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魔塔士達の交響曲  作者: 神楽 棗
第三章 恋人編
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出生の秘密

 この空気を最初に破ったのは、お師匠様の咳払いだった。


「あんたがリュナを大事にしてくれそうなのは分かったけど、執着しすぎる男は嫌がられるわよ」


 お師匠様の言葉に、先輩が心配そうに私を見た後、手を離す。

 温もりが離れて、少し寂しい気持ちになった。


「それより気になったのは、どうしてキイラ女史がリュナの『ママ』なんですか?」


 コハナが首を傾げた。

 確かに私がお師匠様の娘だと知ったのは、コハナ達が現れる前だ。

 疑問に思うのも無理はない。


「……リュナも詳しく聞きたい?」


 お師匠様に問われてコクリと頷く。

 パルヴィア公爵は、私がお師匠様の亡くなった子どもだと言っていた。

 だけど人伝ではなく、ちゃんと自分のことを知りたい。

 お師匠様は小さく息を吐き、口を開いた。


「あの日のことは今でも忘れないわ。黒髪の黒い瞳の小さな子が、産まれてすぐに私を見つめて静かに目を閉じたことを――」


 やはり私は死んでいたんだ。


「浅い呼吸をしているあんたを、医者も助からないと投げ出したの。だから当時、義兄であるパルヴィア公爵が調べていた精霊の森の湖にかけたのよ」

「浅い呼吸?」

「そう。あんたが湖に引きずり込まれていった時は、まだ生きていたわ」

「引きずり込まれたとは、どういうこと?」


 先輩がお師匠様に尋ねた。


「私はリュナを浸すだけのつもりだったのよ。だけどリュナの足を浸けた瞬間に湖が光って、私も一緒に引きずり込まれたわ。目が覚めたら、私だけ湖のほとりにいたってわけ」


 軽そうに話しているもお師匠様の顔は辛そうで、当時の思いが伝わってくる。

 お師匠様ほど強い方でも、お腹を痛めて産んだ子を失う辛さは尋常ではなかったのだろう。


「だけどリュナを手放してしまったショックで覚醒したのは良かったわ。そのおかげで精霊の森を管理する魔塔に所属することができたから」

「だから毎日精霊の森に出かけていたのか……」

「よく見てるわね。私に惚れてたの?」


 冗談を言うお師匠様を、先輩がギロリと睨む。

 先輩はお師匠様を好きかもしれないと思った時期もあったけど、今は親しそうに話す二人を見ていても嫉妬心は芽生えない。


「あんたは大公家でも監視対象だったからね」


 パルヴィア公爵の弟の妻だとは先輩も知らなかったようだから、破壊者の方で監視していたのかな?

 けれど魔塔主は知っていて、監視するように命じていたかもしれない。


「リュナに嫉妬させるいい機会だったのに、面白くない男ね」


 先輩が言葉を詰まらせる。

 前から気になっていたけど、面白くないという言葉になにか思うところでもあるのだろうか?


「私は先輩の気持ちをちゃんと分かってますから」

「あんたも駆け引きができるような女にならないと、飽きられるわよ」


 励ますつもりで言ったのに、今度は私が言葉を詰まらせる。

 先輩が黙り込む気持ちが分かった。

 自分の不足部分を指摘されると、なにも言えなくなってしまうんだ。

 今のままじゃいつか飽きられてしまうかもしれない。


「リュナを惑わさないでくれる?」


 不安に駆られていると、先輩が静かに怒気をはらんだ声を出した。


「あんた達、真面目すぎ。似た者同士といえばそれまでだけど……」

「この二人はいつもこんな感じですよ。見ているこっちが変わらな過ぎて飽きてきます」

「喧嘩しているところを見た事がありませんからね」


 お師匠様に加勢するように、コハナとマウノが告げ口をする。


「からかいがいのない二人ね。親としては嬉しい気もするけど」


 からかいがいがあったら、お師匠様とコハナのいい格好の的になっていただろう。


「話を戻すわよ。精霊の森に通って五年経った時だったかしら。話し方も分からず、歩き方もおぼつかない少女に出会ったの」

「もしかしてその少女が私?」

「そうよ。一目見て分かったわ。あんたが私の娘だって」


 お師匠様が愛おしそうに私の頭を撫でる。


「私の予想では、五年間、あんたは湖の中で成長していたんだと思ってる。だから話し方も歩き方も何も知らなかったのよ」


 確かに私は六歳くらいからの記憶しかない。

 だけどそれは幼過ぎて覚えていないだけだと思っていたけど、そうではなかったんだ。


「実は若返りの薬も、あんたのような子どもを一人でも減らせられるように作り始めた薬だったのよね。だけど一生懸命生きようとしているあんたを見て、死があるから生が美しいものなんだと気付かされたの」


 話を聞いてウルッときていると、お師匠様が訝しそうに先輩を見つめる。


「なによ、その顔」

「いや……美しいっていう言葉を知っていたんだと思って……」


 先輩にとってお師匠様はクラッシャーのイメージしかないんだろうな。

 ゴンッという音とともに、先輩が頭を押さえた。


「だから生が当たり前になってしまう若返りの薬の開発を止めて、魔塔を出てあんたを育てることに決めたのよ」

「魔塔主と話をしていたのは、そのことだったんだね」

「私は監視対象者だからね。勝手に出ることはできないのは、あんたが一番よく分かっているでしょ」

「リュナが純粋覚醒というのも知っていたの?」

「初代王の件があったから、予想はしていたわ。だけどリュナには魔術が使えないと言っていたから、使おうとも思わなかったみたいね」


 お師匠様以外のみんなが、眉を寄せながら私を見た。

 素直過ぎると言いたいのだろう。


「逆に心配になるわよね」


 コハナとマウノがお師匠様に同意して、コクコクと頷く。


「俺はリュナがあんたみたいに成長しなかったことの方が、良い意味で驚きだよ」

「世間知らずですけどね」

「素直過ぎるのも問題な気はします」


 せっかく先輩がフォローしてくれているのに、コハナとマウノのお師匠様への援護射撃で台無しである。


「そこから先は、あんた自身がよく分かっているでしょ」

「……お師匠様は神の代行者について知っていたのですか?」

「神の代行者は医術塔にも魔塔にもいたからね。魔塔では当時の魔塔士長がそうだったのよ」


 全員が驚きで目を丸くした。


「だから脅して引きこもらせたんだけどね。それで余計に恨みをかったかもしれないわね。私を殺した神の代行者に、あいつがいたようだから」


 お師匠様を捕らえた数人の神の代行者を思い出す。

 確かに力を吸い取る闇の魔術を使っていたから魔術を使える人間はいたのだろうけど、まさか前魔塔士長もいたなんて……。


「使い魔の猿が木に隠れていたから、私の居場所を見つけたのもあいつでしょうね」

「猿の使い魔のメリットは、人間と同じような行動ができるところだね。手紙を窓から外に投げれば俺の包囲網も掻い潜れて、それを拾って読めば行動にも移せる。コハナ魔塔士生のねずみよりも厄介な密偵になるってわけだ」

「癒しでいえば、私の使い魔の勝ちですけどね!」


 ねずみと言われることは、諦めたんだ。


「魔塔士長でも前魔塔士長の動きは分からなかったのですか?」


 マウノの問いに先輩が苦笑う。


「腐っても魔塔士長だった人だからね。俺の目を掻い潜るくらいわけないってことだよ」

「あんたも大したことないわね」


 お師匠様が先輩の肩に腕を乗せた。

 それを先輩が嫌そうに払いのける。


「あれだけの規模の施設を管理するには限界があるんだよ。誰かさんがおかしな隠し部屋とかも作ったりしてくれたお陰で、詮索範囲も広がったからね」

「そのおかげで魔力コントロールは得意になったでしょ」


 先輩が師匠と対峙した時に言っていた、『ただ魔力を放出するだけだったあの頃よりは成長している』のことだろうか?


「あまり煽らないで欲しいわよね。これで詮索能力が高まったら、魔塔士長の部屋の侵入がさらに困難になるじゃない」

「あまり他の男性の部屋に侵入するのは、好ましい行為ではありませんよ」

「だって侵入方法に工夫がないと言われたままじゃ、悔しいじゃない」


 二人がコソコソと話をしている。

 マウノの『他の男性』というところには、『あんたの部屋はいいの?』とかつっこまないんだ。

 この二人のロマンスは前途多難だね。

 話を終えたお師匠様が、伸びをした。


「あんた達のお父さん達も連れていかないといけないし、そろそろ天に戻るとしますか」

「そらって……お師匠様は蘇ったのではないのですか?」


 お師匠様が私の頭を撫でた。


「私はあんたの精霊になっていた期間があったから、精霊の森が神域になったことで魂が呼応して戻ってこられたけど、この体自体は魂が長期間抜けていたことで、留まれるだけの繋がりはもうないの。だから変なおやじにも乗り込まれたりしたでしょ」


 皇帝をおやじ呼ばわりできるのは、お師匠様だけです。


「それに、もう世代交代をする時が来たのよ」


 お師匠様が私達を見回した。


「これからはあんた達の世界を築いていきなさい」


 お師匠様は死を受け入れたんだ。

 私達にこの先の未来を託すために――。

 目の前が涙でぼやける。


「まったく。何泣いてんのよ」


 お師匠様が私の頭を抱きかかえた。


「人はいつか死ぬものよ。だからこそ、出会った人達との日々を大切に過ごしなさい。そして笑って次の世代に託せるように、一生懸命生きなさい。人の生は、不死者では経験できない貴重な時間なのだから」


 悲しみと喜びを知り尽くしたお師匠様だから言えることなのかもしれない。


「お師匠様は幸せでしたか?」

「もちろん!」


 顔を上げるとお師匠様が満足そうに笑った。

 お師匠様の腕から離れて深く頭を下げる。


「ここまで育ててくれて、ありがとうございました。……お母さん!」


 頭を撫でられた後、お師匠様の体が地面に倒れた。

 穏やかに微笑みながら眠る頬には、涙の痕がついていたのだった。





読んで頂き、ありがとうございます。

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