲しいって頼まれたんだよ」
その言葉が父に見捨てられたことを示唆していた。
王にもなれず、起きる度に魔力暴走する自分を不要と判断したんだ。
ベッドから下りて、小さな鞄に少ない荷物をつめた。
「連れていくなら好きにすれば?」
「可愛くねえなぁ」
可愛さなど必要ない。
自分に求められているのは、父の身代わりであり、大公家の邪魔にならないように生きることだろうから。
こうして俺は師匠と共に、山に籠ることになった。
師匠との生活は死と隣り合わせだった。
魔力を使い自給自足で狩りをして、失敗して逆に狩られそうになることも度々あった。
しかし一番死を感じたのは、容赦ない師匠からの攻撃だ。
寝込みを襲われることもしばしばあった。
さらに魔力を放出しようとすると、耳飾りが大きな音を立てて警鐘を鳴らす。
そのため魔力をコントロールする術を、覚えざるを得なかった。
師匠に一度この耳飾りについて尋ねたこともあった。
外せるなら外したかったからだ。
「それ、外せねえから」
「え!?」
「外してえなら、自分の親父さんに聞いてみろ」
驚き目を見開く。
「お前の親父さんが使っていた物らしいからな。珍しい金属が使われているようだし、大金はたいて特注で作らせた物だろう」
父も俺のように魔力暴走をしていた時期があったのだろうか?
一瞬父に対して親近感が湧くも、すぐに考えを打ち消した。
俺の魔力暴走が迷惑だったから付けたことに変わりはないからだ。
父が使っていたなら、外し方もあるはずだ。
俺の決意を見破った師匠が微笑む。
「いつか外せるといいな」
この時の俺はなぜ師匠が微笑んだのか疑問に感じていた。
だが今なら分かる。
これを外せる日が来たら、それは俺が父にたどり着いた時だと言いたかったのかもしれない。
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