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魔塔士達の交響曲  作者: 神楽 棗
第三章 恋人編
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自分の存在意義(アシル視点)

『すうすう……』

「クワァクワァ……」


 小さな二つの寝息が執務室に響く。

 俺は書き上げた書類を持って、静かに部屋を出た。

 執事の元に向かい、書類を渡す。


「お呼び頂ければ、お部屋まで伺いますよ」

「いや。寝ている者を起こすのは、しのびないからね」


 俺の言葉に執事が微笑む。


「そういうところは前当主様によく似ておられますね。あの方も使用人を呼ぶと起きるからと、お茶もご自分で淹れていらっしゃいましたから」


 執事が懐かしそうに話す。

 父に似ていると言われても実感がない。

 なぜなら俺は父のことをなにも知らないからだ。

 俺は産まれてから覚醒するまでの間、大公領の別荘で母と過ごしていた。

 母は厳しい部分もあったが、約束さえ守ればとても優しい方だった。

 優雅で紳士的な振る舞いをすること。

 穏やかな敬語を使い、一人称は『私』にすること。

 伸ばした髪は一つに結ぶこと。

 母を名前で呼ぶこと。

 俺はこれが貴族教育の一貫だと信じていた。

 だがそうではなかったということを、思い知らされることになる。

 それは先代の王が崩御されたと、知らせが来た日のことだった。

 初めて父と対面した。

 偶然廊下で鉢合わせたのだが、すぐに自分の父親と理解した。

 なぜなら俺と見た目がそっくりだったからだ。

 俺を見た父も、訝しそうに眉を寄せる。

 しかしすぐに真顔に戻り、視線を俺に合わせるために膝をついた。


「アシルですね。王の資質を試されるため、明日からは王宮で過ごしなさい。私が直に迎えにきますから」


 返事ができなかった。

 急遽、王宮で過ごせと言われたことに驚いたからではない。

 話し方が、母が俺に望む話し方と同じだったからだ。

 返事をしない俺を不思議そうに父が見つめていると、後ろから異様な歓喜の声が聞こえてきた。


「あなた! 私に会いにきて下さったのですね!」


 振り返ると今まで見たことのない、恍惚な笑みを浮かべる母が立っていた。

 母は俺には目もくれずに、父に駆け寄る。

 そしてそのまま父の服を掴みすがりついた。


「ずっとお待ちしておりました! 今日はもちろん泊まっていかれるのでしょ? すぐに部屋を用意させますね!」


 大公夫人とは思えない母の姿に、ぼう然となる。


「陛下が崩御されたばかりで対応に追われていますので、これで失礼します」


 父は掴まれていた服をひき離し、足早に去っていった。

 静まりかえる廊下。

 地面に手をつき、座り込んでいる母の後姿に恐怖を覚える。


「は……母上……?」


 沈黙に耐え切れずに声をかけた。

 すると鋭い視線が向けられる。

 次の瞬間、息が止まった。

 喉に強い力が加えられ、奥歯を噛みしめる。


「名前で呼べって言ったでしょ」


 天井を背景に、鬼の形相をした母が目の前に映る。

 苦しくなってきて目を閉じた。

 頭に浮かんだのは、今まで母が俺に課してきた条件のことだった。

 あれは全て父と同じ。

 つまり母にとって俺は、振り向いてくれない父の代わりだったんだ。

 母の中には最初から、アシルという息子はいなかった。

 全てがどうでもよくなり全身の力を抜いた。


「奥様! お止め下さい!!」


 ゴンッという鈍く激しい音と共に、首の力が緩みたまらず咳き込む。

 咳をしながらぼやける視界で状況を確認した。

 そこには石造の土台に寄りかかり動かない母と、青ざめた顔で立ち尽くす乳母がいた。


「は……は……うえ?」


 かすれた声で項垂れている母に声をかける。

 すると乳母が涙を流しながら俺を見た後、護衛用の短刀を取り出した。


「坊ちゃま……申し訳ありません……」


 乳母が短刀を振り上げる。

 止めたいのに、絞められていた影響で声が出ない。

 必死で乳母に手を伸ばすも、短刀はそのまま乳母の心臓を貫いた。

 その場に崩れ落ちる乳母。

 頭から血を流して動かない母。

 二人の母を失った俺は、この日、覚醒した。



 大公家のベッドの上で目を覚ます。

 しかし起きてすぐに恐ろしい光景を思い出し、魔力が暴走した。

 すぐに父に抑えつけられるも、起きる度に魔力が暴走してしまう。

 そんな日が続いたある日、耳に違和感を覚えて目が覚めた。

 いつものようにあの日の光景が目に浮かび、魔力が暴走し始める。

 すると、耳に激しい金属がぶつかる音が鳴り響いた。

 思わず耳を塞ぎ、目を開ける。


「落ち着いたか? 暴走少年」


 不敵に笑いながら立っていたのは、無精ひげを生やした小汚いおじさんだった。

 おじさんの容姿に対してなのか、暴走少年と言われたことが不快だったのかは分からないが、眉を寄せる。


「なんだ? 大公子のくせに挨拶もできないのか?」


 大公子と呼ばれて気分が悪くなった。

 無視してそっぽを向く。

 すると頭に大きな手が乗せられて、無造作に撫でられた。


「なにすんだよ!」


 その手を払いのける。


「しゃべれるじゃねえか」


 ニカリと笑うおじさんから、再び顔を背けた。


「お前の親父さんから、しばらくお前を預かって欲しいって頼まれたんだよ」


 その言葉が父に見捨てられたことを示唆していた。

 王にもなれず、起きる度に魔力暴走する自分を不要と判断したんだ。

 ベッドから下りて、小さな鞄に少ない荷物をつめた。


「連れていくなら好きにすれば?」

「可愛くねえなぁ」


 可愛さなど必要ない。

 自分に求められているのは、父の身代わりであり、大公家の邪魔にならないように生きることだろうから。

 こうして俺は師匠と共に、山に籠ることになった。



 師匠との生活は死と隣り合わせだった。

 魔力を使い自給自足で狩りをして、失敗して逆に狩られそうになることも度々あった。

 しかし一番死を感じたのは、容赦ない師匠からの攻撃だ。

 寝込みを襲われることもしばしばあった。

 さらに魔力を放出しようとすると、耳飾りが大きな音を立てて警鐘を鳴らす。

 そのため魔力をコントロールする術を、覚えざるを得なかった。

 師匠に一度この耳飾りについて尋ねたこともあった。

 外せるなら外したかったからだ。


「それ、外せねえから」

「え!?」

「外してえなら、自分の親父さんに聞いてみろ」


 驚き目を見開く。


「お前の親父さんが使っていた物らしいからな。珍しい金属が使われているようだし、大金はたいて特注で作らせた物だろう」


 父も俺のように魔力暴走をしていた時期があったのだろうか?

 一瞬父に対して親近感が湧くも、すぐに考えを打ち消した。

 俺の魔力暴走が迷惑だったから付けたことに変わりはないからだ。

 父が使っていたなら、外し方もあるはずだ。

 俺の決意を見破った師匠が微笑む。


「いつか外せるといいな」


 この時の俺はなぜ師匠が微笑んだのか疑問に感じていた。

 だが今なら分かる。

 これを外せる日が来たら、それは俺が父にたどり着いた時だと言いたかったのかもしれない。





読んで頂き、ありがとうございます。

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